上 下
8 / 45

第7笑『女子世界ではブスが場に平穏をもたらす』2/2

しおりを挟む

「あー! つまんねえなあ」

 翌日、クラス内が静かになると、またあの大将のフリのサインがでる。

 本当に空気が悪くなるというか、息苦しい感じが消えない。

 こういう時、誰かがクラスを笑いで包まなければならなくなる。

 そう、あたし『達』しかいないっ!


 こういうときのフリは決まって恐ろしいレベルのものを要求されるが、あたしは怯まない。

 ピエロ君が見ててくれるから。

 その事実があたしを強くしてくれる。

 視界の端、教室の隅にピエロマスターの姿が目に入る。

 あたしを真っ直ぐ見て笑ってる。


 お前がやれ!


 とでも言わんばかりに。

 それに答えるかのようにあたしは立ち上がり、クラス全員に向って答える。

「あたしが、ブー子がやります!」

 正直、冷や汗が止まらなかった。

 やるべきことが何も決まっていない。

 つまりノープランで手を上げてしまったからだ。

 口の中が干上がって口をパクパクさせるしかなくなる。

 小劇場にいきなり立たされた若手芸人のようだ。


 かなりテンパった。


 あたしが救いを求めるように大将のほうを見ると、隣に居るピエロ君がぐっ! と親指を立てて応援してくれている。


 負けられない!


 そうしている間にもクラスの雰囲気はますます悪くなる。

「早ぅやれよ」

 小声で舌打ちと一緒にあたしをあせらせる言葉が出てきだす。

「じゃあ、ブー子! 今日はもっとブー子をかわいくしてあげる♪」

 突然の助け舟にあたしが振り向くと、そこにはあたしをいつもいじめる女子グループのリーダーがやたら上ずった声で教室の隅を見ながら、若干冷や汗をかいたような顔で立っている。

 もしかしてピエロマスターが見えているのかも知れない。


「っ!」


 だがすぐに気を持ちなおして、あたしに向って言い放つ。

「さあ、猛獣使い! アニマルショーの開園でーすっ!」

 その手にはいつの間にかロープが握られていて、新人のマジシャンのようなたどたどしい手つきで、あたしを縛っていく。

 縛られる間、あたしの耳元でリーダーが呟く。

「あんたも、ヤツのこと見えてんでしょ。なら協力しなさいよ。あいつの目、次はお前だっ! って言ってんだもん、ならあんたなんかでも組んだ方がマシよ!」

 震える唇で言葉を出す。

 あたしこそごめんだねっ!
 言葉に出さなくともあたしは思った。

 あたしはリーダーが助かる為の生贄にされたのだと気付いたから。

 そしてあたしは完成した。

「……むぐぅ」

 口に猿ぐつわをされ、言葉を奪われたあたしは小さな声で叫ぶことしか出来ない。

「……これでよし」

 リーダーは一仕事終えた職人のように言い放って宣言する。

「さーーあ、ブタのようにおなきいいーーー!」

 縛った時に余ったロープの端であたしの体を執拗にぶち始めた。

「きええええーーー!」

 と気合を入れた一振りがあたしの体に打ち込まれる。

 あたしがぶたれる度に、クラスが笑いに包まれる。

 あたしは一仕事終えた余韻に浸ろうとしたがそれどころじゃない!


 苦しい。
 どんどん苦しくなっていく。


「ほほほほほほ……」

 そんなことお構い無しにリーダーの折檻は続く。

 もはやこれはイジメだ。

 先生が来たら全力で止めるレベルの。


 そんな時、ピエロ君が無言であたしに近づいてくる。

「……っ!」

 あたしは待った。

 あたしを救ってくれる『王子様』の一言を。

 もう、息も絶え絶えなあたしに向ってピエロ君が言った一言は残酷なものだった。

「とってもキレイだよ」

 満面の笑みであたしにだけ聞こえるように耳打ちした。


 その瞬間、あきらめというか何というか考えることがどうでもよくなったというか……たぶんこれが『絶望』っていうのかなと思えるほどドロッとしたタールのような黒いものがあたしの心の中を多い尽くして……あたしは発狂した。


「ブヒヒヒヒヒイーーー!」


 絶叫に続ぐ絶叫、その子は何度も叫び続けた。

 全てを忘れ去ろうとただひたすらに。




 そしてあたしの意識は笑いの場に落ちていった。




「っ!!」

 気付けば私は全力で机を叩いていた。

 ブー子の意識で笑いの場に落ちたはずなのに、なぜか放課後の教室に戻ってきていた。


 それにしても怒りが収まらない。


 こいつらはなんだ?


 まるで笑いの場を維持するために捧げられる『供物』そのものじゃないかっ!



 その手の痛みで私は理解した。

 ピエロマスターが発したであろう周りにあった紫の煙を吸い込んでしまったからか、ブー子の記憶を覗いていたはずなのに、戻って来たと思ったら、もうすでにそこにはピエロマスターはいなかった。

 まるでタヌキに化かされたようだった。

 激昂が収まらない私はピエロマスターがいた教室の端に向かって叫んだ。



「私達はあんたのオモチャじゃない!」



 そこに丁度言いとしかいえないような悪意のあるタイミングで笑い声が重なった。

 バカにするんじゃないわよ!

 あんたたちなんかに私達は負けないわ!



「覚えてなさい!」



 笑い声のするほうへ向って、おそらくいるであろうヤツを見据え、私はケンカを売った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鈴ノ宮恋愛奇譚

麻竹
ホラー
霊感少年と平凡な少女との涙と感動のホラーラブコメディー・・・・かも。 第一章【きっかけ】 容姿端麗、冷静沈着、学校内では人気NO.1の鈴宮 兇。彼がひょんな場所で出会ったのはクラスメートの那々瀬 北斗だった。しかし北斗は・・・・。 -------------------------------------------------------------------------------- 恋愛要素多め、ホラー要素ありますが、作者がチキンなため大して怖くないです(汗) 他サイト様にも投稿されています。 毎週金曜、丑三つ時に更新予定。

人を選ぶ病

崎田毅駿
ホラー
治療法不明の死の病に罹った男の、命を賭した“恩返し”が始まろうとしている。食い止めねばならない。

『呪いのベンチ~新~』

U・B
ホラー
【呪いのベンチ】 そのベンチに座った者はバラバラになって死ぬ。 遺体で見つかるのは頭部のみ。 【呪いのベンチ】 その噂が囁かれるようになったのは、ある女子高生の死がきっかけだった。 なぜ彼女は死んだのか。 【呪いのベンチ】 その真実にたどり着いた時、主人公は戦慄する。 全10話。完結済み。 9月19日と20日の2日間で全話投稿予定。

令和百物語

みるみる
ホラー
夏になるので、少し怖い?話を書いてみました。 一話ずつ完結してますが、百物語の為、百話まで続きます。 ※心霊系の話は少なめです。 ※ホラーというほど怖くない話が多いかも知れません。 ※小説家になろうにも投稿中

餅太郎の恐怖箱

坂本餅太郎
ホラー
坂本餅太郎が贈る、掌編ホラーの珠玉の詰め合わせ――。 不意に開かれた扉の向こうには、日常が反転する恐怖の世界が待っています。 見知らぬ町に迷い込んだ男が遭遇する不可解な住人たち。 古びた鏡に映る自分ではない“何か”。 誰もいないはずの家から聞こえる足音の正体……。 「餅太郎の恐怖箱」には、短いながらも心に深く爪痕を残す物語が詰め込まれています。 あなたの隣にも潜むかもしれない“日常の中の異界”を、ぜひその目で確かめてください。 一度開いたら、二度と元には戻れない――これは、あなたに向けた恐怖の招待状です。 --- 読み切りホラー掌編集です。 毎晩21:00更新!(予定)

白い手紙

月夜乃 古狸
ホラー
 外資系投資コンサルタント会社に勤める理恵。  仕事も充実し、恋人との関係も順調。そんな彼女の元に届くようになった何も書かれていない「真っ白な手紙」。薄気味悪く感じていたものの、実害が無かったこともあってあまり気にしてはいなかった。  そんな中、突然刑事が理恵の勤めるオフィスにやってきて、疎遠にしていた妹の死を告げた。  それから理恵の回りでは不可解な出来事が起き始める。そして、何も書かれていないと思っていた手紙にも実は……。    書籍化作家の織りなす本格ホラー。  寝苦しい夜にでも楽しんでもらえれば幸いです。  11話+エピローグの全12話。 「小説家になろう」と「カクヨム」にも掲載しています。

apocalypsis

さくら
ホラー
女子生徒が持ち込んだ一冊の本により、数学教師の斎は非日常へと足を踏み入れる。

令和百物語 ~妖怪小話~

はの
ホラー
今宵は新月。 部屋の灯りは消しまして、百本の蝋燭に火を灯し終えております。 魔よけのために、刀も一本。 さあさあ、役者もそろいましたし、始めましょうか令和四年の百物語。 ルールは簡単、順番に怪談を語りまして、語り終えたら蠟燭の火を一本吹き消します。 百本目の蝋燭の火が消えた時、何が起きるのかを供に見届けましょう。

処理中です...