【完結】婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜

あまぞらりゅう

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45 ザ・断罪・ショウ④

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 アンドレイ様の整った顔がみるみる青くなる。ナージャ子爵令嬢も目を白黒させていた。
 わたしは二人を交互に見てふっと微笑んで、

「見覚えがありますわよね、殿下? こちらは全てあなたが違法な手段で入手した美術品の数々ですわ」

「お、お前……どうして俺の宝物庫を……さっきの手紙も…………!?」

「あら、アンドレイ様がわたしに委任状を書いてくださったのではないですか。お陰で王太子殿下の歓待の準備が滞りなく進みましたわ。ありがとうございます、殿下」

「あのときの……!」

 アンドレイ様は息を呑んで目を剥く。
 憤怒と驚愕。二つの感情が混沌と絡み合って全身を駆け巡り、歯噛みしながら身体を小刻みに震わせていた。

「委任状は最初からこのつもりだったのか…………!」

 わたしは彼の言葉を黙殺して国王陛下のほうを向いて、

「これらの美術品は王子殿下が法に背いた手を使って入手したものですわ。購入証明もこちらにございます」と、貸金庫から見つけた封書を見せる。

 出し抜けにレイが一歩前に踏み出して、従僕たちが掲げている美術品をしげしげと眺めた。

「おや、これは我が国の博物館にあった古代ローランの黄金の壺ではないか。たしか三年前に盗難されたものだ。……どうして、アングラレスの王子のコレクションに入っているのかな?」

「国際問題だわっ!」ガブリエラさんが周囲にアピールするように大げさに嘆く。「隣国の国宝を盗むだなんて! それも王族自らが……! これは両国間の信頼関係に泥を塗る行為よ! 信じられない!」

 場の空気が真冬の雪景色のようにひんやりと冷たくなった。
 これは外交的に非常に不味い事態なのでは……と、不穏な予感が水に溶けた絵の具みたいにじわじわと広がっていく。

「……二ヶ月ほど前、我が国で行われた地下競売を摘発した際に顧客リストにアンドレイ王子の名前が記されていたのだが、なにかの間違いだろうか?」

 レイが困惑した様子で静かに問い掛ける。

「わたしもまさかと思って確認しましたが、たしかにリストに上がっている品をアンドレイ様は所有しておりますわね」と、わたしも戸惑った風に眉尻を下げた。

「そうか。真実なら本当に残念だ。折角、侯爵令嬢を通じて貴国との友好関係を強化するつもりだったのに……。対・帝国に向けての同盟も他の周辺国とは結ぶ予定だが、貴国はまぁ、単独で挑め。――真っ先に壊滅させられないと良いがな」

「ぐっ…………」

 アンドレイ様は唸る。
 国王陛下の峻厳な眼光が雷のように息子に落ちた。

 王の怒りは地を這うように静かにホール中を伝播して、貴族たちは凍り付く。

 この空間には、もうアンドレイ様たちの味方は誰一人いない。大勢の臣下に囲まれているはずの王子なのに、今や彼は孤独を噛み締めていた。

 陛下の指示なのか、いつの間にか王宮の近衛兵たちが王子と子爵令嬢を囲んでいた。強面の騎士たちが今にも斬りかかりそうな剣呑な雰囲気だ。

「はぁ……チェックだわ。さようなら、あたしの輝く未来」

 ナージャ子爵令嬢は早くも諦めた様子だった。観念したように両手を挙げている。彼よりよっぽど潔いわね。

「オディール…………っ!」

 一方、アンドレイ様はまだ諦めていない様子で、激しい憎悪の視線をわたしに向けていた。




 わたしは軽く息を吸う。
 少しの間だけ瞳を閉じた。襲いかかるように過去の記憶がどっと胸に押し寄せてくる。

 侯爵令嬢として生まれた自分は、生まれたときから王子と結婚することが決められていた。
 それが当然だと思っていたし、そのために努力するのも当たり前だと思っていた。
 両親やアンドレイ様がわたしを叱責するのも自然なことだし、毎度のように彼らに怒られる自分が一番悪いのだと思っていた。

 わたしさえ、我慢をすればいい――心の奥底で、そう考えていた。

 アンドレイ様がわたしの世界の中心だったし、彼はわたしの全てだった。

 ……でも、それは間違っていたのね。

 
 わたしは静かに目を開く。
 ギラギラと人工的な鮮やかさが構築されたパーティー会場に、目覚めたばかりの深い森のような澄み切った空気が流れ始める。それは風となって、わたしの背中をそっと押した。


 言葉を紡いだ。
 決別の言葉を。



「シモーヌ・ナージャ子爵令嬢との不貞、隣国への侵略計画、公文書の不正、更には美術品の違法購入…………、わたし、このような重罪人と婚姻なんて出来ませんわ!」

 わたしはすっと手を伸ばして、人差し指をアンドレイ王子に向けた。
 まっすぐに、彼へ。

 そして、決意の込められた強い声音で叫ぶ。



「アンドレイ・アングラレス王子……あなたとは、婚約破棄よっ!!」

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