エッチな玩具オナニーがやめられないのにコミュつよイケメン従弟(ぶっちゃけ苦手)と同居することになってしまった

松任 来(まっとう らい)

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42 ラブラドールが牙を剥く

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「…………」
暖雪は一気に目の前が暗くなるのを感じた。
男の声が、何度も何度も頭の中で繰り返しこだまするみたいだった。

バレた。大海に。
知られてしまった。
それどころか、彼まで一緒に侮辱されて。こんな奴に。汚されてしまった。
最悪だ。
こんなタイミングで。こんな形で大海に自分の秘密を明かされてしまうだなんて。

恐る恐る、暖雪は大海の方を振り返る。
大海の表情は、見まがいようもないほどはっきりと強ばっていた。
(終わった……)
先ほど、誘導されたとはいえこんな男に軽々しくエネマグラを使用していることを話してしまった。自分のせいだ。
(俺がダメなせいで。人を見る目がないせいで。自分の気持ちだけで勝手に暴走したせいで)
こんなことになったのは、誰でもない自分のせいなのだ。
多分もうこれから、大海との平穏な生活は戻ってこないだろう。それだって。
全部全部、自分のせいだ。
いくら後悔したって、もう戻らない。

(口も聞いてもらえないかもしれない。もう、二度と……)
絶望の未来を想像して、ぐっと胸が詰まる。喉の奥からせり上がってきた悲しみが、今にも嗚咽となって口から出そうだった。真っ赤になった頭の中では、もはや目の前すら分からない。
(そうなっちゃう前に、……せめて謝ろう。これが、こんなのが最後の会話になったとしても……。ちゃんと謝らないと)
この時、この瞬間で、大海との関係が切れるかもしれないという悲痛な想いを堪えて、暖雪はぐっと歯を食いしばる。けじめをつけなければ。自分は。大海に、今までのことも含めて、きちんと。

暖雪がすうと吸い込んだ空気は、夏の飲み屋街から染み出してくる湿気を纏って、ずんと重い。
「大海……。ご、ごめ……」
所々上ずった、震える声での精いっぱいの謝罪。だがそれは、地の底から響いてくるかのような、低い太い声に遮られた。
「おい」
思わずびくりとなって、暖雪は声のした方を見上げる。そこには、目つきから、全身から、純粋な怒りだけを醸し出す大海が立っていた。

「雪ちゃんに向かってそういうことを言うなっ……!」
「……!!」
若干早口の、言葉の終わりに向かって張り上げるような口調。暖雪は一瞬呼吸すら忘れてその顔を凝視する。こんな声を出す大海なんて、今まで知らなかった。
信じられない。いつも、ラブラドールレトリバーのように愛嬌いっぱいで、屈託のない大海が。
こんな、まるで野生の肉食獣が吠えるかのような声を出せるだなんて。
「……あ?な、……なんだよ?」
大海の剣幕に押されてしまったのは暖雪だけではない。底知れぬ怒気を真正面から振り下ろされた男が、軽く後ずさっている。かろうじて口調だけは優勢を保とうとしているが、自信なさげな目はやや下向き加減で、浮かべた薄笑いもどこか引きつっていた。
そんな男に、大海は一歩歩み寄って距離を詰める。全く手を緩める気はない、と言わんばかりに。
「なんだよじゃねえだろてめえ、ヘラヘラしてんじゃねえぞ。俺の従兄傷つけといて他になんか言うことねえのか?」
「……う」
一ミリも相手から目を反らさずに鋭く睨みつける大海と、その迫力に飲まれ硬直している男、そして何もできないでいる暖雪との間に、数秒の時が流れた。その時……。

「あー、いたいた。おおーい!矢野ー」
後方から、見知らぬ一人の青年が現れた。疲れた様子で大海へ声をかけてくる。
「原田さん寝ちゃったわ。飲みすぎだよ全く。けど今日ずいぶん楽しそうにしてたからもういいだろ。三次会行かないでここで解散……」
酔いつぶれたように目を閉じ脱力している中年男性を支えてよろよろ歩いてきた青年は、繰り広げられている光景を見て立ち止まった。
「え……?何してんの?」
するとすぐに、また別の人間が現れる。オフィスカジュアルよりももっとラフな格好をした、暖雪と同い年かそれより少し上くらいの、数名の男女だ。
「矢野っち、店見つかったー?」「わあー、私この辺初めて来るー」「うわやっとクライアントから連絡来たよ!すみません俺一件だけ電話いいですかね!?」などと賑やかに会話しながらこちらに接近してくる。
そして、最後に整えられた髭を生やし丸眼鏡をかけた50代くらいの男性が後ろから登場した。朴訥とした雰囲気を持つ丸眼鏡の彼は、「ん?お前らそんなとこで固まってどうしたー?」と覗き込んでくる。
 
大海に追い込まれた上、わらわらと人が湧いてきたことに明らかな旗色の悪さを感じ取ったのだろう。こちらに向かって憎々し気な目を見せた後、男はさっと踵を返した。繁華街の人混みに紛れていくその姿を大海は剣呑な目で見送っている。やがて、「二度と雪ちゃんに近づくんじゃねえぞ!」とだけ吐き捨てるように言うのだった。

そして。
 「あ、あの……、先輩方……」
次の瞬間、大海は先ほどまでの剣幕が嘘のようにしゅんとして背後の人々に向き直り、背中を丸める。怒りのオーラを脱ぎ捨て、申し訳なさそうな顔をしている彼は、完全に暖雪の知っているいつもの大海だった。優しくて、柔らかくて、大らかだけど何事にもすごく一生懸命ないつもの大海。
「それに、師匠。すみませんその……」
「おー。こちらがあの“雪ちゃん”?」
丸眼鏡の男性は、得心したかのように頷きながら手のひらでこちらを示してくる。
「そ、そうなんです。……あの師匠、……申し訳ないんですけど」
大海がそう言うと、こちらの様子を伺っていた若手社員らが目を丸くした。口々に声を上げ始める。

「あーあの市役所で税金の仕事してるっていう雪ちゃん!」
「目玉焼きハンバーグ好きで掃除が得意な雪ちゃんかー!」
「ちょっとみんな失礼でしょいきなり!」
こちらもこちらで酔っ払いの集団だ。ワイワイと好き勝手喋る彼らを尻目に、丸眼鏡の男性がぐいっとこっちに近づく。
「……大丈夫か?」
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