魔王が強くてニューゲームを始めるらしいので、次代の勇者を育成することになった。

青木十

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『勇者ヴァルの物語』では語られない物語

辺境の冬 第四話

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「はい、ヴァル、あーんして」

 アレクの乞うままにかぱっと口を開ける。
 切り分けられていた二人で焼いた山鳥の丸焼きが、俺の口へと入っていく。


 今日は聖涙祭といって、皆で女神に感謝し平和とか平穏とかをお祝いする日だ。

 遥か昔、天地の晦冥に囚われていた我らのために女神が涙を流した日とされており、そこから青い海ができ、青い空ができた。その涙が零れ落ちた日を女神の降臨した日と人々は考えている。
 その後の七日間を降臨節と呼んで、女神が新たな世界が作られるのを見守ってくれていた期間なんだと。
 そうして永かった暗天の日々から明けるように青い海から黄金色の日が昇り、黎明節という夜明けを迎え入れる日々を送るのだ。
 そうして我々は今のような時を生きている。

 ――とされている。


 じゃあなんで夜はあるんだよ、とガキだった頃の俺は、それを教えてくれた我が魔法の師ユーディットに尋ねた。
 ユーディット師は、長く綺麗な指を一本ぴんと伸ばして俺の目の前に見せながら、白金色の目を楽しそうに細めて続けた。

「与えられる喜びをただただ享受しているだけでは、人の子は強くなれはしない。だから男神カルブンクルスが再び闇夜が訪れるようにしたのだよ」

 男神カルブンクルスとは、女神サフィーアと対になるとされる神の一柱だ。
 今では、魔族たちに崇められている魔神だと伝えられている。男神カルブンクルスと呼ばれるよりも、魔神カルブンクルスと呼ばれることの方が多い。

 もちろんカルブンクルスも、人の子をただ暗闇に置くだけではなかった。
 夜を迎えるための夕刻を穏やかな色で照らし、火を与え夜を越えられるように導いた。闇空に煌めく星々と静かに浮かぶ月は、彼の暖かな息吹が光をまとって形作られたものだ。
 彼もまた人の子を見守っている。
 だから、夜が来ても人の子たちは怖くなくなったのだよ。

 繊細な白髪と白磁の如き滑らかな肌、そして全てを見通すがごとく澄んだ白金の瞳を持つこの美しい人は、まるで見てきたかのように語るのだった。

 俺はユーディット師が寝物語に語ってくれるこの創世の物語が好きだった。


 そんなことを思い出しながら、アレクから餌付けされる鳥の肉をもぐもぐしている俺。

 なんだこれ。

 熱が下がり体調も落ち着いたアレクは、すっかり元気になった。
 それ以降、アレクの距離が近い。
 とても近い。
 今だって、いつもなら食事は向かいの席に座っていたのに、隣の椅子に座っている。
 そして、なぜかよくあーんをさせられるのだ。

 俺はシュヴァルツじゃないんだけどな。
 確かに髪は黒いけど、目は金だろ。赤くはないの。

「アレクくんよ」
「なんですか、ヴァル」
「こういうのは子供相手にするのであって、俺は子供じゃないぞ」

 アレクは言葉に詰まって、でもしてあげたいから……と呟いた。少し俯いた瞳の上に、長い睫毛が影を落とす。

「あのな、こういうのは親が子にするもんだし、あとは浮かれた恋人同士くらいなもんだ」

 うっと声を溢して顔を上げるアレクは、なんと表現していいか分からない顔をしていた。どういう感情の顔なんだ。

「あのな、俺の事いくつだと思ってるんだ」

 そう言って、俺もお返しとばかりに、フォークに肉を刺してアレクの口へと運んでやる。ぱくりとしたアレクは口に手を添え、もぐもぐしきったところで口を開いた。

「ヴァル、いくつなんです?」
「二十七だぞ」
「僕と十九も違う」

 すぐに計算できて偉い。

 そう心で思いつつも、本題を続ける。

「俺の面倒は見なくても大丈夫だぞ。だから、お前は自分の食事をゆっくりしっかり食べること。俺はそっちの方が嬉しい」

 そう言っているそばから運ばれてくる肉を頬張った。

 アレクがなぜ甲斐甲斐しいのかは、俺も理解している。
 熱を出した時、俺が随分と甲斐甲斐しかったからだ。
 あれからあの事を口に出して、ありがとうと伝えてくる。
 随分と恩義を感じてくれているらしくて、それのお返しがこれというわけだ。
 これ以外にも、髪を梳ったり、頭や背中を撫でてくれたりする。
 つまりまあ、俺がやったことを返してくれているのだ。

 確かにアレクが俺にできることは限られているだろう。
 だから、あまり強く言えないんだよなぁ……。

 それに、別に嫌なわけでもないし。

 そう。

 嫌なわけじゃないんだよな。


 でも、俺の世話をさせるためにアレクを引き取ることにしたわけじゃない。
 アレクの世話は俺がするし、アレクは勇者になるために頑張らないとなのだ。
 俺の世話は頑張らなくていいのだ。

「世話がしたいなら、俺じゃなくてシュヴァルツにしてやってくれ」

 そう言ってシュヴァルツの方を見ると、体を少しびくっとさせた後ついっと顔を横へ反らした。お前、完全に他人事だと思っていただろ。
 我が家ではお前もお世話の対象にされるんだぞ、逃げられると思うな。
 シュヴァルツはにんまりする俺を蘇芳色の瞳で面倒くさそうに見つめた後、興味の無さそうな雰囲気で再び肉を啄み始めた。

「シュヴァルツにもします。でも僕はヴァルにもしてあげたいから」
「じゃあ、こうしよう」

 俺はアレクをひょいっと抱き上げて、膝に乗せる。

「俺を甘やかすのは今日までな。聖涙祭の贈り物だと思うよ」

 そう言って、頭に鼻をすりすりしてやった。
 アレクは少し驚いて俺を見た後、少し背筋を伸ばして俺の顎に自身の鼻をすりすりとこすり付けた。
 なんか親の真似をする雛みたいだな。
 そう思うとちょっと可笑しくてふふっと笑ってしまう。
 不思議そうに見上げるアレクの後頭部をゆるりと撫でてやると、俺は残りの肉に手を伸ばした。

「冷める前に食べてしまおうか」

 アレクの皿を傍まで寄せてやる。
 うんとうなずいて、アレクはスプーンを手に取った。

 温かなシチューにはたくさんの野菜が柔らかく煮込まれていて、芋に玉ねぎに豆に青菜に、ニンジンも入っている。白身魚のパイは、しっかりと焼いて生地はパリパリ、魚はふんわりと仕上げた。キャベツと腸詰も煮てトマトのソースをかけてある。
 アレクがいろんなものをいっぱい食べて大きくなれるように。
 俺も聖涙祭のお祝いに豪勢な食事にしたいと思って、知恵を授かってきたのだ。
 ノルデンブルク家の秘伝レシピは、我が家の食卓に彩を添えてくれた。

 こんな豪勢な食事を作ったのは初めてだし、今後は……ちょくちょくあるかもしれない。
 今日はアレクに手伝ってもらう程度だったが、次は一緒に作れるのかもしれない。
 美味しそうに食事を頬張るアレクを見て、次の聖涙祭を楽しみに思えた。

「ヴァル、このシチュー美味しい」
「本当か。口にあってよかったよ。いつもよりちょっと濃く作ってあるんだ」
「そうなんだ、ありがとう、ヴァル」

 にっこりと綻ばせた後、アレクはシチューを掬って口に運んだ。
 俺もフォークを持って腸詰に手を伸ばす。
 今日は珍しく酒も飲んだ。
 ほろ酔いで気分のいい俺の話を、アレクは頷きながら楽しそうに聞いてくれる。
 アレクも、勇者教育や過去の話、そういうのと全く関係ない日々の話をしてくれる。
 そうやって二人で何気ない話をしながら、晩餐は進んだ。

 アレクは上品に食事を取るので、俺も安心して食べることができる。
 これが騎士団の見習い従騎士たちや孤児院の子供たちだったら、目も当てられなかっただろう。
 お利口なのは少し寂しく思わなくもないが、アレクのお陰で俺も楽させてもらっているのだと思うな。
 そうやって楽しい食事の時間は終わった。

 食べ終わり空いた皿を流し台へと持っていく。
 今日は……、洗わない。明日洗う。魔法を使って明日洗う、全部洗う。

 そう手を抜く宣言を心の中でした俺は、テーブルへと戻った。

 テーブルでは、俺の作ったミルクシャーベットをアレクが取り分けている。
 これは牛乳と砂糖を混ぜて凍らせた程度のものだ。これなら難しくなく俺一人でもできるし、材料もすぐ手に入る。氷魔法があればすぐに冷えて混ぜれば完成だ。
 本当は特別にケーキでもと思う所なのだが、俺にはケーキが作れなかったので。有り合わせで悪いんだが、こういう形になった。その上、ケーキよりだいぶ格が劣るんだけれども……。

 それでもアレクと一緒に特別な何かを食べたかったんだ。

「暖炉の前で一緒に食べようか」
「うん」

 元気な返事と共に俺の腕を取る。
 そう言えば、随分と明るく答えてくれるようになったな。
 アレクが我が家に来た頃と比べ、距離が近くなったんだなぁと嬉しさが込み上げる。

 冷え込んできた夜の暖炉は火が強めに保たれ、パチパチと火の粉を散らしている。
 その暖かい場所で冷たいものを食べるという小さな贅沢を求めて、ソファへと腰を下ろした。
 そうして、さも当然とばかりにアレクは俺に寄り添うように隣へと座る。
 一瞬、あれ? と思ったのだけれど、酒で気分が良かった俺は特に言及しなかった。

 俺の隣に座ったアレクは、手ずから俺に食べさせ、終始ご機嫌だ。
 おいしいね、ヴァルもおいしい? とにこにこと聞いてくる。
 なんかアレクの方が親なのでは、俺は大きな雛鳥かなと思いながら、甘いシャーベットを口内で溶かした。
 でも今日の晩餐を楽しんでくれたようだから、俺としてはとても満足だ。
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