魔王が強くてニューゲームを始めるらしいので、次代の勇者を育成することになった。

青木十

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冒険の物語

第二話

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 俺は魔石の話で思い出したことを、アレクに切り出した。

「そう言えば、ラオーシュから前回納品した魔石の代金が届いていたな。確認しておけよ」
「分かった」
「それでだな……」

 俺はそこで勿体をつけて言葉を切った。
 アレクは肉と野菜のスープを口へ運びながら、ちらりとだけ俺の方を見る。

「ん? なんだよ」
「今回の魔石の代金が届いたら、防具を買いに行こうか」
「防具? 今騎士団との訓練で使ってるのは、まだ大丈夫だそ」

 興味なさげに返すアレクに、俺はふふんと話を続けた。

「そうじゃない。あんな立派なものは、騎士団でないと使用できないだろ」

 アレクは口へ運ぶスプーンを止め、がばっと顔を上げた。
 俺の得意げな様子を見て気がついたのだろう。

「冒険者にはランクってものがある。格に合わせた装いってのは大事なんだよ」

 俺の言葉の意味を理解しただろうアレクは、両の手をテーブルに突いて身を乗り出す。双眸が青い宝石のようにキラキラしていた。

「ほんとか?! あってれば自分で選んでもいいか?」
「もちろんだとも」
「やった……!」

 そうして喜びに身を震わせながら再び椅子につくと、アレクは食べかけの食事を再開する。がつがつと勢いに任せて朝食が吸い込まれていく。

「食べ終えたらすぐに魔石を持ってくる。ヴァルもさっさと食べろ」

 そう言いながら、オムレツを数回もぐもぐと噛むと飲み込んだ。パンも大きめに千切って口に含み、スープで流し込む。
 口が空いたタイミングで、アレクは俺の方を見た。

「ヴァル」
「ん?」
「返事は?」

 お前のほうが父親みたいだな。

「わかったよ。お前もちゃんと噛んで食べろよ」

 分かってるよと一言返したアレクは、スープの入った深皿を持ち上げて呷り飲み干すと、口元を布で拭って立ち上がった。

「ソファのテーブルに運んでくる」

 俺の返事を待たず、自室へと向かってしまった。
 急いている様子に、自然と笑みがこぼれる。仕方ないか。楽しみにしていたものな。


 アレクとは今年から冒険者として活動する約束をしていた。
 冒険者は、勇者にとって一番身が軽く、勇者というものに一番近い稼業だろう。魔物の討伐、旅路と野営、仲間との協力と連携。魔王討伐の道程でおこなうことは、冒険者稼業で学ぶことが多い。
 そのため、冒険者になろうと二人で約束をしていたのだ。

 かく言う俺も、冒険者としての立場も持っている。ちょっと、ちょっとだけ特殊なんだけど、な。

 十歳になった頃に冒険者の有用性について説明をすると、アレクはすぐに冒険者になりたがったがそれを叶えてやることはできなかった。

 理由としては、まずは年齢。
 冒険者の登録は、一般的には十五歳くらいでおこなわれる。早ければ十歳から可能だ。アレクの希望は叶えてやれることだったのだが、勇者は一人で成すものではない。勇者には仲間が必要だ。
 その旅の仲間として、アレクの幼馴染み、メディアナの養い子、――神殿の治癒魔法師エルが予定されている。この子が、アレクより一つ下なのだ。当時九歳。
 可能なら共に冒険者をさせたいと考えていた。しかし、さすがに九歳で冒険者登録はさせられない。
 色々な伝を頼ればできなくはないのだろうが特例すぎるし、通例というものには倣ってほしかったのだ。
 かと言って、では十五歳からと言うつもりもない。魔王の誕生を考えると、早いに越したことはないからだ。

 次に勇者育成の問題。
 アレクには、俺が受けた勇者教育と同等かそれ以上のものを受けさせたいと思っていた。
 それ故に冒険者稼業にばかり時間を割けない。冒険者をするのであれば、パーティを組む必要がある。勇者教育の為に冒険者を休むわけにもいかないし、パーティメンバーに迷惑をかけるわけにもいかない。
 ということで、ある程度の目処が立つまでは冒険者をやらないと決まった。

 これらの理由で延びていた冒険者登録だが、十三歳になったらにしようと話し合っていた。それは俺が十三歳から冒険者を始めたからだ。俺は勇者教育二年目で冒険者になっていた。

 これらに関しては、アレクも納得し、今か今かとその時を待っていたのだ。


 俺が急いで食事を終える頃には、アレクが魔石の入った箱を抱えて戻ってきていた。食後のコーヒーは後でとなったのは、俺としては不服だった。

 空いた箱をもう一つ用意し、魔石の状態を確認していく。
 魔力の状態が良いものは箱へ、悪いものはテーブルの上へと転がしていく。

「もっと丁寧に扱えよ……」

 アレクが顔をしかめながら不満そうにつぶやく。
 これでも騎士団や魔術士会の連中よりは丁寧なんだけどな。
 魔石は全部で三十個あり、魔力を込めきれてないものが六個、無色の魔石が二個あった。

「これとこれはまだ魔力が込められる。こっちのは属性がぶれてて安定していない。一度魔力を抜いて込め直したほうがいいだろう」
「わかった」

 俺がそう伝えると、アレクは追加で込めるものを手に取り属性を合わせて魔力を込め始める。魔石が淡く光り、アレクの魔力を吸収していく。
 俺は終えたものを受け取ると、魔力の確認をして箱へと移した。

「魔力抜くの手伝ってもらっていいか?」
「ああ、構わないぞ」

 残りの四つをそれぞれ二つずつ手に取り、魔力を抜いていく。
 今まで散々魔力循環をし合った仲だ。アレクの魔力の癖は分かっているし、扱い方も理解している。

 魔石は、魔力を込められるし抜くこともできる。
 抜くのに多少コツはいるが、簡易的な魔力蓄積装置として使用できるのだ。これを使って魔法を使用しても良いし、足りない魔力の補充に使ってもいい。魔導具の稼働力に使用するだけではないのだ。

 俺は、魔力ポーションよりも魔石の方を愛用していた。
 ダンジョンでも手に入るし、素材採集と合わせて採集もできる。魔力を抜き出すだけだから、味は関係ないし腹が水分で膨れるということもない。意外と利点が多い。インベントリがあればあまり関係ないが、多少雑に扱っても壊れないのは、冒険者稼業とも相性がよく最大の利点と言えるだろう。

 抜き終えて空になった魔石を一つ、アレクへ返す。

「あと、この二つが無色になったのはいいな」
「無色?」
「ああ。属性がないのだが、その分汎用的に使用できる。属性石よりも高値で買い取ってくれるだろうな」
「そうなのか」

 アレクが嬉しそうに綻んだ。
 大きくなってきたとは言え、こういうところを見るとまだまだ子供だなと微笑ましくなる。

 話している間にもう一つも魔力を抜き終わり、空となった魔石をアレクに返した。

「これは後で入れておく」
「可能なら属性を決めてから込めるようにやってみろ」

 俺が方針を提示する。
 何気なく込めることは簡単なのだが、本人の癖のようなものが出てしまい、属性が偏るのはよくあることだ。実際に今回も、アレクの魔力を含んだ石は光属性のものが多くなりがちだった。

「苦手なんだよ」

 憮然とした態度でアレクはぼやく。

「どう苦手なんだ? 今、属性を確認してから、合わせた魔力を込めることができていたろ。それを最初からやるんだよ」
「合わせるのは、魔石の魔力を起点にできるんだよ。何もないところにやるのは難しいんだ」
「なるほどな」

 体内で魔力を練る段階で属性を固定するには、魔法を使うのが手っ取り早い。詠唱や魔法陣がそのように導いてくれるからだ。アレクが言っている魔石の魔力を起点とすることも、原理は同じ。
 導きがあればできるのであれば……。

「アレク、水魔法はどこまでできるようになった?」
「……水の玉を作って床にぶちまけるくらい」
「水の生成はできてるのか。すごいじゃないか」
「そうなのか?」
「そうだとも」

 俺が心から褒めると、アレクは驚いたものの俺の言葉を素直に受け取ってくれたようだ。少しはにかんでいる。

 水魔法に何を求めているのかは使う魔法次第だが、いちばん大事なのは水を作ること、喚び出すこと、そういう基本的なことだ。低レベルの攻撃魔法のウォーターボールだって、中レベルの回復魔法のヒールウォーターだって、どちらも水の生成が要だ。回復ポーションだって錬金術師の作成したものもあるが、水魔法使いが作り出したヒールウォーターを入れたものもある。
 どのように魔法を使うにしたって、水が作れることが前提なのだから。

「アレクは火の魔法が得意だから、水の魔法に苦手意識を持ってしまっている嫌いがあるな」

 水属性の魔力を練ることが苦手なら、魔力を練って水属性にする方法を取らなければいい。
 練る前の段階から水属性のものを使用すればいいだろう。
 自分の魔力という海原から魔力を引き上げれば、それは必然的に水属性を含んでいる。的確な場所から、適切な魔力を導いてくればいいのだ。大嵐から引き出した小さな風は風属性になるし、極光から取り出したなら光属性になる。元々そこにある属性の魔力を、ただ取り出せばいい。

 そうアレクに語る。
 また奇妙な顔で俺を見るアレク。

「なんだ、その顔」
「お前が何を言っているのか、理解が追いついていない」
「難しい話はしていないぞ」

 俺はそう答えたが、アレクは呆れたように溜息をついた。
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