オオカミさんはちょっと愛が重い

青木十

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不意の訪問 2

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 そうやって本日の鍛錬を進めているところへ、複数人の騎士たちがやってきた。

 白地に鮮やかな赤、そして周りの団員たちよりも装飾が多い騎士の制服は、上の者の象徴だ。
 隊長たちを引き連れてやってきたのは、副団長のオリヴァー・アルムガルトと、体躯の良い偉丈夫と呼ぶに相応しい大剣の騎士がもう一人。
 バースィルは、オリヴァーとは入団の際に顔を合わせている。その時の印象は、生真面目で実直な騎士というものだった。今も正にそのような表情で歩いてくる。

 隣の騎士は見たことがなかった。しかし、特徴で察する。

 銀灰色の毛並みは、灰狼の証。凛々しく立った耳と、優雅に揺れる長毛の尾。周りの騎士たちよりも抜きん出た長身と鍛えられ引き締まった身体。肩より少し長い髪は同じく銀灰色で、無造作に一つに結えられている。眼光の鋭さと余裕を感じさせる笑みは、貫禄すらあった。
 赤槍騎士団団長、アロイス・ウォルフェンシュタイン、その人だ。

 団長の登場に、騎士たちは皆、姿勢を正し敬礼を行った。バースィルも素早くそれに倣う。踵を揃え背筋を伸ばし、右手を握って胸へと当てた。

「皆、楽にしていい」

 体躯に見合った低く落ち着いた声が辺りに響く。それと同時に皆腕を下ろした。

「今日は新人を見に来た」

 そう言って、バースィルとシュジャーウを見据える。静かな鋭い視線、探り見極めるような鋭利さに、一帯の空気が更に引き締まったのを感じた。
 二人は、その視線をまっすぐ見返す。若いなりに経験を積み重ねている、これくらいでは怖気づいたりしない。それに正直なところ、父ザーフィルの方が多分に恐ろしい。

 堂々とした足取りで、アロイスは歩いてくる。少し目を眇めて、だが愉快そうな笑みでこちらを見ている。
 身の丈には自信のあったバースィルだったが、アロイスはそれを優に超えていた。
 自分より大きな者はそれほど多くない。冒険者や騎士団で体格の良い獣人族と会ったが、然程差がある者はいなかった。今思えば、十五の頃にスクスク伸びてからは、父とその仲間の何人かくらいしか知らなかった。

「なかなかでかいな」
「団長の方がでかい、……です」

 自分よりでかいのに何をと思わずいい加減な言葉遣いになりそうだったが、なんとか付け足した。
 隊長たちの中にケヴィンの姿が見え、彼がいるのなら、変なことさえしなければ不当に扱われることはないだろうと思ったからだ。

 それにやはり父の方がいろいろと恐ろしいなと思えば、バースィルにとっては何も問題がなかった。目の前の男よりも体躯は一回り大きく、眼光は数倍厳しく、表情は冷徹で、更には少々口数の少ない父は、鍛錬のこととなると容赦がなかった。バースィルが子供だと言うことを忘れていたに違いないと、今でも思う。
 その父の数年前――バースィルがカタフニアを旅立った時――よりも若い男に怯える所以はなかった。

 アロイスは暫くの間、バースィルとシュジャーウを交互に見ていたが、バースィルに視線を定めて楽しげに笑った。

「俺を見ても臆さないのは、いいことだ。よし、確か……バースィルだったな、俺と手合わせでもしてみるか」

 このような流れは記憶にあった。
 子供の頃、父の出仕について行った際に父と同じ立場の戦士に手合わせを望まれたのだ。もちろん子供故に手加減はしてもらえたが、この問題点はそこにない。大人たちは微笑ましく見てはいたが、同年代や少し上の見習いたちはそうとはならなかった。あとは子供故の残酷さや、少し身についてきた賢しさの餌食となるばかりだった。
 嫌なことを思い出したと、心の中で僅かに黙想し、バースィルはアロイスに向かって首を振った。

「身に余る光栄、ですが、俺には……些か過分かと。それよりも手合わせすべき、先輩方がいらっしゃると、考えます」

 こういう堅苦しい話し方は、主にシュジャーウの役目だった。それ故にもどかしさに苛まれるが、かと言って砕けるわけにもいかない。ぎこちないながらに、言葉を絞り出した。
 騎士団には、名を知っている騎士たちもいるが、まだ数ヶ月の身では顔すら覚え切れていない者もいる。そのような古参の連中に、新参者が目を付けられるのは良くないことだ。シュジャーウにも飛び火するだろう。
 そのような考えの元に断ったのだが、アロイスはニヤリと笑って首を振った。その笑みは獰猛で、彼が狼の血を強く引いているのだと理解できた。そして、恐らく逃れることは不可能であることも。
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