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31 悪癖
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これと同じような感覚に、暖雪は今までの人生で何回か陥ったことがある。
他人からの期待に応えなければ。そんな考えを強く抱きがちな暖雪は、たまにそれに追い詰められてしまうのだ。
小学生の時。運動が得意ではないにも関わらず、ついうっかり運動会でリレーのアンカーを務めることになってしまった。クラスのみんなのために頑張らなければと、当日までに暖雪は何日も居残りをして校庭で練習をして臨んだ。だが、いざ本番でコーナーを曲がる際に脚がもつれて転倒、大きく順位を下げてしまった。その件について責められるということはなかったのだが、誰よりも暖雪自身がこの失態を許せなかった。自分で自分の心に負担をかけた暖雪は、結局その後数日学校を休んでしまう。
高校受験の際の出来事だ。絶対に失敗できないと考えた暖雪は必死で勉強に励み、塾の先生からも万全だと言われるほどにまで仕上げた。それでもどこか不安で、連日夜遅くまで問題集にかじりついていた結果、受験当日になって風邪を引いてしまう。何とか別室で熱に浮かされながら試験を受け、第一志望の学校に合格できたはいいもののストレスで胃もボロボロになってしまい、やはりその後数日に渡って布団から出ることすらできなくなった。
今ではそれはだいぶ改善された。しかし仕事で使う資料を用意するため休憩や休日を潰すことはたまにやってしまう。恐らくそこまでする必要はないのではないかという気はするものの、準備をしていなかった結果周りを困らせたりがっかりさせたりすることが怖いのである。
他人からの期待を裏切ることが怖い。
それは私生活でもそうだ。
例えば、出会い系アプリでアポイントを取った相手から強引にホテルに誘われても、空気を壊したくなくて、嫌だと言った時の相手の顔を見たくなくて、それをなかなか断れなかったり……。
そして今。
暖雪は、自分を頼って遥々海外から来てくれた従弟に対して期待された役割を果たせていないのではないか、こんなんではダメなのではないかという懸念で心を苛まれている。
大海に申し訳なくて気を使うが、気を使っていることを悟られて気を使われるのではないかという地獄の無限ループにハマっていた。
(考えすぎだって。そう、考えすぎ、考えすぎ……)
そう自分に言い聞かせてみるも、追い立てられるような感覚が、押しつぶされるような感覚が……。
とても振りほどけなかった。
「ねえ雪ちゃん」
名前を呼ばれ、暖雪は慌てて顔を上げる。
「あ……」
やや困ったような、複雑な笑顔を浮かべた大海がそこにいた。
(今、俺どんな風に見えてたんだろう)
言葉に詰まっていると、大海の方からぽつぽつと語りだした。
「俺、雪ちゃんと一方的に面倒見たりとか見られたりみたいな関係になりたくないんだよね」
じっと耳を傾けていることしかできない。だってその声が、あまりにも真剣なものだったから。
「まあ……、まだまだ俺なんか仕事も何もできないくせに何言ってんだって感じだけどさ」
なかなか思い通りにならなくてはがゆいなあ、と付け加え、大海は軽く顔を伏せてしまう。
「生意気言ってごめんね」
「そ、そんなことないって……」
そう返すのが、今の暖雪には精いっぱいだった。
(どうすれば、……いいんだろう)
頭の中が、ぐるぐるする。
「……早く雪ちゃんに追いつきたい」
「……」
その言葉の真意を問いただすことが、何だか暖雪にはできなかった。
大海と接していると、時々不思議な感覚になる。
大海に、心の中を全部見透かされているような。そればかりか、自分では思いもよらない未来をすでに彼に先読みされているような。
そんな気持ちと、消えることのない焦燥感がごちゃまぜになって心がかき乱され、何も言えないでいると……。
不意に大海がからからと笑いだした。
「いやあ、あはは!こういうのよくない!よくないよね。難しい事あれこれ考えすぎるとストレスでハゲちゃうよ、俺の父さんみたいに。いやあ、遺伝って怖いからなあ。俺も将来どうなるかな?ハゲんのは嫌だからなるべく逆らっていきたいところだけど。あはは」
「はは……」
お茶を濁すように笑い返すことしかできないでいる暖雪に、大海は「そういえばね雪ちゃん!」と力強く目を輝かせた。
「昨日雪ちゃんが教えてくれたエレベーターのマナーだけどさ、今日職場でやったらすごくみんなの反応良かった!違うフロアの会社の人からも、”ご親切にどうも”って言われちゃってさ、テンション上がったよ~!」
「お、おう。そりゃよかった……」
俄かに肉じゃがをパクつきだす大海につられるようにして、暖雪も冷めだした食事に再び手をつけはじめた。
「なんか急に大人になれた気分!ビジネスマナーとかややこしいなって思ってたけど、これからも頑張るよ!」
大海を見守るように優しい視線を送るふりをしていた暖雪だったが、実はその裏では散らかりに散らかった自身の感情をなだめつけるのにずっと必死にならなければいけなかった。
*
ところで。
遺伝、と言われて思い出したことがある。
これまでの人生で、事情を知らない人に家族写真を見せる機会が何度かあったのだが、そういう時暖雪は“お父さん似だね!”と言われることが多い。
嬉しくなって、暖雪は照れて笑ってしまうのだが、大概きょとんとされる。”お父さんと仲いいんだね~”と、ちょっとからかい交じりの言葉をかけられることもあった。
どうも、世間一般では父親似だと言われても嬉しさで笑うという反応はあまりしないものらしい。
*
他人からの期待に応えなければ。そんな考えを強く抱きがちな暖雪は、たまにそれに追い詰められてしまうのだ。
小学生の時。運動が得意ではないにも関わらず、ついうっかり運動会でリレーのアンカーを務めることになってしまった。クラスのみんなのために頑張らなければと、当日までに暖雪は何日も居残りをして校庭で練習をして臨んだ。だが、いざ本番でコーナーを曲がる際に脚がもつれて転倒、大きく順位を下げてしまった。その件について責められるということはなかったのだが、誰よりも暖雪自身がこの失態を許せなかった。自分で自分の心に負担をかけた暖雪は、結局その後数日学校を休んでしまう。
高校受験の際の出来事だ。絶対に失敗できないと考えた暖雪は必死で勉強に励み、塾の先生からも万全だと言われるほどにまで仕上げた。それでもどこか不安で、連日夜遅くまで問題集にかじりついていた結果、受験当日になって風邪を引いてしまう。何とか別室で熱に浮かされながら試験を受け、第一志望の学校に合格できたはいいもののストレスで胃もボロボロになってしまい、やはりその後数日に渡って布団から出ることすらできなくなった。
今ではそれはだいぶ改善された。しかし仕事で使う資料を用意するため休憩や休日を潰すことはたまにやってしまう。恐らくそこまでする必要はないのではないかという気はするものの、準備をしていなかった結果周りを困らせたりがっかりさせたりすることが怖いのである。
他人からの期待を裏切ることが怖い。
それは私生活でもそうだ。
例えば、出会い系アプリでアポイントを取った相手から強引にホテルに誘われても、空気を壊したくなくて、嫌だと言った時の相手の顔を見たくなくて、それをなかなか断れなかったり……。
そして今。
暖雪は、自分を頼って遥々海外から来てくれた従弟に対して期待された役割を果たせていないのではないか、こんなんではダメなのではないかという懸念で心を苛まれている。
大海に申し訳なくて気を使うが、気を使っていることを悟られて気を使われるのではないかという地獄の無限ループにハマっていた。
(考えすぎだって。そう、考えすぎ、考えすぎ……)
そう自分に言い聞かせてみるも、追い立てられるような感覚が、押しつぶされるような感覚が……。
とても振りほどけなかった。
「ねえ雪ちゃん」
名前を呼ばれ、暖雪は慌てて顔を上げる。
「あ……」
やや困ったような、複雑な笑顔を浮かべた大海がそこにいた。
(今、俺どんな風に見えてたんだろう)
言葉に詰まっていると、大海の方からぽつぽつと語りだした。
「俺、雪ちゃんと一方的に面倒見たりとか見られたりみたいな関係になりたくないんだよね」
じっと耳を傾けていることしかできない。だってその声が、あまりにも真剣なものだったから。
「まあ……、まだまだ俺なんか仕事も何もできないくせに何言ってんだって感じだけどさ」
なかなか思い通りにならなくてはがゆいなあ、と付け加え、大海は軽く顔を伏せてしまう。
「生意気言ってごめんね」
「そ、そんなことないって……」
そう返すのが、今の暖雪には精いっぱいだった。
(どうすれば、……いいんだろう)
頭の中が、ぐるぐるする。
「……早く雪ちゃんに追いつきたい」
「……」
その言葉の真意を問いただすことが、何だか暖雪にはできなかった。
大海と接していると、時々不思議な感覚になる。
大海に、心の中を全部見透かされているような。そればかりか、自分では思いもよらない未来をすでに彼に先読みされているような。
そんな気持ちと、消えることのない焦燥感がごちゃまぜになって心がかき乱され、何も言えないでいると……。
不意に大海がからからと笑いだした。
「いやあ、あはは!こういうのよくない!よくないよね。難しい事あれこれ考えすぎるとストレスでハゲちゃうよ、俺の父さんみたいに。いやあ、遺伝って怖いからなあ。俺も将来どうなるかな?ハゲんのは嫌だからなるべく逆らっていきたいところだけど。あはは」
「はは……」
お茶を濁すように笑い返すことしかできないでいる暖雪に、大海は「そういえばね雪ちゃん!」と力強く目を輝かせた。
「昨日雪ちゃんが教えてくれたエレベーターのマナーだけどさ、今日職場でやったらすごくみんなの反応良かった!違うフロアの会社の人からも、”ご親切にどうも”って言われちゃってさ、テンション上がったよ~!」
「お、おう。そりゃよかった……」
俄かに肉じゃがをパクつきだす大海につられるようにして、暖雪も冷めだした食事に再び手をつけはじめた。
「なんか急に大人になれた気分!ビジネスマナーとかややこしいなって思ってたけど、これからも頑張るよ!」
大海を見守るように優しい視線を送るふりをしていた暖雪だったが、実はその裏では散らかりに散らかった自身の感情をなだめつけるのにずっと必死にならなければいけなかった。
*
ところで。
遺伝、と言われて思い出したことがある。
これまでの人生で、事情を知らない人に家族写真を見せる機会が何度かあったのだが、そういう時暖雪は“お父さん似だね!”と言われることが多い。
嬉しくなって、暖雪は照れて笑ってしまうのだが、大概きょとんとされる。”お父さんと仲いいんだね~”と、ちょっとからかい交じりの言葉をかけられることもあった。
どうも、世間一般では父親似だと言われても嬉しさで笑うという反応はあまりしないものらしい。
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