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赤狼の少年
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バースィルは、三年程前にこのヴォールファルト王国の王都ケルンスブルクへとやってきた。
出身は大陸西方にあるカタフニアの南部地方で、北部に岩が多い山岳地帯と荒野、そして南部に砂漠を有する国であった。
鉱石や宝石が採掘され、鍛冶や貴金属、装飾品の類が主産業。大きな街では鍛冶屋や彫金工房が立ち並び、冒険者は武器を買い旅行者たちは土産を買っていく。各国との取り引きも盛んだ。
カタフニアは火の精霊の加護があり、火を扱う事柄と相性も良い。火の魔素が濃いため気温は高いが湿度の少ない気候で、寒暖の差を気をつければ過ごしやすい国であった。
そんな国に住む狼獣人の少年がバースィルだった。
獣人らしく腕力があり機敏でやんちゃな子供。炎や明けの空を想起させる赤髪に朝日のような琥珀色は、彼の気性を表していた。
父、母、兄と四人ぐらし。母の生家は細工師でそれなりに立派な工房を持っていた。まだ祖父母は健在で、いずれは兄が工房を継ぐだろう話になっていた。彼の父親は、王に忠誠を誓う戦士の一人で、バースィルは父と同じ道を歩むと思っていた。
しかし、六歳の時、転機が訪れる。
その年、遥か北方で魔族の王が討たれた。
この出来事と、それを成した勇者という存在は、幼いバースィルの心を鷲掴みにしたのだ。
大陸の北方約半分は魔族領と呼ばれ、そこには数多くの魔物と魔族が住んでいた。
魔族たちは、南方に住む者たちとは相容れぬ存在だった。彼らは、何十年かに一度現れる魔王という存在に率いられ、大陸の南へと侵略を始めるからだ。
魔王が現れれば、大陸を横断する魔族領との境界は常に戦線が張られ、幾度となく軍場と成り果てる。魔王が倒されるか、魔族たちの侵略が落ち着くまで続く戦いだ。何年もの期間を要すると過去の歴史が示している。
バースィル五歳の時、女神からの神託で魔王の誕生が知らされたと各国でお触れが出た。
大陸各地で信仰されている女神サフィーアの神託は絶対で、覆ることはない。数年の内に、早ければ年内にでも魔族の侵攻が始まるだろう。この不安は大陸全土を覆った。
カタフニア国とて例外ではなかった。
特に魔族領と接する境界を有するため、戦禍は免れない。国からの働きかけで戦の準備が粛々と進められた。バースィルの父親も、仲間の兵士たちとともに北の駐屯地へと出発していった。
もしかしたらもう父には会えないのかもしれない、幼心にそう思ったバースィルは、涙ながらに兄の服の裾を握りしめて父の背を見送った。
しかし、魔王誕生からたった一年。
十七歳の若き青年が勇者として導かれ、仲間とともに魔王を討った。
この報せに大陸中が湧き、重く伸し掛かっていた不安は一気に吹き飛んだ。どれだけの期間戦争が続きどれだけの被害が犠牲が国を脅かすのかと、暗い顔をしていたのが嘘のようだった。
尊敬する大好きな父が帰ってきたことは、バースィルの家族にとって僥倖だった。
怪我はしていたが、それでも体に支障があるほどではなかった。亡くなった仲間もいたが、それでも被害は少なかった。使命の旅に出る前に、各国の境界を見て回った勇者が、カタフニアも助けてくれたのだそうだ。
父は勇者に助けられ、今も両の腕が残っているのは彼のお陰だと語った。勇者の、勇ましい姿を間近で見たと。
その話をきいたバースィルは、周りの子どもたちと同様に勇者なる人物に憧れた。
彼を讃え記された絵本や書物を何度も何度も読み返し、彼の半生に自分を重ねた。特に勇者の仲間であった賢者の書いた物語がお気に入りだった。
なんでも今代の勇者は、大陸史において最強で彼に並び立つ者はいないとか。女神の加護により他の追随を許さない能力を持ち、すべての属性魔法が使え、心身ともに逞しく、大陸中央の大国ヴォールファルト王国ですべてを教わり余すことなく身につけたと記されていた。多くの友を持ち、彼らに支えられ、彼らを助け、そうして勇者に至ったと書かれていた。
これがバースィルの転機だった。
彼は父に剣を習い体を鍛えた。成長して冒険者になり一年ほど祖国で活躍すると、友とともに旅立った。
――あることを胸に。
冒険者として日銭を稼ぎながら、勇者が救った各地を見て回り、十九歳になる頃にはヴォールファルト王国の王都ケルンスブルクへとやってきた。勇者の軌跡を追い、もしかしたら会うことができるかもしれないという淡い期待を抱いて。
結果から言うと、勇者には会えなかった。
彼は何年も前に大陸を回る旅に出たのだそうだ。残念ではあったが、それでも勇者が育ったケルンスブルクに辿り着けたという喜びで、バースィルはとても満足だった。
一つ目標を達成したわけだが、次の案としてこの街に腰を据えることに決めた。他へ行くという発想はなかった。もしかしたら勇者の何かしらを知り得ることができるのではという期待もあった。
しかし一番大きかったのは、勇者が育ったこの国で自分がどれくらい通用するかを確かめたかったのだ。
王都に移り住む決意をしたバースィルは、冒険者を休業し、ともに旅をしてきた幼馴染のシュジャーウを連れて騎士団の雇用試験を受けた。
他国出身という立場から受けられたのは、王都警備を目的とした騎士団、赤槍騎士団だった。バースィル自身もその騎士団を希望していたので、好都合であった。
多種多様な種族が所属し、王都の民とも親しいこの騎士団は、バースィルにとって居心地がよく、ここに所属できてよかったと早々に馴染んだ。
そうしてできた同僚の仲間たちとともに、昼食のために訪れた小さなカフェ。
そこでバースィルは、特別な出会いをした。
出身は大陸西方にあるカタフニアの南部地方で、北部に岩が多い山岳地帯と荒野、そして南部に砂漠を有する国であった。
鉱石や宝石が採掘され、鍛冶や貴金属、装飾品の類が主産業。大きな街では鍛冶屋や彫金工房が立ち並び、冒険者は武器を買い旅行者たちは土産を買っていく。各国との取り引きも盛んだ。
カタフニアは火の精霊の加護があり、火を扱う事柄と相性も良い。火の魔素が濃いため気温は高いが湿度の少ない気候で、寒暖の差を気をつければ過ごしやすい国であった。
そんな国に住む狼獣人の少年がバースィルだった。
獣人らしく腕力があり機敏でやんちゃな子供。炎や明けの空を想起させる赤髪に朝日のような琥珀色は、彼の気性を表していた。
父、母、兄と四人ぐらし。母の生家は細工師でそれなりに立派な工房を持っていた。まだ祖父母は健在で、いずれは兄が工房を継ぐだろう話になっていた。彼の父親は、王に忠誠を誓う戦士の一人で、バースィルは父と同じ道を歩むと思っていた。
しかし、六歳の時、転機が訪れる。
その年、遥か北方で魔族の王が討たれた。
この出来事と、それを成した勇者という存在は、幼いバースィルの心を鷲掴みにしたのだ。
大陸の北方約半分は魔族領と呼ばれ、そこには数多くの魔物と魔族が住んでいた。
魔族たちは、南方に住む者たちとは相容れぬ存在だった。彼らは、何十年かに一度現れる魔王という存在に率いられ、大陸の南へと侵略を始めるからだ。
魔王が現れれば、大陸を横断する魔族領との境界は常に戦線が張られ、幾度となく軍場と成り果てる。魔王が倒されるか、魔族たちの侵略が落ち着くまで続く戦いだ。何年もの期間を要すると過去の歴史が示している。
バースィル五歳の時、女神からの神託で魔王の誕生が知らされたと各国でお触れが出た。
大陸各地で信仰されている女神サフィーアの神託は絶対で、覆ることはない。数年の内に、早ければ年内にでも魔族の侵攻が始まるだろう。この不安は大陸全土を覆った。
カタフニア国とて例外ではなかった。
特に魔族領と接する境界を有するため、戦禍は免れない。国からの働きかけで戦の準備が粛々と進められた。バースィルの父親も、仲間の兵士たちとともに北の駐屯地へと出発していった。
もしかしたらもう父には会えないのかもしれない、幼心にそう思ったバースィルは、涙ながらに兄の服の裾を握りしめて父の背を見送った。
しかし、魔王誕生からたった一年。
十七歳の若き青年が勇者として導かれ、仲間とともに魔王を討った。
この報せに大陸中が湧き、重く伸し掛かっていた不安は一気に吹き飛んだ。どれだけの期間戦争が続きどれだけの被害が犠牲が国を脅かすのかと、暗い顔をしていたのが嘘のようだった。
尊敬する大好きな父が帰ってきたことは、バースィルの家族にとって僥倖だった。
怪我はしていたが、それでも体に支障があるほどではなかった。亡くなった仲間もいたが、それでも被害は少なかった。使命の旅に出る前に、各国の境界を見て回った勇者が、カタフニアも助けてくれたのだそうだ。
父は勇者に助けられ、今も両の腕が残っているのは彼のお陰だと語った。勇者の、勇ましい姿を間近で見たと。
その話をきいたバースィルは、周りの子どもたちと同様に勇者なる人物に憧れた。
彼を讃え記された絵本や書物を何度も何度も読み返し、彼の半生に自分を重ねた。特に勇者の仲間であった賢者の書いた物語がお気に入りだった。
なんでも今代の勇者は、大陸史において最強で彼に並び立つ者はいないとか。女神の加護により他の追随を許さない能力を持ち、すべての属性魔法が使え、心身ともに逞しく、大陸中央の大国ヴォールファルト王国ですべてを教わり余すことなく身につけたと記されていた。多くの友を持ち、彼らに支えられ、彼らを助け、そうして勇者に至ったと書かれていた。
これがバースィルの転機だった。
彼は父に剣を習い体を鍛えた。成長して冒険者になり一年ほど祖国で活躍すると、友とともに旅立った。
――あることを胸に。
冒険者として日銭を稼ぎながら、勇者が救った各地を見て回り、十九歳になる頃にはヴォールファルト王国の王都ケルンスブルクへとやってきた。勇者の軌跡を追い、もしかしたら会うことができるかもしれないという淡い期待を抱いて。
結果から言うと、勇者には会えなかった。
彼は何年も前に大陸を回る旅に出たのだそうだ。残念ではあったが、それでも勇者が育ったケルンスブルクに辿り着けたという喜びで、バースィルはとても満足だった。
一つ目標を達成したわけだが、次の案としてこの街に腰を据えることに決めた。他へ行くという発想はなかった。もしかしたら勇者の何かしらを知り得ることができるのではという期待もあった。
しかし一番大きかったのは、勇者が育ったこの国で自分がどれくらい通用するかを確かめたかったのだ。
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他国出身という立場から受けられたのは、王都警備を目的とした騎士団、赤槍騎士団だった。バースィル自身もその騎士団を希望していたので、好都合であった。
多種多様な種族が所属し、王都の民とも親しいこの騎士団は、バースィルにとって居心地がよく、ここに所属できてよかったと早々に馴染んだ。
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