魔王が強くてニューゲームを始めるらしいので、次代の勇者を育成することになった。

青木十

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『勇者ヴァルの物語』では語られない物語

辺境の冬 第五話

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 それから、汗を流し寝巻に着替え、俺たちは早々に寝室へ戻った。
 さも当然そうに俺の後をついてくるアレク。

「え、一緒に寝るのか?」
「駄目だった?」
「いや、駄目じゃないけど……」
「今日まではヴァルを甘やかしていいという話だから」

 そういや、言ったな、俺が。
 暖炉の火をいじりながら、そう言えばそうかぁなんて考えていると、アレクがシーツや毛布を整えてくれていた。本当に甲斐甲斐しい。
 綺麗に整えられたベッドを満足そうに眺めている。可愛らしいものだ。

 俺がベッドの縁に座ると、羽織っていた上着を脱がしてくれた。ありがとうと言うと、どういたしましてと返ってくる。
 奇妙な気もするし、悪くない気もする。
 ベッドに寝転がると、アレクが俺に毛布をかけてくれて、俺の横へと自身も入ってきた。
 手を伸ばして、ランタンの覆いを深くする。

 薄暗がりになった部屋の僅かな光を拾って、互いに互いを確認できる。
 酔いでぼんやりしている俺は、アレクの瞳を眺めていた。
 柔らかく綻んで少し細められた瞳は、じっと俺を見つめている。
 なんか俺が写っていた。

 そんなに近い距離にいたのかと気が付いて、気恥ずかしさに視線を逸らした。
 俺たちの生活って、こんなに近かったっけ。
 そう言えば、こんなに人と近づいた生活って、どれくらいぶりなんだろう。
 近くにあるアレクの気配に、うっすらと緊張感が湧いてくる。

「ヴァル、また光魔法を使って見せて」

 はっとした俺は、ああと返事して手に魔力を集めるようにして、光魔法を使用した。無詠唱で呼び出された光の輝きたちは、ふわふわと昇っていく。
 アレクはわぁと感嘆を漏らした。
 昇っていく様に合わせて、複数個追加した。
 指をすっすと動かして散らばらせ、部屋の中を漂わせる。

 あっという間に俺の部屋はキラキラと光が瞬き、まるで神聖な場所のようになった。

 遥か昔、晦冥に昇った太陽はこうだったのかもしれない。
 闇夜を照らす月と星々が生まれた瞬間はこの時のようだったのかもしれない。

 あっと気が付いたような素振りを見せたアレクは、身を乗り出して脇の椅子に掛けてあった自身の上着からあるものを取り出した。
 俺からの聖涙祭の贈り物として、アレクに渡したものだ。
 アレクはそれを光に透かして、青い美しい色を覗き込んだ。

 ドラゴン族の中で女神サフィーアから神託を授かる個体、竜の神子の鱗だ。
 女神と同じく空の青と海の青が共存しており、光に合わせて色が変化していく。

「ヴァル、この鱗、ありがとう」
「気に入ってくれたのなら嬉しいよ」

 この鱗は、我が盟友である若きドラゴンから授かったものだ。
 一枚は、アレクに直接手渡そうと思っていた。
 これがその一枚。
 他の使い道も色々と考えている。よく使って、アレクの助けになるようなものにしたい。そんな風に考えていた。

「僕も早くヴァルみたいにインベントリが使えるようになりたい。そこへ大切にしまうね」

 穏やかに微笑むアレクに、青い光が差し込んでいる。
 俺の瞳に写るその様相は、いつもの可愛らしいアレクでも、お利口なアレクでも無かった。
 泰然とした笑みで、なんというか、未来の勇者の自信とか貫禄とか、そういうものを垣間見たような気がしたのだ。

 眺めることに満足したのか鱗を大事そうに両手で支え、アレクはテーブルの上へとそっと置く。思っていた以上に大切に思ってくれているみたいだ。
 アレクにとってそう思えるものを贈れたのなら、とてもよいことだ。
 俺が満足げに彼の行動を見守っていると、アレクはそっと覗き込んできて俺の少し長めの前髪をさらりとかき分けた。

「ねえ、ヴァル、僕のも見てほしい」

 そう言って、先日教えたばかりの魔法の詠唱を口ずさんだ。
 小さく、でもしっかりと、そして正しく。
 正しく紡がれたそれは細いながら魔力の流れを作り出し、小さいけれど確かに光になった。

「もう出せるようになったのか」

 思わず感嘆の声が出た。
 うん、と誇らしそうに言うアレク。
 本当に教えて数日だぞ。しかも教えたのが、本職じゃない俺。これは将来が楽しみだと、親馬鹿な俺はそう思った。

 初めて形作られたアレクの光は、キラキラと輝く小さな星のようで。
 アレクと俺を柔らかく照らしてくれた。

「すごいじゃないか。アレクは光魔法が得意なのかもしれないな」

 俺の称賛に嬉しそうなアレクは、そうだったら嬉しいなと微笑んだ。
 アレクの作った星と俺の作った星が、俺たちの上で瞬いている。
 神の息吹から生まれた暗天の輝きも、こんな風に優しく煌めいていたのだろうか。

 二人で寝転がってそれらを眺めた。
 俺たちは心地よい無言でそれらを見続けていた。
 穏やかな時間が刻々と過ぎていく。

「人といるのに、こんなにのんびりできたのは久方ぶりだ」

 部屋の中をふわりふわりと漂う光を眺めながら、俺は独り言のようにつぶやいた。

「勇者の役目が終わった俺には、何もないと思っていたよ。まだこんな人らしい生活ができるものなんだな」

 そう言って俺は小さな光に手を伸ばす。
 アレクが初めて作った小さな光球。
 俺の手に包まれながらも、この光は俺を照らしてくれる。
 この光は俺にとってのアレクそのものなんだろうな。

「……ヴァル」

 光に夢中になっていた俺に、アレクが声をかける。
 どうしたとそちらに顔を向けると、悠然と笑みを浮かべたアレクがもう一度俺の名を呼んだ。

「ねえ、ヴァル」

 俺を見つめる青い瞳は、元々含まれる紫と、暖炉の火の暖かな橙と、光の黄みがかった輝きと、いろんなものを湛えている。
 銀色の髪も同じく色々な色を反射して輝いていて。
 なんというか、小さな王子様が目の前にいるようだった。

 アレクはゆったりと俺の頬へと手を添える。
 小さく細い手が少しひんやりしていて、酔って火照った頬に気持ちがいい。
 あれ、俺、もしかして相当酔っていたんだっけ。

 俺がアレクの佇まいにぽかんとしていると、銀髪の王子様然としたアレクはそっと身を寄せてくる。

「僕と一緒にいてくれてありがとう。大好きだよヴァル」

 愛おしそうにそう言葉を紡いで俺の額に唇を落とした小さな王子は、俺の首元まで毛布を掛けて俺を抱え込み、それから俺の頭を撫でて寝かしつけてくれたのである。
 俺は何が起きたのかいまいち分からないまま、とりあえず目を閉じることにした。

 そうして俺とアレクの初めての聖涙祭は、微睡みの中へ溶けていったのだった。


 ◇


「おい、ヴァル。何ぼーっとしてるんだよ」

 アレクの声で我に返った。
 アレクの焼いていたオムレツがいい匂いを漂わせている。

「さっさと着替えて顔洗ってこい。それとも飯食わねぇのか?」

 少しすがめられた紫青の瞳が、寝転がった俺を見下ろしている。

「食べるよ。折角アレクが作ってくれてるんだ、ちゃんと食べるよ」
「本当か? ならいい加減起きろよな」
「わかったよ」

 俺が答えたのを見届けると、アレクは台所へと戻っていった。
 俺は、あの頃とは違う、大きくなったその背中を見送る。

 なんか色々懐かしい夢を見た気がする。
 どうもアレクがとても凛々しかったような。

 あれは、たしかアレクが小さい頃の思い出だ。
 いつの頃からか一緒に寝ることはなくなって、なんか邪険にされ始めて、もうすっかり大きくなったんだなと思った。
 俺が面倒を見なくちゃならないことも、だいぶ減ってきてしまった。
 それに今年はあの約束を果たす時だし、一緒にいる時間も減っていくんだろうな。
 たぶん何もかもあっという間だ。

 そう考えると少し寂しく思えてきて、毛布にくるまったまま天井を眺めていた。

「だから、起きろって!」

 台所からアレクの声が聞こえてくる。
 口は悪いしすぐ怒るが、甲斐甲斐しいのは昔と変わらないのかもしれないな。

「ごめん、起きるよ」

 そう伝えながら小さく笑って、俺はベッドから起き上がった。
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