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相棒の憂慮 2
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書架に沿うようにテーブルが置かれ、座面と背もたれが程よく柔らかな椅子が二脚備わっている。二人は剣をベルトから外しテーブル脇のフックに引っ掛けた。それから向かい合うように腰掛ける。
コトコトと二つグラスが置かれ、カラリと氷が揺れて静かに鳴った。
「カウンターがよかった」
去っていくヘンリーの背を見送りながら、バースィルがぼそりとぼやけば、シュジャーウが僅かに笑って首を振った。
「ヘンリーなりに気は遣ってくれてるんじゃないかな」
「そうか? あいつ、俺には対応が雑になってきたぞ」
店員はヘンリーともう一人の二人だけ、必然顔を合わせる機会は多い。そのお陰か、バースィルともだいぶ気心が知れ、気さくに話しかけてくれるようになっている。ただ当初の丁寧さはすっかり鳴りを潜めてしまった。
「そうでもないと思う。よく見てみなよ」
そう言って、シュジャーウはちらりと視線を送る。
バースィルもそれを追って周囲を見渡した。そうすれば、店全体を眺めることができた。この席は入り口もカウンターもきちんと視界に入れられる場所だった。ウィアルがカウンターへ料理を置けば、ヘンリーが流れるように受け取っていくのが見える。
「ね?」
「たしかに」
「彼、ぱっとしないように見せかけて、かなり有能だよ」
シュジャーウの言う通りだ。
バースィルはヘンリーを眺めながら頷いた。
他にも席は空いているが、選んでここへ連れてきたのだろう。
マスターであるウィアルに粉をかけている奴は、他にもいる。正直なところ、店からしたら迷惑なことこの上ないにも拘らず、ウィアルが追い出さないから大目に見てもらえているのだ。
そんな中、特にヘンリーはバースィルたちには好意的で、こういう気の利いた場所――客の好みに近い場所へさり気なく案内してくれる。通りの見える窓側、好みのソファ、植物の傍、嗜好の書棚、そしてバースィルならマスターの見える場所、というわけだ。
ヘンリーの接客はとても手慣れていて、とかく気が利く彼は、常に周りに気を配っており察することにも長けている。席の好みだけでなく、客情報やメニューに関する記憶力もいい。配膳も会計もお手の物だ。
水やパンなどの追加、トレイの下げ際、そういったことを不快なく――場合によっては気が付かない内に、しれっと対応される。しかも無駄がない。
まるで空気のように寄り添い、するべきことを的確に行う。本人の地味な特性すら、彼を薄くし客の視界に止まらないよう一役買っているのだろう。彼の働く様は客の評判もよいようで、常連には可愛がられていると伺い知れる。
暫しの間、二人でそんな話をしていると、ヘンリーがトレイを二枚両手に持ってこちらへやってきた。
「なんの話っすか」
「キミがいい店員だねって話」
シュジャーウが意味深に笑ってそう言えば、ヘンリーは楽しげに笑った。本気にはしていないだろうが、嫌とも思っていないのだろう。いつも淡々としている目が柔らかに細められて、人懐っこそうな笑みに変わる。
「そんなこと言っても、何も出ないっすよ」
そう言って差し出されたトレイには、じっくり煮込まれた手羽元やモモ肉が並べられていた。甘酸っぱいビネガーの香りが主張弱めに香ってくる。共に煮られた厚めの輪切りオニオンも飴色になって旨そうだ。茹でたスピナッチが彩りを添えている。
「時間をかけて煮込んであるそうなんで、美味しいっすよ」
そう言って、それぞれにトレイを置き「ライスとパンのおかわりはご自由に」と去っていった。トレイには水の入ったグラスが載っており、先程まで飲んでいたものは、すでに持ち去られていた。
「いつの間に」
「いつだか分かったか、シュジャーウ」
バースィルが尋ねれば、シュジャーウは首を振った。
トレイを置いた後だとは理解できるが、なぜその瞬間を目に留められなかったのかが理解できない。
湖面色の瞳を細めて、ヘンリーを追う。
「おそらく、俺たちが料理に気取られている時のはずなんだけど」
「お前が見落とすなら、俺には無理だな」
豹獣人族のシュジャーウは、種族柄敏捷性が高く、それに伴い動体視力も秀でている。手技を見抜くなど、児戯にも等しい。その彼が見落とすのだ。どうしても違和感が拭えない。
シュジャーウは僅かに眉根を寄せて、小さな声で呟いた。
「彼にそういう特性があるってのは理解できるけれど、おそらくこの店自体にも何かしらあると思うんだよね」
「店に?」
理由が思い至らないバースィルは、首を傾げる。何かしらとは何なのだろうか。
「あー、バースィルは火の魔力が強いから、もしかしたら効果を弱めているのかもね」
「どういうことだ?」
「俺は、風属性の魔力が強いよね」
「ああ」
「だからこの店に、何かの風魔法がかかっているのが分かるんだよ」
なるほどなとバースィルは頷いた。
シュジャーウは風と水の魔力を多く有しており、その属性の魔法を得意とするだけでなく、魔法の感知や耐性も持っているのだ。そのシュジャーウが何かしらを感じるなら、確かなのだろうとバースィルは納得する。
コトコトと二つグラスが置かれ、カラリと氷が揺れて静かに鳴った。
「カウンターがよかった」
去っていくヘンリーの背を見送りながら、バースィルがぼそりとぼやけば、シュジャーウが僅かに笑って首を振った。
「ヘンリーなりに気は遣ってくれてるんじゃないかな」
「そうか? あいつ、俺には対応が雑になってきたぞ」
店員はヘンリーともう一人の二人だけ、必然顔を合わせる機会は多い。そのお陰か、バースィルともだいぶ気心が知れ、気さくに話しかけてくれるようになっている。ただ当初の丁寧さはすっかり鳴りを潜めてしまった。
「そうでもないと思う。よく見てみなよ」
そう言って、シュジャーウはちらりと視線を送る。
バースィルもそれを追って周囲を見渡した。そうすれば、店全体を眺めることができた。この席は入り口もカウンターもきちんと視界に入れられる場所だった。ウィアルがカウンターへ料理を置けば、ヘンリーが流れるように受け取っていくのが見える。
「ね?」
「たしかに」
「彼、ぱっとしないように見せかけて、かなり有能だよ」
シュジャーウの言う通りだ。
バースィルはヘンリーを眺めながら頷いた。
他にも席は空いているが、選んでここへ連れてきたのだろう。
マスターであるウィアルに粉をかけている奴は、他にもいる。正直なところ、店からしたら迷惑なことこの上ないにも拘らず、ウィアルが追い出さないから大目に見てもらえているのだ。
そんな中、特にヘンリーはバースィルたちには好意的で、こういう気の利いた場所――客の好みに近い場所へさり気なく案内してくれる。通りの見える窓側、好みのソファ、植物の傍、嗜好の書棚、そしてバースィルならマスターの見える場所、というわけだ。
ヘンリーの接客はとても手慣れていて、とかく気が利く彼は、常に周りに気を配っており察することにも長けている。席の好みだけでなく、客情報やメニューに関する記憶力もいい。配膳も会計もお手の物だ。
水やパンなどの追加、トレイの下げ際、そういったことを不快なく――場合によっては気が付かない内に、しれっと対応される。しかも無駄がない。
まるで空気のように寄り添い、するべきことを的確に行う。本人の地味な特性すら、彼を薄くし客の視界に止まらないよう一役買っているのだろう。彼の働く様は客の評判もよいようで、常連には可愛がられていると伺い知れる。
暫しの間、二人でそんな話をしていると、ヘンリーがトレイを二枚両手に持ってこちらへやってきた。
「なんの話っすか」
「キミがいい店員だねって話」
シュジャーウが意味深に笑ってそう言えば、ヘンリーは楽しげに笑った。本気にはしていないだろうが、嫌とも思っていないのだろう。いつも淡々としている目が柔らかに細められて、人懐っこそうな笑みに変わる。
「そんなこと言っても、何も出ないっすよ」
そう言って差し出されたトレイには、じっくり煮込まれた手羽元やモモ肉が並べられていた。甘酸っぱいビネガーの香りが主張弱めに香ってくる。共に煮られた厚めの輪切りオニオンも飴色になって旨そうだ。茹でたスピナッチが彩りを添えている。
「時間をかけて煮込んであるそうなんで、美味しいっすよ」
そう言って、それぞれにトレイを置き「ライスとパンのおかわりはご自由に」と去っていった。トレイには水の入ったグラスが載っており、先程まで飲んでいたものは、すでに持ち去られていた。
「いつの間に」
「いつだか分かったか、シュジャーウ」
バースィルが尋ねれば、シュジャーウは首を振った。
トレイを置いた後だとは理解できるが、なぜその瞬間を目に留められなかったのかが理解できない。
湖面色の瞳を細めて、ヘンリーを追う。
「おそらく、俺たちが料理に気取られている時のはずなんだけど」
「お前が見落とすなら、俺には無理だな」
豹獣人族のシュジャーウは、種族柄敏捷性が高く、それに伴い動体視力も秀でている。手技を見抜くなど、児戯にも等しい。その彼が見落とすのだ。どうしても違和感が拭えない。
シュジャーウは僅かに眉根を寄せて、小さな声で呟いた。
「彼にそういう特性があるってのは理解できるけれど、おそらくこの店自体にも何かしらあると思うんだよね」
「店に?」
理由が思い至らないバースィルは、首を傾げる。何かしらとは何なのだろうか。
「あー、バースィルは火の魔力が強いから、もしかしたら効果を弱めているのかもね」
「どういうことだ?」
「俺は、風属性の魔力が強いよね」
「ああ」
「だからこの店に、何かの風魔法がかかっているのが分かるんだよ」
なるほどなとバースィルは頷いた。
シュジャーウは風と水の魔力を多く有しており、その属性の魔法を得意とするだけでなく、魔法の感知や耐性も持っているのだ。そのシュジャーウが何かしらを感じるなら、確かなのだろうとバースィルは納得する。
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