魔王が強くてニューゲームを始めるらしいので、次代の勇者を育成することになった。

青木十

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『勇者ヴァルの物語』では語られない物語

賢者の夢

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 僕はヴァルの背中に負われて揺れていた。
 ヴァルのいい匂いがする。
 いつの間にか眠っていたようで、背負って連れ帰ってくれているようだ。ラインハルトの部屋で、久々に三人で飲んで楽しかったものだから、僕は飲みすぎてしまったのだろう。
 ぼんやりする僕に、ヴァルの背中の揺れが心地よかった。

 ヴァルは、僕に優しい。
 誰にでも、優しい。

 僕は人と違っていて、森の民たるエルフとも違っていたけれど、ヴァルは何も気にせず接してくれた。
 僕の周りは皆他人には興味のないところがあり、僕はそれが不満で、でもそう訴えることもできず生きていた。エルフの皆にも受け入れてもらったけれど、皆遠慮がちだ。
 だから、ヴァルの距離感は初めてで、とても嬉しく心地よかった。

「ヴァル……」
「んー?」
「僕、やっぱりヴァルが好きだよ」
「そうか、ありがとうな。俺もラオーシュが好きだぞ」

 知ってる。
 幾度となく繰り返したこのやり取り。
 僕の好きとキミの好きが違うことも、十二分に知っている。
 ヴァルもそれを理解した上で、好きだと言ってくる。
 酷なようで嘘のない優しい言葉。

「何で僕は抱いてくれないの。他の人は抱いてあげる癖に」

 小さくポカポカと背中を叩く。
 ヴァルが言い寄られたら断らないで浮き名を流していたことくらい、僕だって聞き及んでいる。勇者と良い仲になりたい奴なんて掃いて捨てるほどいるんだ。

「あ、こら、危ないって」

 ヴァルが優しい声で僕を嗜める。

「俺はお前との関係には頓着したいんだよ。そうなっちまったら、変わらざるを得ないだろ」

 言いたいことは分かるよ。
 それに、ヴァルは変わることを怖いと思ってる。
 何も変わらないなんてないんだけど、ヴァルはそれがとても怖いんだ。

「なら、秘薬を飲んで抱いてもらって、キミの前から姿を消すよ。それならいい?」
「お前、このやり取り何度目だよ」

 呆れていても優しい声。
 胸がぎゅうっとした。

「それでその秘薬でできた子を一人で育てるのか? それがどれだけ大変か俺にだって分かるし、今絶賛体験中だ」
「じゃあ、僕のことお嫁さんにしてよ」

 全身で不満を訴えジタバタと暴れる。
 ヴァルは僕を支えながら軽く笑った後、僕に尋ねた。

「お前なぁ、酔いすぎだ。……お前は俺に、そういう仲になったお前を置いて死なせたいのか?」

 ヴァルが僕を受け入れてくれない理由はこれだ。
 僕とヴァルは種族が違い寿命が違う。
 情に厚いヴァルは、自分が死んだ後、ヴァルのいない長い時を僕に過ごさせるのが嫌だと言ってくれる。あと、時が経って他の人に心が動かされるのも嫌だと言ってくれる。

「だからヴァルがいいのに」

 そう言う僕の気持ちは、決して受け入れてもらえない。
 いつも「同じ時を過ごせる人を探せ」と言ってくれる。

「あぁ、僕はなんでハイエルフになんか生まれてきたんだ。僕はヴァルたちと一緒に年を取り死にたいよ」
「仕方ないだろ、どうしたってそうなんだから」

 ほとほと呆れたという雰囲気で、ヴァルは笑っている。
 僕のどうしようもない嘆きも優しく流してくれるのだ。

「女神だって種族を変えることはできないと言ってたし、俺の寿命を延ばすのも無理だって言ったんだろ?」

 そう。
 僕はハイエルフで、ヴァルは人。
 寿命の長さは比にもならない。
 同じ時を生きるなんて到底無理な話なんだ。

 魔王討伐の報酬で女神から奇跡を授かれるというから「人間になりたい。もしくはヴァルの寿命を延ばして」と、僕は頼んだんだ。
 そうしたら「それはどちらもできぬ願いよ」と断られたんだ。

 その時のことを思い出して、溜息が溢れた。

「奇跡に制限があるなんて、世知辛すぎる」
「それな。俺も笑った」

 だが、あのちょっと使えないところが女神らしいっちゃらしいと、ヴァルは不敬なことを口にしながらくくっと喉で笑った。

 女神すら僕達の差を埋めてくれなかった。
 それで僕のこの気持ちが叶う可能性も皆無になった。
 それから数回瞬きをする間に十年が経ち、ヴァルは僕よりも年上に見えるようになった。
 僕の外見は、人で言うと二十そこそこ。ヴァルはもう三十手前だ。
 もう数回瞬きをする時はおじさんに、もう数回したらおじいちゃんだろう。

「僕とヴァルの間には思い出以外残らないの?」

 ヴァルの背中が滲んでくる。
 声がちょっと震えた気がした。

「泣くなよ」

 ヴァルの声が優しく響く。
 優しくあやすように、体を揺すってくれた。
 目の前のきれいな濡羽色の襟足に顔を埋める。
 ヴァルのいい匂いがする。

「くすぐったい」

 ふふっと綻ぶヴァルの声。
 暖かさに僕の涙も薄れていく。

「だったら早くお嫁さんを見つけてよ。そんでもって僕が子に名前をつけてあげる。それからその子にも、更にその子にも、僕が名付ける。僕がずっと見守ってあげるよ」

 それが今の僕の願いの一つだ。

「ははは、重いなぁ」
「それか、お嫁さんが良いって言ったら、第二夫人ってのにしてよ。人は複数のお嫁さんを貰っていいんでしょ?」

 これがもう一つの願い。

「俺にそんな甲斐性があるかよ」

 ヴァルの表情は見えないけれど、声はとても優しかった。
 思わずぎゅうっと抱きしめる。

「ヴァルがお嫁さんを貰わないんなら、僕が秘薬を使うことにする」

 僕は小さな声だけれどしっかりと宣言した。

「お前、お前なぁ……」

 ヴァルが少し振り返った。
 金の瞳が僕を見つめている。暗くなってしまった街角の少ない光を集めて、煌めいていた。
 この闇夜を照らす太陽のような色が僕は好きだ。

 ヴァルの表情はほとほと呆れているが、それでも怒ってはいないようだった。

「ハイエルフが他人に興味を持つのは珍しくて貴重なんだよ? それが希薄すぎて絶滅しそうになって、同性同士でも何とかなるようにって秘薬ができたくらいなんだし」

 そう、僕たちハイエルフは、他種族だけでなく同種族内でも互いへの興味すら薄く、種をつなぐことをせず森の奥で自由に生きていたら、気がついたら緩やかに数が減り始めていたそうだ。
 そして、ハイエルフの巫子へ女神から啓示という名の警告が届いたのだ。
『そのままでは絶滅してしまうから、なんとかなさい』って。
 なんとかなさいって、すごく雑だよね。それを聞いた時は笑っちゃったし、今思うと女神サフィーアらしいと思う。
 とにかく、それを受けた僕たちハイエルフは少しずつ周りに興味を持つ努力をし、せっかく持てた興味を種に繋げられるよう、性別種族関係なく子ができるようにと体へ作用する秘薬が作られた。作られた理由は情けないけれど、種の存続で苦心しているいろんな種族から請われるくらい叡智の詰まったものなんだ。


 僕はそれができる前の最後の世代だけれど、何故か僕は他人が好きなハイエルフに育っていた。
 違うか、両親の影響かな、でそうなっていた。僕の両親は、僕でも呆れちゃうくらい好奇心が旺盛で他人が大好きな人たちだったから。

 それで、改善されたとはいえ関係が希薄なハイエルフの里に物足りなさを感じた僕は、里の外、森の浅いところへ赴いてエルフたちと交流を持った。
 でもエルフの上位種――という説明は的確じゃないんだけど、である僕は彼らからしたらちょっと気を遣う相手で、なかなか対等には扱ってくれなかった。

 それならと、エルフだとだけ言うことにして人里まで下りたハイエルフ、それが僕だ。

 人里は楽しくて、良いことも悪いこともあったけれど、皆僕をそれなりに対等に扱ってくれた。
 冒険者をしたこともある。
 貴族の専属魔法使いもしたことがある。
 妙だがすごいお師匠さまにも出会った。
 そうやってできたたくさんの縁で、僕は宮廷魔術師になった。

 そこでヴァルと出会ったんだ。

 それまで、他人は好きだけど個人には興味を持つことはなかった僕。
 そういう意味では僕もハイエルフだったんだなと思いながら過ごしていたのだけれど、ヴァルとの出会いでそれは全て覆った。

 ヴァルからは、他の人から感じる種族の垣根が全くなかった。
 それどころか、僕をただの僕として見てくれたんだ。
 もちろん、容赦もなかったけどね。
 でも、本当の対等ってこういうことなんだって分かったんだ。
 ラインハルトもそうだったんだけど、ヴァルとの出会いの方が先だったからとても特別なんだ。

 彼個人がとても眩しくて、興味が尽きなくて。
 そのヴァルへの気持ちが他の人への気持ちと全く別物だって理解したのは、魔王誕生が目前に迫った頃だった。

 そして、ヴァルから僕へ向けられる気持ちとも違うって分かったんだ。


「僕はこの気持ちを大事にしたいんだよ。長く生きてきて初めての気持ちなんだ」
「まったく、大げさだなぁ」

 苦笑を浮かべるヴァルの頬へ、ちゅっと音を立てて唇を寄せた。

「僕が好きなのはヴァルだよ。勇者ヴァルじゃない、ヴァルだ」

 今の僕はきっと真面目な顔をしている。
 しているはずだ。
 そして気持ちが少しでも届いたらいい。

 ヴァルは少し目を瞠った後、観念したように笑った。

「今日は何だか押しが強いな。……だいぶ先の話だから、どうなるかなんて分からないぞ」
「ちゃんと大人しく待ってる。約束だよ。僕にとっては瞬き数回だ」
「お前はその言い方を好むよな」

 ヴァルが笑う揺れが心地よかった。
 そうしてうとうとしながら、家まで運んでもらったのだ。


 この酔った勢いでした約束を次の日もしっかりと覚えていて、僕はとてもとても恥ずかしかった。
 夢なら、夢なら良かったのに。
 本当に夢だったら、その、ちょっと残念に思うかもしれないけれど。

 気がつくとそればかり考えてしまうものだから、何かに没頭することにした。
 お陰ですごく仕事が捗り、部下のホラントはたいそう喜んだ。
 それじゃあ、普段の僕が働いてないみたいじゃないか。
 不服に思いそう訴えると、自分の胸に手を当てて問うてみてくださいよと呆れたように返される。
 キミはちょっとばかり僕の扱いがぞんざいなんじゃないかね。
 僕は研究もあって忙しいんだよと溢しつつ、予算を確認して宮廷魔術師長の印を押した。
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