魔王が強くてニューゲームを始めるらしいので、次代の勇者を育成することになった。

青木十

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冒険の物語

第十二話

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「さて、話を戻すか。アレクとエルはE級から。ヴァルはまた冒険者を再開するわけだな」
「ああ、そうなるな。俺はD級くらいのゆるいカードが欲しいんだが」
「えぇ!? 三枚目をお持ちになるんですか?」

 ダールベルクの確認に答えると、ルサリオンが驚いて声を上げるが、俺は静かにうなずく。

「さすがにA級をチラつかせるわけにはいかないだろ。エドですらB級のダミーを持ってるんだ。そうだろ」
「俺はそうですけど。さすがにD級は下げ過ぎじゃないですかね? ヴァルさんの年齢を考えると、若い連中や衛兵たちに舐められますよ」

 エドの苦言に「そうか?」と疑問を返すと、「俺だって若い連中に舐められてるんですから」とエドは笑った。
 いい年してランクが低かったり止まってたりすると、そういうもんなのか。四つ下のエドですらそうなら、俺はどうなるやら。

「せめてB級にしませんか?」

 ルサリオンを俺を気遣うが、俺はうなずきづらかった。
 A級B級でグリュンフェルトに来る奴なんてまずいない。残ってるエドが舐められてるなら、来た奴も舐められるか煙たがられるか、その辺りだろう。
 それで動きづらくなると、二人のサポートがしづらくなるんだよなぁ。
 それならいっそのこと、うだつの上がらない体で低いランクから始めた方が楽だろうと思ったんだ。

 そう説明して渋る俺。
 その様子を眺めていたエドワルドが、あっと小さな声を漏らした後、提案の声を上げた。

「なら、こうしましょうよ。まず、ヴァルさんは俺のパーティに復帰しましょうか。丁度前衛を募集してるんです。それで、彼ら二人というか二人のパーティを『我が燈火イルミナ』預かりにしませんか」
「なるほど、その手があるな」

 ダールベルクが大きくうなずく。
 え? 『我が燈火イルミナ』預かりになるとどうなるんだ?
 俺が疑問で頭をいっぱいにしていると、エルも「『我が燈火イルミナ』ってなに?」と俺に小声で聞いてくる。
 エドのパーティの名前だと小声で返した。

 ルサリオンが『我が燈火イルミナ』の現状を教えてくれる。

「冒険者ギルドの書類上では、ヴァル様は『我が燈火イルミナ』に所属したまま休止中。辺境での討伐記録は、本来の冒険者証に記録をつけている状況です。
 なので、『我が燈火イルミナ』は勇者ヴァル様が秘密裏に所属しているパーティである、というのはギルド上層部では暗黙の了解なんですよ」

 『我が燈火イルミナ』は、俺とエドワルド、ラドウェルの三人で作ったパーティだ。俺が抜ける時、正確には冒険者を休止すると決めた時、エドワルドたちに得があればと書類上は『我が燈火イルミナ』に籍を残した。メンバーには居ないものとして扱ってもらうが、有事の際に俺の名前や立場で便宜を図りやすくするためだ。
 二人では大変だろうから、今はパーティメンバーを増やして活動しているはずなんだが。

「近年の『我が燈火イルミナ』は、C級の冒険者をパーティに入れて鍛えB級にして旅立たせたり、E級D級パーティの後援をしてもらっているのです。どちらもギルドからの長期依頼ですね」

 なるほど、そういうことか。
 アレクたちをうまく見守れるなら、俺が低いランクでいる必要もない。
 更に俺が『我が燈火イルミナ』に復帰すれば、少なくとも俺がD級で彷徨くより心証穏やかだろうな。


「俺たちは自分たちでやっていける」

 アレクは、はっきりとした意思を滲ませて訴える。
 紫青色の双眸はやる気と気骨が見え隠れしていた。

 そうすると、エドワルドが穏やかな口調で語りかけた。

「俺たちが面倒を見るのは、冒険者に必要な常識や技術、ギルドや他のパーティとの連携の仕方などだ。依頼や冒険自体は、一緒に協力することはあっても、基本的には本人たちでやってもらう。甘やかせるために提案してるわけじゃねぇから安心してくれ」

 アレクは、う、でも……と反論を探している。
 そこへ――

「アレクよ、ランクを早く上げるために有用なことも『我が燈火イルミナ』では伝授してくれるぞ」
「そうですね、どの依頼の効率が良い、報酬は低いが査定が上がりやすいといった判断材料や、周辺ダンジョンや採集場所の攻略情報など、いろいろな情報を『我が燈火イルミナ』の皆さんは持っています」

 エドワルドの言葉にマスターとサブマスターからの助言が追随し、アレクがぐらぐらとしたところで、エドがとどめを刺した。

「それに、二人が強いって分かるなら、俺も高ランクの緊急依頼に連れていけるんだがなぁ」

 高ランクの緊急依頼は、この街では『我が燈火イルミナ』が受けることになっている。
 でも『我が燈火イルミナ』から認められれば、随伴が許されるんだ。そりゃ、アレクからしたら魅力的だろう。

 うぐぐと言葉を失ったアレクを横目に、エルはあっけらかんと答えた。

「僕は、ぜひお願いしたいです」

 お前はそう言うよな、知ってた。
 それを受けてアレクも観念したようだ。

「……俺も、それで頼む」

 そう言った後、少し悔しそうな顔でソファに体を預けた。
 自分たちで頑張るぞという気持ちと、早くランクを上げたいという気持ちがせめぎ合ったのかもしれないな。
 だが、あくまでも依頼を成すのは自分たちだ。それは安心していいと思う。

「そうしたら、俺はC級で登録し直しだな」
「何でC級?」

 エルが見上げてくる。
 俺はにんまりして答えた。

「それならまたランクが上げられるだろ。査定ポイントもゼロからだし、次はどれくらいでA級までいけるかなぁ」

 俺の話を聞くと、皆が呆気にとられたように瞠目する。
 エルは、またおじさんはぁと言って苦笑いをしながら、こげ茶の瞳をぱちぱちとさせていた。
 少しの間を経て、アレクが大きな溜息をつく。
 それで我に返ったエドワルドの呆れた声が部屋に響いた。

「あんた……、ほんとどこまで数字を上げるのが好きなんだよ」

 そうは言ってもだなぁ、と俺は笑いながらすっかり冷めた紅茶を飲み干したのだった。



 俺たち三人の方針が決まったところで、本日は解散となった。
 書類もひと通り書いたし、手続きはギルドでやってくれるだろう。
 また何かあれば集まるくらいの気軽さで、次回の話をし俺たちは席を立つ。

 部屋から出ようとしたところをルサリオンに呼び止められた。

「そう言えばヴァル様」
「ん? どうした?」

 体を寄せて耳元へ唇を寄せてくる。
 濃紺に寄った深紫の髪が、俺の頬にかかってくすぐったい。髪からなのか服からなのかは分からないが、柔らかい良い香りがした。

「そろそろ私のことをサリオンと呼んではいただけないのです?」
「お前、またその話か」
「私とあなたの仲じゃないですか」

 そう言って俺の手の甲をゆるりと撫でる。

 言いたい意図は分かる、分かるが、分かるがね。
 新緑の森のエルフたちは、親愛や友愛、恋慕の類の相手に対し、名の後半を呼ぶ習慣があるのだ。
 他の土地のエルフたちはどうだか知らないが、ルサリオンはその森里の生まれなので、親しくなったらそう呼ばれたいと思ってくれているのだろう。
 だがなぁ、今更なんだよなぁ。

 うーんと悩む俺の様子を横目に、ルサリオンは続ける。

「オーシュのことは、呼んでるのでしょう」
「いや呼んでないぞ」
「え、まだ呼んでやっておらないのですか。オーシュもかわいそうに」

 夕日色の瞳と端正な口元は弧を描いている。
 うわ、絶対にかわいそうとは思ってない顔だ。

「では、ティーナは?」
「ん、ファルティ?」
「あぁ、こちらもかわいそうに」

 ラオーシュもファルティーナも、新緑の森の生まれだ。
 同じように思ってくれている、のかねぇ。
 でも、ファルティは俺じゃないと思うんだよな。

「そんなこと言ってるとファルティに削られるぞ」

 とかく愉快そうなルサリオンへ呆れたようにそう伝えると、ひょいっと俺の横からエドが顔を覗かせた。

「ファルティさんがどうかしたんですか」
「エドワルドさんも、ティーナのことをティーナと呼んでいいのですよ?」
「えー、俺がそう呼ぶのはファルティさん喜ばないでしょう」

 エドは首を振る。

「お二人ともつれないですねぇ」

 エドが、そう言うルサリオンと俺の腕をがっと掴んで屈めさせ、耳元を寄せて小さく囁いた。

「俺が思うに、そう呼んで喜ぶ相手はマスターでしょ」
「だよな」

 俺は、人差し指を立てて示し、大きくうなずいた。
 俺としては同意しかなかった。

「そうなのですか?」
「ルサリオンさんはそういう機微が分からないから、ファルティさんにいつも睨まれてるんですよ」
「ずっと思ってたことを口に出してくれる奴がいて、俺は今至極気持ちがいいぞ」
「ほんとですか、ヴァルさん」

 そうして顔を見合わせて笑うエドワルドと俺。
 あー、こういうの久しぶりだ。やはりここに来てよかったな。

 そんなことを考えていると、アレクが俺の腕を組むようにがっしりと掴んだ。

「うぉ、どうしたアレク」
「さっさと行くぞ。宿屋が取れなくなる」
「あぁたしかにな」

 窓の外を伺うと、もう日が傾き暖かな色がグリュンフェルトの街を染め始めていた。夕日に映える街並みは、平和そのもの。グリュンフェルトに戻ってきたんだなと再認識し、密やかな嬉しさが心の中へと湧き出てきた。
 俺の腕につかまるアレクの頭を撫でて、便利なところが空いているといいなと言うと、だったらさっさとしろと怒られる。
 こちらは何というか通常通りだった。

「あ、それなら」

 そんな俺たちの様子を見て、エドワルドが声を上げる。

「みんな、うちに住めば大丈夫じゃないですかねぇ」

 急な提案に、俺たち三人――アレクとエルと俺、は顔を見合わせた。
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