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第75話 強者の戦いは不自然

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「うわぁー。昨日より人が多いよっ?」
「確かに多い気がするね」

 ラキシエール伯爵家から馬車を出してもらい、闘技場にやってきた俺たちが最初に目にしたのは、入場待ちの観客の列だ。
 昨日も多かったが、やはり本戦はさらに人が多くなっているみたいだ。
 確かに俺も観客としてくるなら本戦からくるかもしれない。
 三百人の有象無象など興味ないからな。

 馬車降り場から降り、そのまま観客に飲み込まれないように、出場者用の入り口から観客席へと上がる。
 
 ほんとフィリアが馬車を進めてくれてよかった。
 本戦出場者は絡まれるし、観客に囲まれる可能性があると教えてくれなかったら、今頃、あの列に飲み込まれていた可能性があった。
 くそみたいなやつは無視するんだけど、好奇心で話しかけてくる一般人が大多数だと思うし、無下にはできない。
 普通の大学生だった俺には問題なくさばく力量はないからね。ここは囲まれないように全力を尽くすのみ。


「さぁー。皆さん、お待ちかねの武闘大会本戦が間もなく始まります。司会進行役は引き続きメロディー・キャリーが行います。本戦からは実況解説として今年もSランク冒険者のゼンさんにお越しいただいています」
「「「メロディーちゃーん」」」
「ゼンさん今年も頼むぞー」

 観客席でゆっくりしていると、メロディーさんの甘い声が会場に響き渡った。
 昨日と同等かそれ以上のメロディーコール。ほんとバカが多くて困るよ。
 てか、ゼンさんも人気ありそうだな。Sランクの英雄だし国民からしたら憧れの存在なのだろうか。
 まあ、間違いなく昨日の感じなら、出場者含め一番人気はメロディーさんだ。

「本日、第一試合目の出場者はBランク冒険者の銀髪のジルドと去年の武闘大会優勝者、ヴァロン帝国第三皇子レオン・デ・ヴァロン殿下です。どちらも剣を主軸に戦うスタイルですね。ゼンさんはどのような展開になると思われますか?」
「そうだな。ジルドのことはあまり知らないが、予選での剣技は目を見張るものがあった。が、剣同士の戦いだと少し不利だな。レオン殿下の剣技の方が上のように感じた。あとは魔法の使い方次第だ」
「ありがとうございます。メロディーはどちらも応援しているので、健闘を願います」

 メロディーさんとゼンさんの試合前予想もされるようだ。
 俺からしたら皇子様のほうが未知数なんだがな。そこはみんな知っているのか、あまり話をされなかったな。
 それに前回優勝者なのか。そりゃー予選で手を抜いても許されるわけだ。
 剣が上手いと言っていたが、正直やってみないとわからん。そもそも剣相手の実践経験がすくなすぎるし。
 ティナに言われて朝から本戦を見に来たが、来てよかったな。本戦出場者との戦い方のシミュレーションをしておこう。 

 そうこうしているうちにステージ上にジルドさんとレオン殿下の二人が揃う。
 姿を現した二人に観客の熱も上がって、声援が大きくなる。

「では、お二人さん準備はよろしいでしょうか?」
「はい」
「ああ」
「ありがとうございます。では、本戦一試合目をはじめます。よーい。はじめ」

 観客席から少し距離があるが、ステージ上の声は観客席まで届いてきた。
 どうやらステージにも声が拡張される魔道具があるようだ。
 予選だと大きな声しか聞こえなかったんだけどな。

「レオン殿下、胸を借りるつもりで挑まさせていただきます」
「ああ、楽しみしておる。かかってこい」

 メロディーさんの開始宣言後すぐに動くことはなく、二人の話声が会場に聞こえ始める。
 これが大会の暗黙の了解なのかな?あやうく、開始早々攻撃して非難を浴びるところだったよ。
 まあ、本戦では瞬殺しないと決めているんだけど。

 口上が終わり、じりじりと二人の距離が近づいていく。
 ジルドさんも魔法を使う素振りを見せず、接近戦に持ち込むようだ。
 二人の間が十歩ほどになると、ジルドさんは地面を蹴り、レオン殿下に切りかかる。
 
「避けるのがお上手ですね」
「見えておるからな」

 数度剣を振るが、その攻撃を何の苦も無く避けているレオン殿下。
 正直ジルドさんもなかなかのスピードで攻撃していると思うのだが、レオン殿下は体を少しだけすらし避けている。
 
「俺からもゆくぞ」

 そういうとレオン殿下は攻撃に反転し、ジルドさんへと切りかかる。
 その攻撃スピードはジルドさんほど早くはないが、剣をかいくぐり、ジルドさんへとダメージを与えている。

「ソラ―。どっちが勝ちそう?皇子様?」
「んー。ゼンさんは皇子さん推しみたいだし、試合展開もレオン殿下ムードなんだけど……」
「?」
「いや、たぶんレオン殿下が勝つよ。けどなんか違和感があるんだよね」
「なにが?」
「ごめん。それはわからない」

 見ている今もレオン殿下の攻撃はジルドさんに当たっているし、ジルドさんからの攻撃はまったく当たる素振りがない。
 このままいくとレオン殿下の勝利だ。そしておそらくそのままこの試合は終わるはず。
 何に俺は不自然さを感じているのか……

 戦闘を見ているが、やはり剣技を学んでいない俺にはわかりづらい。
 ただ、スピードだけならジルドさんの方が早い。

「やはり剣での戦闘はレオン殿下に分があるようだ。攻撃を読み避け、さらに反撃を与える。いつ見ても完璧に動きを予想しておるな」
「そうですね。綺麗に舞っている白鳥のような動きですね。あんなスピードで舞えるなんてメロディー尊敬します」

 解説をしているゼンさんとメロディーさんの声が聞こえてくる。
 なるほどな。
 これが違和感、不自然さの原因だな

 今もジルドさんの攻撃を最小限の動きで躱すレオン殿下だが。
 あきらかにレオン殿下の動き出しが早すぎる。
 普通は相手の動きを見て、それに対処するために体を動かす。
 だが、レオン殿下はジルドさんが動き出す前に回避行動をし始めているようにも見える。

 ゼンさんは予想と言っていたが、戦闘を積み重ねると、そのような芸当ができるのだな。
 確かに俺も魔物の動きをだいたいは予想できる。それに、金髪との決闘でわかったのだが、人間はさらに行動予測がしやすい。
 表情や息遣い、体制。様々なことから情報はとれる。

 でも、正直あっぱれと言わざる得ない芸当だ。
 ジルドさんのこのスピードで予測、そして行動に移せるのはすごすぎる。

 そうとわかってみると。やはりこの試合はレオン殿下の勝利で終わる可能性が高そうだ。
 なぜかジルドさんは魔法を使わないみたいだし、切り傷の数も戦闘するたびに増えてきている。

「やはり私の剣技はここまでですか……」
「俺を愚弄しているのではないのだろうな?なぜ魔法を使用しない。情報では様々な属性魔法を使えると聞いたが」
「私の魔法は借り物ですので、それ以上のことはできないのです。だからこそもっと高みに行くために、剣技のみで本戦に臨んだのですがね。私ではレオン殿下にはかないませんでした。私の負けです」

 戦闘音が止み、二人の声が会場に響き渡る。
 どうやら一試合目はこれで終わりらしい。
 魔法を使えばもっと面白い試合展開になるだろうけど、ジルドさんがそう決めているならしかたがない。
 それにしても、魔法は借り物って言葉が気になるが……

「本戦一試合目はレオン・デ・ヴァロン殿下の勝利です」

 メロディーさんの終了を告げる言葉が会場に響き渡る。
 その瞬間に観客から両者を称える声が聞こえ始める。
 結局降参という終わり方だったが、いい試合を見せてもらった。
 強者の剣を使用した戦闘を見れたの大きいし、レオン殿下の戦闘スタイルもだいたい分かった。

「ソラ君、見ていたのですね。残念ながら再戦は叶いませんでした」
「ジルドさんお疲れ様。いい試合でしたよ。楽しまさせてもらいました」
「ティナも楽しかったよー」

 試合が終わったジルドさんが観客席に上がってきて、俺に声をかけてくる。

「それはよかったです。剣の修行をやり直しですね」
「なんで魔法をつかわなかったの?」
「レオン殿下に伝えたままですよ」
「魔法は借り物ってどうゆうこと?」
「そうですね。ソラ君なら言いふらさないと思いますので言ってもいいですかね。私のスキルはコピーなんです」

 は?コピー?くっそチート能力じゃんか。
 あれれ?どこの小説の主人公ですか?
 どのサイトでジルドさんの冒険は読めますか?

「ですが、制約が厳しくて使い勝手は悪いのですがね」
「制約?」
「はい。詳細は言いませんが、コピーできるのは魔法スキルだけでした。それも一つコピーするのに長い時間がかかります」

 なるほど。そういう制約がついているスキルもあるのか。
 制約なんてついてなかったら今頃ジルドさんはSランクか魔王にでもなっていたかもしれないな。

「なるほどね。だから決闘の時も曖昧な回答だったんですね」
「そうですね。決闘の際の魔法ももともとエルク様の光魔法です」

 あの金髪の光魔法をコピーしたもので俺に攻撃したと。
 それだけでも強いのは変わりないけどな。万能すぎるよ。一家に一台じゃなくて一パーティ―にジルドさん一人だな。
 パーティーのバランスがいいほど、ジルドさんがこなせる役割が増えるってか。
 やっぱりチートだな。制約は厳しいらしいが最高の仲間と冒険者するならそれだけで小説が書ける。
 
「まあ、誰にも言わないよ。それにしても冒険者で活躍しているって聞いたけど、エルドレート公爵家の従者はやめたの?」
「ありがとうございます。はい。今は冒険者一本です」
「なんかごめんね?」
「別に解雇とか処罰があったとかではないのでソラ君は気にしなくても大丈夫ですよ。他の三人はまだそこで働いていますので。私はただ辞職しただけですから」
「それならいいんだけど、またなんで?」
「私は……ソラ君のことを憧れてしまったのです。十歳の子が模擬戦もほとんどせず、魔物との戦闘を繰り返し、私の上を行く戦技を持つ。噂を聞けば死の森を探索していたとかありえない物ばかりでしたが、ソラ君の戦闘を実際に味あうとそれが正しいものだとわかりました。十歳の子が死に物狂いで頑張っているのに、私は何をしているんだと少しへこみましたよ。だから、一度諦めたS、Aランク冒険者をもう一度指そう。そう思っただけです」

 まっすぐな眼差しで語るジルドさん。
 試合後なのに銀髪のオールバックは整っており、それが一層、気持ちを固めているのだと思わせる。
 なんか、真正面から褒められるとむずかゆい。
 それに、俺は大きな目標なんてなく、ただ死の森を抜けるために戦っていただけだ。
 大鎌もそんな練習してないし、そんな熱い眼差しをむけられても答えられない。

「う、うん。そうだったんだね。なんかありがとう。ジルドさんならなれるよ。ソロじゃなくも仲間でもみつければ?」
「いつかはそうですね。でも、今は自分だけの力で戦っていきたいんです」

 どこまでも熱く語るジルドさん。
 なんか眠れる獅子を起こしたみたいだ。静かに従者をしていた人とは大違いだ。
 今にも、ドラゴンを狩に行きそうな勢いだ。

「がんばって」
「がんばっ」
 
 かける言葉が見つからないのでとりあえず応援だけしておく。
 となりでうちの子たちもエールを送っている。

「ありがとうございます。ソラ君より先にAランクになってみせますね」
「う、うん」

 いつかはなるつもりだけど、俺は急いでないからね。おそらくジルドさんの方が先にAランクになるだろう。
 そんなことは伝えず、ジルドさんは帰るみたいなのでそのまま見送ることにした。
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