御薙家のお世話係

青木十

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第拾柒話

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 天地神明は、天と地の住まう数多の神々を指す言葉。つまり神明とは、神々を表す。

 妖怪は、佳朗とて今までの超常的な件に関する流れから居るのだろうことは理解していた。しかしまさか神までいるとは。

「そうだよ。正直、力があるから妖怪よりも性質たちが悪いんだけど、基本的には人の子には優しいから」

 言葉の内容はともかく、安心させるようににっこりと笑む瑞樹にほっとする佳朗だったが、続く聖の説明は到底安心できる内容ではなかった。

「彼らは、今は自分たちのことで手一杯だな。
 徒人ただびとたちの信心不足で、神力しんりきが低下してしまったから。それで今は各所で集めた力を一箇所にまとめた後、各神へと分配している状況だ。有名な神ばかり生き残ってしまっても、日本国内の神々の領域に支障が出てしまうからな」

 佳朗は驚きのあまり思わず尋ねた。

「神様が弱っているんですか?」
「ああ、八月の終わりの噴火を覚えているだろう」

 佳朗が頷けば、聖は言葉を続ける。

「あれは元々は天地神明八百万全ての神力で抑え弱め、可能なら軽度の地震で解消するものだったんだ。今回はそれで乗り切る算段だった。それでも数百年の内に一度は噴火しただろうけどな」

 その言葉を補うように、瑞樹が話に加わった。

「ここ数年、そうなるように働きかけていたんだけど、神様たちの力が弱まりすぎて、被害が大きくなりそうだと分かってね」
「ああ。このまま続けても改善しないどころか、大地震と噴火が同時に発生するかもしれないということで、それならもう噴火をさせるしかないと、お偉いどころで決めてしまったんだ」

 そう疲れたように話した聖は、腕を組んで椅子の背もたれに体を預けた。立派な体躯を支えて、ギギっと軋む音がする。

「それでも、これくらいの被害に抑えられたのはよかったよ。その代わりその数倍の面倒事が増えちゃったけどね」

 瑞樹は、眉根を寄せて笑いながら、少し長めの前髪をかきあげた。何を思い出しているのかは分からないが、大きくため息をつく。
 それが聖のものと重なって、顔を見合わせた二人は思わず苦い笑みを浮かべた。

 佳朗は、深夜に見た中継を思い出す。
 あれはたしかに噴火であった。しかし不思議だったのは、噴火が数日で終わり、流れ出たマグマは人里に到達する前に固まり、火山灰は広がらず、樹林は巻き戻るように瑞々しさを取り戻した。あれほど大きな噴火だったのに、災害の規模が不自然なほどに控えめなのだ。
 これが、今までと違う世界の理なのかもしれない。天地神明が被害を減らすためにその力を振るっていた。超常的な力を持った者たちがこの災害を食い止めるべく活動していた。それが真実の一部なのだろう。
 そのことに気がついて、理由はわからないが、体がぶるりと震えた気がした。

「ああいう超自然的災害が起こらないように、日本には神様たちの力による守護が必要なんですね」

 佳朗が背筋を伸ばし姿勢を正して、分かったとばかりに頷いた。
 その様子に瑞樹も同意を示す。その表情は、社長のそれというより、研究室の片隅で屯していた頃のそれに似ていた。

「そうなんだよ。彼らも彼らなりに協力的なんだ。ただ、弱っていたところに今回の噴火で力を使っちゃったから。
 やはり神域下にある物事には干渉しやすくなるんだけれども、神域の維持にも、神域内への干渉にも、神力が必要なんだよね」

 瑞樹は、先ほどまで見ていた注意事項の紙をぺらりとひっくり返し、聖の手元にあったペンを片手に小さな人形ひとがたとゆるい日本を手早く描いた。そして人形の頭上に神力の文字、そこから飛び出す矢印を描き足していく。その矢印がゆる日本に到達すると、バリアのように日本を囲い神域化と書き足された。それを数体の人形を同様に描き足した。

「こうやって日本は神様から守護されているんだ……」

 目を輝かせてゆるい日本を見つめる佳朗の口から、ぽそりと声が漏れる。それを拾って瑞樹が肩を揺らした。

「私たちが興味を持ち調べ研究し、ある意味潰してしまった可能性――けれどそうあってほしいと心の中で思った現実がここにあったよね」
「ですね。俺は、柳田國男や折口信夫のように今の民間伝承を集め、研究室の今後の資料に残るようなことがあればくらいに考えていたんですけど、ぜんぜん違う展開になっちゃいました」

 感慨深そうに相槌を打つ佳朗だったが、あることに気がついて居住まいを正す。少し下がっていた眼鏡の位置も直した。

「まれびと論は、折口先生論が証明されたということですね?」

 自分でもいい笑顔だと分かる笑みで、瑞樹に訴える。それを聞いた瑞樹が今度は声を上げて笑った。

「そう! そうだね、稀人まれびとに関する彼らの考えはどちらも理解できるけど、神様がいちゃどうしようもないよね」
「全部ひっくり返しですよ。神様も妖怪もいるなら、霊だっているんでしょうから――」
「柳田先生論も」
「証明されてしまう」

 佳朗も瑞樹と同じように笑った。

 柳田國男と折口信夫。
 民俗学者として大変名の知れた二人であったが、折口信夫は『まれびと』という存在を神であると論じており、柳田國男は折口の論を支持しなかった。まれびととは、簡単にいうと人の世界に来訪した人ならざるもののことで、折口は異郷から来訪する神だと定義し、柳田は常世から帰る祖霊だとした。
 この論は彼らの生涯において混ざらないままであったが、この現代で共に答えに至ったのだ。

 そう思えたことは、佳朗にとって光栄なことのように感じたし、嬉しいことであった。

 また瑞樹さんとこういう話ができるなんて。

 来た時の緊張も、瑞樹の立場も関係ない。思ったことをたくさん語り合う、今この時だけは、あの革張りの古いソファで過ごした日々のようだった。


 はたと気がついた佳朗が、ゆる日本のイラストを指さした。

「でもこの神域に問題がある、んですよね?」
「そうだ」

 横で利き手に徹していた聖が頷いた。
 聖は瑞樹からペンを取り返すと、テーブルに上半身を乗せるように身を乗り出して、ゆるい日本の横に同様の図を描き始めた。一瞬机がギシリと鳴って、聖の体格の良さを感じさせた。
 瑞樹の日本は、丸いが列島それぞれの形がわかる可愛らしいものだったが、聖のそれは随分と歪で、隣があるから辛うじて分かる程度の日本だった。
 その日本に、同じように人形と矢印が描き足されていく。今度は日本全体を覆わないように追加されていった。

「神域は、神が神の力を発揮するための領域だから、力が強ければ強いほど影響を与えることができる。逆に神域でないところは荒れ放題だし、他の勢力に奪われる可能性もある。災害の懸念は増えるし、景観一つ守るにも神域の維持は大事なんだ」
「そのとげとげオーラみたいなのって、神力の強さを表してるんすか?」
「わかるからいいだろ」

 柊の質問に不服そうに聖は返す。
 二人のやりとりに、佳朗はくすくす笑った。なんでも卒なくこなしそうな聖だったが、絵は瑞樹の方が得手のようだった。
 瑞樹は、今度は自分の胸ポケットからペンを取り出して、聖のデコボコ日本に鳥居と神社の社殿のようなものを描き足した。神力の一番強そうな所にだ。それから神域外に、小さな家を描き足し細い矢印をそちらに伸ばした。

「こうやって、力を分けることで、ここも神域になる。由来の分からない神様でも小さなやしろがあったりするでしょ。そんな社が点在しているお陰で、日本全土に神域が維持できているんだよ。八百万と云われるお陰だね」

 なるほどと佳朗は理解した。
 国を造り中つ国を平定して、日本の建国を始めとするそれ以降を子孫に託したとなっていても、神様が消えたわけじゃなかったんだなと、新しい――だからと言ってとんでもなくないとは言っていない――知見を得て、ほくほくしていた。

「国内で荒御魂あらみたまの連中がそれなりに大人しくしているのも、神力が配給されてるからだ。妖怪たちも神と違えるのは力がいるから、お互いに害のないように過ごせている」

 聖はそう言って、歪な日本に、丸に荒、丸に妖を各所に描き足した。

「つまり、神力が低下してしまうと、日本は自然だけじゃなくて、関係性も荒れちゃうってことなんですね」

 佳朗が落書きたちから顔を上げて、聖を見る。ほぼ同時に聖も顔を上げて頷いた。

「そうだ。結構死活問題なんだ。今は弱体化が進み、状況を把握できている程度なんじゃないかと見ている」

 その意見に、瑞樹も同意する。少し悩ましげに眉根を寄せると言葉を続けた。

「そうなるね。神域の維持だけは何とかできたって状況かな。大きな神社や有名なお寺にお参りに行く文化にも助けられてるようだね。
 ただ、全体の神力が減っているというのは変わらない。小さな神様たちの保護も頑張っているけれど、日本はとにかく神様が多い国だから、管理しながら取りまとめること自体も大変そうだよ」
「その取りまとめは、誰がしているんですか?」

 佳朗の疑問に、瑞樹と聖が顔を見合わせる。妙な間が空き佳朗は小首を傾げた。その様を見た瑞樹は「あー………」と呟いた後、更に間を重ねた後、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「その管理をしているのは、『神明公社』っていう会社だよ。その社長が、天照大神アマテラスオオミカミなんだよねぇ」

 瑞樹は、ちょっと遠くを見るようにため息をついた。
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