【完結】婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜

あまぞらりゅう

文字の大きさ
40 / 47

39 王太子殿下の来訪

しおりを挟む
 ローラント王国の王太子を乗せた馬車は、ついにアングラレス王国の王宮まで辿り着いた。

 国の代表として王子であるアンドレイ様と、その婚約者のわたしが王太子を出迎える。わたしたち二人を中心に、側には高官たちがずらりと並んで高貴なる方の到着を待っていた。

 冬の冷たいの空気のようなピリリとした感触が肌を伝う。いよいよ彼が来るのね……そう思うと胸が高鳴った。
 隣に立つアンドレイ様は涼しい顔をして側近と打ち合わせをしている。ふと目が合うと、感情のこもっていない笑みを浮かべてきた。





「よくぞはるばるお越しくださった、レイモンド王太子殿下」明るい声音でアンドレイ様が口火を切った。「かねてより隣国とは厚誼を結びたいと存じておりましたので、貴殿とこうやってお会いできて嬉しく思います」

「出迎えありがとう、アンドレイ王子。私も以前より貴国とは誼を通じたいと考えていた。建国記念という輝かしい祭典に参列できて誇りに思う」

 二人は固い握手をした。彼らの表層は笑顔が張り付いていたけど、どちらも偽りの仮面を被っているわね……と、すぐに察した。

 アンドレイ様がパーティーでわたしの断罪を行おうとしている情報は入手していた。
 彼はそれがローラント王国への宣戦布告になると分かっているのかしら?
 訴える予定の相手は隣国の王太子ですもの。外交問題になるのは必至だ。

 彼のことをお慕いしていた頃は見えなかったけれど、浅慮さや思い込みの激しいところがあるのを発見して、本当になんでこんな人のことが世界で一番素敵だと思っていたのだろう……って、不思議だわ。




「侯爵令嬢、久し振り」と、レイはこちらに目を向ける。

「ご機嫌よう、レイモンド王太子殿下」わたしは教科書通りのカーテシーをした。「ローラント王国では大変お世話になりましたわ」

 思わず綻びそうになる口をキュッと引き締める。
 久し振りにレイに会えてとっても嬉しくて飛び上がりそうだったけど、歓喜する想いをギュッと圧縮して意識の下に閉じ込めた。……今は我慢よ、オディール。

「とんでもない。私も有意義な時間が過ごせて良かったよ」

「恐れ入りますわ、殿下」

「私からも礼を言わせていただきます。婚約者がとてもお世話になったと伺っております。彼女がご無礼を働いていないと良いのですが」

「いやいや、謙遜はよしてくれ。貴公の婚約者は立派な淑女だな。我が国の令嬢たちにも見習って欲しいくらいだ。素晴らしい婚約者で羨ましいよ」

「そっ、そうですか……。それは良かった」

 アンドレイ様は少し目を見開いて驚きの表情でわたしを見た。
 この女のどこが立派だ……とでも思っているのかしら。彼からのわたしの評価はすこぶる低いので、そう思われても仕方がないかもしれないわね。


 簡単な挨拶が終わるとアンドレイ様が先導して王太子殿下を滞在先のゴルコンダの間へと案内を始める。
 わたしはルーセル公爵令息と並んで二人の後ろに控えるのだけど――、

「変なドレス……ぷぷっ」

 レイが擦れ違いざまにわたしにしか聞こえないくらいの小声で呟いた。目を剥いて彼を見るとニヤニヤと意地悪そうに笑っている。
 思わず彼を睨み付けた。するとフイッとわざとらしく視線を逸らされる。
 わたしたちの一瞬のやり取りに気付いた様子の公爵令息が、両手を合わせて目線で「ごめん」と訴えて来る。

 変なドレスなのは自分が一番分かっているわよ!

 ……と、叫びたい気分になったが、ぐっと堪える。
 今日のわたしのドレスは婚約者の大好きなピンクのパステルカラーで、リボンとフリルをふんだんに使って、少女趣味のようなそれはもう可愛らしい姿だ。きっとナージャ子爵令嬢だったらよくお似合いでしょうね。

 せめてもの抵抗でサーモンピンク系の多少は落ち着いた雰囲気のドレスにしたのだけれど……やっぱりわたしには似合わなかった。でも、婚約者を油断させるためにも今まで通りのオディールでいろ、って言われているんだから仕方ないじゃない。
 って言うか、レイがそうしろって言い出したのに、なによ、あの態度。本当に腹が立つわ! 久し振りに再会した喜びも吹き飛んじゃった。



「では、私たちはこれで。式典までどうぞごゆるりと」

「ありがとう。明日は楽しみにしているよ」

 ゴルコンダの間に王太子一行を案内して、わたしたちは辞去した。
 本当はレイともっと話したいのだけれど、彼は隣国の王太子でわたしは王子の婚約者。そんなこと、許されないわよね……。

「ご機嫌よう、王太子殿下」

 名残惜しさをそっと遠くへ放り投げて、わたしは丁寧にカーテシーをした。
 本当はもっとレイと話したい。あのときみたいに手を握って欲しい。あのときみたいに強く抱き締めて欲しい――……そんな想いを胸に抱えながら静々とアンドレイ様のあとに続いた。

 駄目よね、わたしは今はまだアングラレス王国王子の婚約者。そんなことをやったら、それこそ本当に不貞になってしまう。アンドレイ様の思う壺だわ。

 でも、もうレイへの気持ちが止められそうにない。彼と離れてからこの想いはどんどん大きくなってしまう。そのうち膨れすぎて破裂して潰れてしまいそう。

 わたしは、どうすればいいの?
 彼が言っていた「君の好きなことを一緒にやろう」という言葉を、信じていいのよね……?



「残らなくて良かったのか?」

 王子執務室に戻ると出し抜けにアンドレイ様が訊いてきた。

「えっ……と、どういうことでしょう?」

 わたしは平静を装いながら首を傾げた。
 自分の心を読まれたのかと、心臓がドキリと跳び上がりそうになる。

「ほら、例の……」彼は声を潜める。「籠絡の仕上げだ。色仕掛けでもやったらどうだ?」

「あぁ……」わたしは軽く息を吐いて「婚約者の前でそんな愚かな行動は起こせませんことよ?」

「それもそうだな」と、アンドレイ様はふっと笑った。

 殿下こそ恋人の元へ行かなくてよいのですか……と聞きたくなるのを呑み込んで、

「では、わたしは当日の最終確認がありますので失礼いたしますわ」

「あぁ、明日は宜しく頼む」

「えぇ。最高の建国記念日にいたしましょう」と、わたしは素知らぬ顔でニコリと笑う。





◆  ◆  ◆




「今日のオディールは変なドレスだったな」レイモンドは側近と二人きりになるなりくつくつと笑った。「これまであんな妙ちくりんな格好をしてたのか。あはは」

「笑いごとじゃねぇっ!」と、フランソワは彼の眼前で大声を上げた。

 レイモンドは顔をしかめながら耳を塞いで、

「は? だって、おかしいだろう? まるで幼女が着るような愛らしいドレスだぞ? 美人な彼女には合っていないだろう」

「たしかにハッキリ言って侯爵令嬢に似合ってないが――って、違う! 外で彼女にちょっかいを出すなよ!」

「別に、あれくらい周囲にバレてないだろう」

「オレにはバッチリ聞こえたが!?」

 レイモンドは眉根を寄せて、

「フランソワはちょっと僕に近過ぎなんだよ。もっと離れてろよ」

「あれが適切な距離だ! いいか、侯爵令嬢はまだアンドレイ王子の婚約者なんだから馬鹿な真似はするなよ」

「分かってるよ」

「お前の双肩にはローラントの国民の命運が掛かっているんだぞ!?」

「……大丈夫だ。ちょとからかっただけだ。もう、しない。自重する」

「頼むぞ」

「はいはい」

 フランソワは為政者としてのレイモンドのことを信頼していた。だが我が主はジャニーヌ侯爵令嬢のこととなると、どうも暴走し始めるようだ。具体的に言うと、馬鹿になるのだ。
 これは側近である自分がしっかりと彼の手綱を握らなければ、と気を引き締める。

 一方、レイモンドは笑ってはいたものの、内心は物凄くつまらなかった。心臓にグサグサと棘が刺さった気分だった。
 オディールとアンドレイが二人並んだ姿を見ると、ムカムカした黒いものが腹の底から込み上がって来た。不愉快で仕方がない。早く……早くあの二人を引き剥がしたくてたまらなかった。

 会えない間にオディールへの想いは肥大するばかりで、本当は彼女を抱き締めたかった。
 だが、自分は隣国の王太子。愛する人を守るためにも今は我慢のときだと、何度も自身に言い聞かせていた。


 それぞれの思惑を抱えながら、短い夜はすぐに明ける……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。 2/26 番外編を投稿しました。 読んでいただけると嬉しいです。 思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。 とてもとてもありがとうございます!!   

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

処理中です...