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第43笑『いつでもそこにあるピエロ』
しおりを挟む「……っ!」
声にならない叫びを上げた私は目を覚ます。
私は気が付けば、自分の部屋のベッドの上で涙を流していた。
今までの出来事は夢だったのだろうか?
「そんなっ! 馬鹿なっ!」
思わず叫んでいた。
あれが夢なはずが無い。
だって、いまだにあの光景を忘れようもできない。
大将とオツボネ様が私達を守って命をかけ。
お父さんが芸人を連れて元いた場所……もう二度と会えない場所に帰り。
「……また、会えるさ」
裏ピエロ君が私達を救う(元の世界に帰す)為に、自分の存在をかけて消えた……。
あの場所を忘れることなど出来るはずがない。
……いや。
「夢でさえ、あってほしくないわっ!」
私は毒づいて、頭を外気にさらして冷そうと、階段を下りてベランダへ向おうとする。
とてもじゃないが、眠れそうにはないから。
ベランダに出る。
すると、満月を見上げながら日本酒片手に一人飲み会をするお母さんの姿。
「よっ、あんたも来なよ。……たまには一緒に飲もう」
私をお父さんと勘違いしているのかもしれない。
でも今の私にはどうでもよく、お母さんに付き合うことにした。
そして、私はあの空間の出来事。
お父さんと裏ピエロ君が命を賭して私達を助けたことを語った。
お母さんは黙って聞いていた。
多分、酔っているせいもあってか私の夢の中の話かと思っているのだろう。
でもお母さんの瞳は穏やかだった。
もう、全てを悟って、見透かされているかのようにさえ感じた。
そしてお母さんはお父さんとの昔話を語り出した。
「私はあの人が売れない芸人だった頃からの追っかけだったのよ。
ホント、ネタは全くウケたとこを見たことが無かったわ。
あの時だって、どっと笑いが起こったことも無く。
クスリといった失笑さえ辺りを包むことは無かったわ。
だって、観客は数人しかいなかったんだもの。
しかもヒーローショーの前に場を盛り上げる為のネタだったんだから。
私達二人に何の興味も無い幼稚園児とその親達、子どもからは「つまんない」と言われ、親からは冷たい視線をもろにもらって肝が冷えたわ。
しかも、そんな時にあのヒト、どんな感じだったと思う?
笑ってたわ。ただただ不敵にね。
ほんと、笑いに貪欲と言うか、……諦めを知らない人だったわ。
常に笑いを取りにいく姿勢があった。
あの人はいついかなる時も『常に自分は芸人である』という自覚はあったわね」
「デート中に道端で泣いてる子がいたら、わざわざ出向いてその子に対しておどけて見せたりね。でもすごいスルーされてたけどね。おそろしく冷たい目で見られたわ。相当つまらなかったのね」
お父さんの昔話をしているお母さんは時折泣き笑いしつつも、楽しそうに語っていた。
そう、本当に楽しそうに。
「ほおんとうに、いつでも、どんな場所でも、どんな状況でも、あの人は『ピエロ』を通したのよ」
「台風の中で山荘に閉じ込められた時にも、あの人は居合わせた宿泊客……主に子どもね……の前で勇気付ける為でしょうね、散々売れないネタを続けていたわ。相手にどれだけ受けなくても、ただひたすらにね。本当のピエロはあの人だと思うわ」
そう、いつでも、どこにでもいるピエロ。
本来ピエロは常に誰の心の中にもあって、やさしさで目覚める機会を待っているんだ。
そしてお父さんはその目覚めたピエロと当たり前のように付き合っていただけなんだろうなあ。
思わず裏ピエロ君のことを思い出す。
裏ピエロ君は素っ気無くて、皮肉屋で、でも根は優しくて、困っている人を放って置けなくて、だから私を助けてくれて、……そんな裏ピエロ君を私は好きになって、でも好きになった瞬間には彼は遠いところへ行ってしまって、ソレが寂しくて……だから。
「ふーん」
「……っなにっ! お母さん」
いつの間にか想いにふけっていたのだろう……。
黙り込んだ私を見つめていたお母さんが私の驚いた反応を見るなり。
「いい顔してるじゃない。なんか急に女になった気がするわ」
さらににんまりした顔で言ったのだった。
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