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第1笑『人の不幸は蜜の味』
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『ハンッグリッ!ハンッグリッ!』
意味不明な掛け声を響かせ、教室の隅で大勢の男子が笑いながら一人の男子を囲み、殴る蹴るの応酬をしている。
本人達によれば、手加減はしているらしい。
何の儀式だよ! と問いたくなる。ほんと、何が面白いのか全く分からない。
その中心で殴られ蹴られ、もみくちゃにされている男の子と目が合った。
彼は満面の笑みで『見て下さい!』とでもアピールしているかのようにこっちを見てくる。
……気持ち悪い。この子を見ていると、サーカスのピエロを思い出す。
人を笑わすことはできず、ひたすら笑われ続けて生涯を終える報われないピエロ。
私はこの子を『ピエロ君』と呼称することにした。
ピエロ君のイジメもひと段落着いた頃、クラスが静まり返っている。
「つまんねーなあ」
とつぜん、クラスに響き渡る声。
「おーい、なんか面白い話はないか?」
コレもいつものこと。場が静まると決まってクラスを牛耳る『大将』が行う儀式。
「じゃあ、今日はお前だ。とびっきりの話、頼むぜ」
ここでクラス中が笑いに包まれなければ、話しをした人間は『つまらない人間』の烙印を押されいじめの対象になる。
大将に言わせれば『面白くない奴を俺がプロデュースしてやる』なのだそうだ。だから皆、この瞬間は全力で話す。どんなネタでも惜しげもなく晒す。
たとえそれが身内の話であっても……。
「お前だ!」と指名された女の子、普段地味で目立たないおさげ髪の子が、クラス全体をぐるりと見渡して、全員に目配せをする。
聴衆を意識したパフォーマーのようだ。
そして無理してるのが痛々しいくらいの作り笑顔のまま。
「私のお父さんの話なんだけど……」
明らかに緊張が伝わってくる張り上げた声で語り始めた。
「うちのお父さんは結構ギャンブルもやるし女遊びもするし、それでいてギャンブルには勝てないし、女の人にもあしらわれてばっかり。それでもズルズルと続けていて、本当に典型的な『だめ男』なのよ」
ここまでなら「なに、あんたの親父」とギリギリ笑って済ませそうなものだけど、その続きが壊れていた。
「でさー、ちょっとした夫婦喧嘩でお母さんが言っちゃったのよ。『あんたなんか、死ねばいいのに』って。次の日、朝起きたら居間でお父さんが首吊ってた。勢いで言った一言なのにね、たはは、首つっちゃってたはは、ほんと馬鹿だよね。やっぱダメ男だわ」
満面の笑みで語る彼女。
何言ってんの? 笑われるより退かれるよ! ってかコレ笑い話じゃないでしょ!
私が全力でツッこむ程にこの子の語りは常軌を逸している。
さすがに場の雰囲気が一瞬シンとなる。
「オレのオカンも昨日死んだけどなっ!」
でも、すかさず、完璧な返しが入る。そして。
『アーハッハッハーーー!』
大爆笑に包まれる教室。
「あんたのお父さんバカすぎっ……ウケル」
「よく離婚しなかったよねー! ……母は……ハハハ……なんちゃって」
みんな心が壊れてしまったかと言うように笑い転げている。
まるで笑いの奴隷でもあるかのようにひたすら笑い続ける。
なぜみんな気付かないんだろう?
次は自分の番だと。
いつか笑われる立場になることを何故気付かないのか?
もうすでに笑いの渦に巻き込まれている恐怖に何故気付かないのか?
なんでみんな笑っているのか?
『笑いは恐怖』と何故気付かないのか?
「おもしろいじゃねーかあー!」
それを言う大将は笑いながらも時折、ナニカにお伺いを立てるかのように教室のある一点をちらちらと見ている。
いや、さっき身内の自虐ネタ(といってもどぎついネタ)を披露した女の子も同じ方向を怯えた目でちらちら見ている。
まるで『観客を気にする舞台芸人』のように。ははーん、この子、見えてるんだ。
私は、そこにいるモノ、このおかしな場を作っているモノの正体を知っている。
そう、そのナニカを。
あれだけこの場を絶対的な力と恐怖で支配していると思われる大将でさえ実はこのクラスを牛耳っている支配者ではない。
ナニカを満足させる為に全力でこの場を笑いで満たそうとしているに過ぎない。
まあ、雇われ店長みたいな感じと言えば分かりやすいかな。
そして大将やあの子の見ている視線の先に目を凝らすとそのナニカが見える。
そのナニカ、本当にこの場を支配しているのがコイツ『ピエロマスター』だ。
たぶん大将と私、一部の人にしか見えないんだろうなあ。
あっ、ピエロ君もいじられている最中、たまにちらちらとあの辺りに視線飛ばしてたかも。
もしかして見えてるのかなあ?
女の子の小顔ほどの大きさのクレーンゲームの景品によくある雑な作りのファンシー系ぬいぐるみのようなピエロのぬいぐるみ。
だがその顔を一目見ただけで人は得体の知れない恐怖に襲われるだろう。
耳まで裂けた口からは歯をむき出しにした見るだけでおぞましさを覚える邪悪な笑み。
目もコチラを射殺すような眼光を放つ。だがコイツは何も話をしない。
その代わりその顔は語っている。
『もっとこの場に笑いを』
コイツの顔を見ていると場が笑いで満たされていないと不安を覚えるようになるだろう。
そう、この教室は笑いに支配されている。
意味不明な掛け声を響かせ、教室の隅で大勢の男子が笑いながら一人の男子を囲み、殴る蹴るの応酬をしている。
本人達によれば、手加減はしているらしい。
何の儀式だよ! と問いたくなる。ほんと、何が面白いのか全く分からない。
その中心で殴られ蹴られ、もみくちゃにされている男の子と目が合った。
彼は満面の笑みで『見て下さい!』とでもアピールしているかのようにこっちを見てくる。
……気持ち悪い。この子を見ていると、サーカスのピエロを思い出す。
人を笑わすことはできず、ひたすら笑われ続けて生涯を終える報われないピエロ。
私はこの子を『ピエロ君』と呼称することにした。
ピエロ君のイジメもひと段落着いた頃、クラスが静まり返っている。
「つまんねーなあ」
とつぜん、クラスに響き渡る声。
「おーい、なんか面白い話はないか?」
コレもいつものこと。場が静まると決まってクラスを牛耳る『大将』が行う儀式。
「じゃあ、今日はお前だ。とびっきりの話、頼むぜ」
ここでクラス中が笑いに包まれなければ、話しをした人間は『つまらない人間』の烙印を押されいじめの対象になる。
大将に言わせれば『面白くない奴を俺がプロデュースしてやる』なのだそうだ。だから皆、この瞬間は全力で話す。どんなネタでも惜しげもなく晒す。
たとえそれが身内の話であっても……。
「お前だ!」と指名された女の子、普段地味で目立たないおさげ髪の子が、クラス全体をぐるりと見渡して、全員に目配せをする。
聴衆を意識したパフォーマーのようだ。
そして無理してるのが痛々しいくらいの作り笑顔のまま。
「私のお父さんの話なんだけど……」
明らかに緊張が伝わってくる張り上げた声で語り始めた。
「うちのお父さんは結構ギャンブルもやるし女遊びもするし、それでいてギャンブルには勝てないし、女の人にもあしらわれてばっかり。それでもズルズルと続けていて、本当に典型的な『だめ男』なのよ」
ここまでなら「なに、あんたの親父」とギリギリ笑って済ませそうなものだけど、その続きが壊れていた。
「でさー、ちょっとした夫婦喧嘩でお母さんが言っちゃったのよ。『あんたなんか、死ねばいいのに』って。次の日、朝起きたら居間でお父さんが首吊ってた。勢いで言った一言なのにね、たはは、首つっちゃってたはは、ほんと馬鹿だよね。やっぱダメ男だわ」
満面の笑みで語る彼女。
何言ってんの? 笑われるより退かれるよ! ってかコレ笑い話じゃないでしょ!
私が全力でツッこむ程にこの子の語りは常軌を逸している。
さすがに場の雰囲気が一瞬シンとなる。
「オレのオカンも昨日死んだけどなっ!」
でも、すかさず、完璧な返しが入る。そして。
『アーハッハッハーーー!』
大爆笑に包まれる教室。
「あんたのお父さんバカすぎっ……ウケル」
「よく離婚しなかったよねー! ……母は……ハハハ……なんちゃって」
みんな心が壊れてしまったかと言うように笑い転げている。
まるで笑いの奴隷でもあるかのようにひたすら笑い続ける。
なぜみんな気付かないんだろう?
次は自分の番だと。
いつか笑われる立場になることを何故気付かないのか?
もうすでに笑いの渦に巻き込まれている恐怖に何故気付かないのか?
なんでみんな笑っているのか?
『笑いは恐怖』と何故気付かないのか?
「おもしろいじゃねーかあー!」
それを言う大将は笑いながらも時折、ナニカにお伺いを立てるかのように教室のある一点をちらちらと見ている。
いや、さっき身内の自虐ネタ(といってもどぎついネタ)を披露した女の子も同じ方向を怯えた目でちらちら見ている。
まるで『観客を気にする舞台芸人』のように。ははーん、この子、見えてるんだ。
私は、そこにいるモノ、このおかしな場を作っているモノの正体を知っている。
そう、そのナニカを。
あれだけこの場を絶対的な力と恐怖で支配していると思われる大将でさえ実はこのクラスを牛耳っている支配者ではない。
ナニカを満足させる為に全力でこの場を笑いで満たそうとしているに過ぎない。
まあ、雇われ店長みたいな感じと言えば分かりやすいかな。
そして大将やあの子の見ている視線の先に目を凝らすとそのナニカが見える。
そのナニカ、本当にこの場を支配しているのがコイツ『ピエロマスター』だ。
たぶん大将と私、一部の人にしか見えないんだろうなあ。
あっ、ピエロ君もいじられている最中、たまにちらちらとあの辺りに視線飛ばしてたかも。
もしかして見えてるのかなあ?
女の子の小顔ほどの大きさのクレーンゲームの景品によくある雑な作りのファンシー系ぬいぐるみのようなピエロのぬいぐるみ。
だがその顔を一目見ただけで人は得体の知れない恐怖に襲われるだろう。
耳まで裂けた口からは歯をむき出しにした見るだけでおぞましさを覚える邪悪な笑み。
目もコチラを射殺すような眼光を放つ。だがコイツは何も話をしない。
その代わりその顔は語っている。
『もっとこの場に笑いを』
コイツの顔を見ていると場が笑いで満たされていないと不安を覚えるようになるだろう。
そう、この教室は笑いに支配されている。
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