魔王が強くてニューゲームを始めるらしいので、次代の勇者を育成することになった。

青木十

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遭逢の物語

第四話

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 道すがら、折れ枝を拾いながら歩く。辺境の森は山の斜面にあり、歩くだけでも十分鍛錬になった。
 アレクも足場に注意しながら、折れ枝を拾っていく。

 ある程度集まった枝を腰に下げていたロープでまとめ小脇に抱えたところ、アレクがいないことに気が付いた。俺が屈んでロープを触っていた間に、どこかに行ってしまったのだろう。

「アレク!」

 返事はない。
 俺は、微かに残るアレクの魔力を頼りに足取りを追った。簡単に魔力を追えるということは、まだ近くにいるということだ。

「アレク!」

 俺は再度名を呼んだ。相変わらず返事がない。

 ここは森の奥深くではないが、それでも魔物は出る。

 俺はアレクに刃物を持たせていないことを後悔した。
 アレクが持っているのは木剣のみだ。いつもなら弓矢も持たせているのだが、今日はそういう予定ではなかった。アレクとて勇者、浅い森の魔物に後れを取ることはないだろうが、木剣だけでは分が悪い。解体用の短剣を持っていてくれたらいいのだが。

 そんなことを考えながら魔力を辿っていると、太い木の根元に屈み込むアレクを発見した。

「アレク!」

 名を呼び駆け寄る俺に気が付いたアレクは、はっとして振り返った。紫がかった青い瞳が不安げに揺れている。

「どうした」

 アレクの肩越しに覗き込むと、屈んだアレクの目の前、木の根元に何か黒いものが丸まっている。
 大きさとしては、猫くらいか。

「なんだこれ」

 俺の声に合わせて、怯えたようにピィピィと声を上げるそれは――

「ナイトホークの雛か」

 ナイトホーク、こっちの方だとナハトファルケとか、黒ファルケとか呼ばれる鷹のような魔物の鳥だ。
 鷹の魔物というと、かなりの確率でこいつらを指す。

 ナイトホークが鳥類の鷹と差があるのは、魔物であるため知能が高いこと。
 そして、夜目が利く生物だということ。
 どちらも明確な差だ。

 黒い羽で覆われている身体を暗闇に溶け込ませ、夜目で見据えた獲物を空から一方的に嬲る。夜目の利かない人からすると、大変恐ろしい生態を持っているのだ。
 せめてもの救いは、まだ小型の魔物であること。そうは言っても、普通の鷹よりも大きく育ち、そこら辺の大型の鷹よりも速度も力もある。あくまでも魔物の中では、ということだ。

 木の上を見上げると、高い位置に巣が見えた。
 いくら北方で気温が低いとは言え、もう夏も盛りだ。普通の鷹ならもう巣立っている頃だろう。
 鷹の繁殖期からは少々遅いのだが、ナイトホークは厳冬期以外は繁殖期といっても過言ではないからだ。
 魔物だから根本的な生態も違うのだ。

 雛の方へ視線を戻す。
 落ちた時にやったのか、片方の翼が折れ曲がっていた。
 痛みからか空腹からか、それとも心細さからか、小さく体が震えている。

「枝を探していたら声が聞こえて」
「そうだったのか」

 そう言ってアレクの頭を軽くこつんとする。
 瞠目したアレクに、俺は続ける。

「ちゃんと声掛けするように。一人でいなくなるな」
「ごめんなさい」
「分かればよろしい」

 それから、アレクにナイトホークの危険性について話した。
 これがどういう生物なのか、魔物なのか、理解する必要がある。
 まだ小さい雛がただの鳥に見えたとしても、育てば魔物、闇夜の狩人とまで謳われた種なのだ。

「生まれて少し経ったくらいか。おそらく冬前、かかっても積雪期までには巣立ち、南へ飛び立つ算段なんだろうな」

 頭上の巣にはまだ数羽いるようだった。

「この子、巣に返せるかな」

 アレクが優しい願いを口にする。
 アレクの気持ちは尊重したいが……。

「返せはするが、元通りは無理だろうな」

 そう口にするとアレクの肩がびくっと揺れた。

「巣の中で弱者とされてしまっては、同じことが繰り返されるだけだ」

 そう。
 偶然落ちるということはある。
 今回はそうだろう。
 だが次落ちる時は偶然だろうか。

 魔物だって生きるのに精いっぱいなのだ。

 他の命に気をかけてやれるのは、本人に余力がある、恵まれた環境にいるものだけだ。

「それに、育てば小型とは言え一端の魔物だ。人に害をなすようになるだろう」

 アレクは、立ち上がって俺を見やる。
 そんな顔をしないでくれ。俺だって、そうならなければいいと願いたいよ。
 そう思いながら俺は、酷なことを口にした。

「俺たちにできることは、ここで殺してやるくらいだ」

 アレクの瞳が大きく見開かれた。
 紫青色の瞳には、不安、悲しみ、憤りといった様々な感情が渦を巻いている。

 俺は腰のベルトに装備していた鞘から短剣を取り出した。俺が普段解体などに使用しているものだ。
 アレクの手を取り、それを握らせる。

 アレクはもうすでに動物や魔物を倒すことを学び実行している。俺たちが生きていく上で、必要なことだ。生きていくために狩りをしなくてはいけないし、生き延びるために魔物を倒さなくてはならない。
 このナイトホークを手にかけることは、それらと何も変わらない。
 つらくてもやる判断をしなくてはならないし、悲しくても実行しなくてはならない。

 青ざめた顔で短剣を見つめるアレク。
 やがて短剣を握る手に力を込めた。
 そうして顔を上げ俺を一度目に映すと、アレクは雛に向かって身を屈めた。

 俺は口を真横に結びそれを見守る。
 そう、俺が何かを言ってはいけない。
 アレク自身が決めることだ。

 短い間なのかそれとも長い間だったのかは分からない。

 沈黙の後、振るえるようにアレクの声がこぼれた。

「やっぱり殺せない」

 アレクは上半身をこちらに向けて、もう一度口にした。

「ごめんなさい、僕はこの子を殺したくないです」

 俺は、アレクの横へ同じように膝をついて屈み込んだ。
 そうして――

「お前は優しいな。いい子だ」

 そう言って、ゆっくりと掻き抱く。
 驚いたアレクは息をのんだ。
 小さな背中を優しく撫でさする。

「自分でどうするか決められたな。偉いぞ」

 柔らかい銀髪越しに頭上へと唇を落とす。
 それから、頭も撫でてやった。

「お前に大事なのは、自分で決め自分で責任を取ることだ。大丈夫、どちらを選んでもお前は正しいし、偉いぞ」

 俺が体を離すと、アレクは驚いたような顔をしていた。

「じゃあ……」
「ああ、この子を助けようか」
「……! はい!」

 驚き顔から満面喜色へと変化する。
 可愛いやつめ。

 アレクに渡していた短剣を腰に仕舞う。
 それから雛を両手で掬い、俺は治癒魔法をかけてやった。アレクに翼を支えてもらって、折れていた骨も治すことができた。
 落ちてから数日だろうか、痩せていたが体力は残っているように見えた。

 周りを調べていたアレクが俺に報告する。

「虫を食べていた痕跡がありますね」
「そうなのか、根性のある奴だな」

 その生への執着は称えられるべきだな。
 俺は腰のベルトに結んでいた布を解き、その中に雛を包み込む。最初は暴れていたが、横からアレクが頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。
 そうして大人しくなったナイトホークを、アレクに抱えさせる。
 アレクは、優しく慈愛に満ちた瞳で腕の中を覗き込んでいた。

 アレクが持っていた枝を俺が纏めて拾い、俺が持っていたものと一纏めにした。ロープでの作業が終わると、それを左腕に抱える。
 こうやって常に片手を、可能なら利き手を開けておくのは大事なことだ。
 特に今はアレクの両手がふさがっているからな。

「よし、今度こそ帰ろう」
「はい!」

 アレクはまた元気な声で返事を返してくれた。


 家に戻った俺たちは、拾った雛に水や柔らかい肉を与えた。
 肉へと齧り付く姿は、雛とは思えぬ勇ましさだった。
 それを見届けた俺は、これからの事を相談するためアレクの意思を確認した。

 万が一があった時、全ての責任を取れるかどうか。

 アレクは、決意に満ちた眼差しでしっかりと首肯した。
 そうであるのならば、俺がすることはアレクの手伝いだ。

 きちんと世話をすること。
 ちゃんと躾けること。
 周り――特に村へ迷惑をかけないこと。

 あと、俺には迷惑をかけていいこと。

 守るべきことは二人で決めた。
 そして最後に、アレクは雛の名前を『シュヴァルツ』と名付けた。

 こうして、我が家に新たな家族が仲間入りすることになったのだ。
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