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第35笑『裏ピエロ君再び』
しおりを挟む「よう、またオレを呼んだな!! ハニー!」
「ハニー! じゃねえしっ!」
聞きなれた声、なつかしい声に盛大にツッコんだ私はある違和感に気付いた。
……芸人の姿が無い。
「俺は『死んで』ねえぞお!」
そして聞きなれた声が場に響き渡る。
アイツは死んでなどいなかった。
だが、聞こえるのは声だけだ。
「まあ、俺に元々肉体は無えからなあ」
「じゃああんたは『何者』なの?」
私は芸人に問い詰めた。
「じゃあ教えてあげよう」
「でもその前に俺の理想を聞いてくれるかなあ?」
人をバカにしたような心底愉快そうな声が響く。
独白が始まった。
完全に私の質問無視じゃん。
「いじられ役の、いじられ役による、いじられ役達の王国、それが『サーカス』だ!」
リンカーンの言った有名な台詞っぽくまとめて芸人は口火を切る。
「俺はサーカス構想をして、いじられ役達に『アイデンティティ(自我)』を与え、さらにクラス内を団結させて、『一緒に笑いを創る』雰囲気を作っていたんだ」
「この方法は各々の持つ『笑いの力』を際立たせ、かつ、己から笑いを創るよう意識を持っていかせることによって、各々を笑いの場から『独立』させる方法なんだ」
「分かりやすく言うとね、いま、この笑いの場に充満し我々に干渉してくる笑気(マイナス的なもの)を自ら発する笑気(プラス的なもの)ではじき返す。自ら創った笑いを鎧の如く纏とって場の悪しき笑気から身を守り、この笑いの場から独立した存在になる。そしてゆくゆくはこの場(ピエロマスターの支配)から抜け出すんだっ」
芸人の話はひどい理想論に見えた。
吐き気を催すような綺麗事のみでまとまられた理想だけの論理に。
そして付け足すように。
「ああ、そうそう。まあそんな理由で、さっき盛った毒も無効だからね。じきに『治癒』が始まるから」
「アーーハッハッハアー」
そう言った刹那、痛みを訴えていた面々が突然腹を転がして笑い転げ始めた。
よく観るとおなかの辺りがうっすらと光っている。
「激しい笑いによって超活性化した身体が毒を浄化しているのさ」
芸人は丁寧な解説を付けたが、私はそれどころじゃなかった。
「でも、こんなんじゃ……」
私は言葉を区切り、続ける。
「こんなことしてみんなの体力が持つわけ無いでしょ!」
本当にそう思うくらいサーカスを進めていく中でのクラスのみんなの消耗は激しかった。
目に余るスピードで衰弱していったからだ。
「そして何より、『なんか、演技、ドラマ、作り物っぽい』という違和感がどうしてもぬぐえなかった。それだけ無理矢理で先の見えない策だったんでしょ」
「団結した集団の作り物めいた、明らかに無理している雰囲気から分かったわ! コレは一時しのぎであり、そんなに長く保つわけがない! あなたには別の目的があるとね!」
名探偵よろしくびしっと指を指して問い詰めると。
指摘された芸人の顔が明らかに歪んだ。
「あーあ、ばれちゃったかあ」
自分の陰謀を暴かれたのに愉快そうに言葉を吐いた。
「実は俺はとうの昔に、笑いの場に飲み込まれて、肉体を失っていたんだよ」
「そして俺の精神を、存在を受け入れそうな肉体を欲して笑いの場をさ迷っているんだ」
「だからまあ、笑いの場は『異界』さ! この世のものではない別の空間、だから心だけの俺が実体を持つ」
「だから裏ピエロ君、つまりピエロ君の裏の心がこうして隣に存在しているのね」
私は確信を得たように隣の裏ピエロ君を見た。
当の本人は「そのとーりっ」といってケタケタと無邪気に笑っている。
「といってもこの『異界』はしょっちゅうお前らの世界と繋がるんだぜ! そんだけ笑いの場は不安定で恐ろしい存在なのさ!」
「そして俺は巻き込まれた人間達の集団に取り入り、サーカスを結成する。そしてそこで一番サーカスに適合した者、つまりは場のリーダー、ここで言うなら大将だな! の肉体を乗っ取るというわけ」
「っつ!!」
気付けば大将はいない。
そして真っ黒な地面から大将が生えるように出現した。
だがその声は芸人のものだった。
「はーっはっはーああーー! 久方ぶりの肉体だ! たぎるっ! 力がみなぎるぞおおーーー!」
歓喜の叫びを上げたかと思うと、すぐさま私達に向き直り告げた。
「どうしてここまで話したと思う?」
童話に出てくる狼のように残酷に言い放った。
「それはね……ピエロマスターがいなくなった今、もう君達を全力で潰せるからさ!」
「君も見ただろう? あの弱っていったピエロマスターを。……ピエロマスターはもういない」
戦いが始まった。
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