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34 アンドレイとシモーヌ
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◆ ◆ ◆
「あの女が王太子の籠絡に成功したそうだ。軍隊に関する情報も引き出せたようだ」
アンドレイがくつくつと笑いながらオディールからの報告書をシモーヌに見せた。
「まぁ! 本当だわ……」彼女は驚きの表情でオディールの手紙を読む。「ここまでさせるなんて本当に愛されているのね、アンドレイは」
「そこは上手く調教が出来ている、と言って欲しいな」アンドレイは鼻で笑う。「あの女と愛し合うなんて反吐が出るよ」
「あっは! そんなことあの子に聞かれたら卒倒しちゃうわよ?」と、シモーヌもくすくすと嘲笑した。
「別にいいさ。俺はあの女にはうんざりなんだ」と、アンドレイは顔をしかめて吐き出すように言う。
アンドレイとオディールは政略結婚だ。しかも、アンドレイが生まれた一年後にオディールが誕生したその日から。そこに彼の選択の余地など皆無だった。
二人が初めて対面したのはアンドレイ6歳、オディール5歳のときだ。
彼が初めて彼女と会ったときの印象は――顔が可愛くない。
アンドレイはシモーヌのようなつぶらな瞳におちょぼ口、ふわふわして可愛らしい妖精のような雰囲気の容姿が好みだった。
対してオディールは切れ長の瞳に目鼻立ちもすっきりとして、男前とも形容できるような美人だ。
もう、その時点で彼の婚約者に対する興味は薄れてしまっていた。
その上で、オディールの素直すぎる性格だ。
彼女は父親から「殿下に従順あれ」と常に教育されていたせいで、アンドレイの言うことには絶対服従だった。
なにを言っても「はい、殿下」。そこに自身の感情なんてこれっぽちも映っていなくて、魂のない人形のようだとアンドレイは気味悪がった。
そんな彼女だから会話をしてもつまらない。いつしか、二人の間には会話という会話はなくなっていった。
婚約者同士の間にあるのは、彼から彼女への「命令」だけだった。
アンドレイが15歳のときにシモーヌと運命的な出会いを果たした。
彼がお忍びでカフェへ遊びに行ったときに、たまたま彼女が隣の席に座っていたのである。
その日、カフェでは超現実主義の芸術についての議論が起こっていた。平民の振りをしていた芸術好きな彼も勿論そこに参加していて、カフェは喧々諤々と白熱していた。
男たちが熱く語っているところに、ずっと黙りこくってお茶を飲んでいたシモーヌがすまし顔でポツリと一言発する。
「つまり、『私は何者か?』ということに全てが帰結するのよね」
彼女のなにげない発言にカフェ中が静まり返った。そして一拍して、わっと称賛の嵐に包まれる。彼女の言葉は的を射ていた。男たちは自分たちの議論がたった一言で片付けられたことに興奮していた。
同じく、アンドレイも彼女の何の気なしに放った言葉に驚きを隠せなかった。
なんだ、この変な女は。女のくせしてなかなか鋭い意見を言えるじゃないか。しかも、よく見るとなんて可憐な……。
彼は急激に隣の席の彼女に興味を抱き、その日はそれからずっと彼女と会話をした。二人はすぐに意気投合して、個人的に会うようになった。
シモーヌは自分の意思をしっかりと持っている人間で、アンドレイに対して物怖じせずに意見をズケズケ言うし、貴族令嬢なのに悪い遊びも知っている。
また、オディールのように後ろに控えるのではなく、彼の隣に並んで立つような骨のある女性だった。
ついに彼が自分は王子だと告白しても「あら、そう。ところで、今度の展覧会だけど……」と、気にも留めない様子で、幼少の頃から高貴な身分に持て囃されていた彼を驚愕させた。
ほどなくして、二人は愛し合うようになった。
アンドレイはもともと個人的に美術品に関する黒い事業を行っていたが、シモーヌと出会ったことによって拍車がかかる。
ナージャ子爵家は禁止薬物の密輸や娼婦の売買、悪魔崇拝の祭儀の運営など、彼を凌駕する黒い商売を行っていた。そこに王子も加わって、抜け出せない底なし沼のような混沌とした絡み合いが出来上がっていったのだ。
「ねぇ、ダイヤモンドはどうするの? いつ攻めに行くつもり? あたし、早くダイヤのお風呂に入りたいわ」と、シモーヌはアンドレイに抱き着いた。
彼は恋人の頭を優しく撫でながら、
「まぁ、待て。あの女が王太子の籠絡に成功した以上、まずはローラント王国に慰謝料として鉱山を請求しようと思うのだ」
「あら、いいじゃない! 戦わずして勝つ、ね」
「あぁ。そして拒否をされたら直ちに攻め込む。向こうの戦備が出来ていない内にな」
「わお! 用意周到!」
「我が国の建国記念の式典に王太子が来賓するそうだ。ショーの開演はそのときだな」
「面白そうね。観客として楽しみにしているわ」
「君は出演者だろう? しかも主演女優だ」
「あら? あたし、お芝居はあまり得意じゃないわ」
「大丈夫だ。台本は俺が描く。君は俺の側にいてくれればいい。あの女が無様に婚約破棄をされる瞬間を、俺の隣で嘲笑ってやってくれ」
二人はキスをする。深く、深く……。
「あの女が王太子の籠絡に成功したそうだ。軍隊に関する情報も引き出せたようだ」
アンドレイがくつくつと笑いながらオディールからの報告書をシモーヌに見せた。
「まぁ! 本当だわ……」彼女は驚きの表情でオディールの手紙を読む。「ここまでさせるなんて本当に愛されているのね、アンドレイは」
「そこは上手く調教が出来ている、と言って欲しいな」アンドレイは鼻で笑う。「あの女と愛し合うなんて反吐が出るよ」
「あっは! そんなことあの子に聞かれたら卒倒しちゃうわよ?」と、シモーヌもくすくすと嘲笑した。
「別にいいさ。俺はあの女にはうんざりなんだ」と、アンドレイは顔をしかめて吐き出すように言う。
アンドレイとオディールは政略結婚だ。しかも、アンドレイが生まれた一年後にオディールが誕生したその日から。そこに彼の選択の余地など皆無だった。
二人が初めて対面したのはアンドレイ6歳、オディール5歳のときだ。
彼が初めて彼女と会ったときの印象は――顔が可愛くない。
アンドレイはシモーヌのようなつぶらな瞳におちょぼ口、ふわふわして可愛らしい妖精のような雰囲気の容姿が好みだった。
対してオディールは切れ長の瞳に目鼻立ちもすっきりとして、男前とも形容できるような美人だ。
もう、その時点で彼の婚約者に対する興味は薄れてしまっていた。
その上で、オディールの素直すぎる性格だ。
彼女は父親から「殿下に従順あれ」と常に教育されていたせいで、アンドレイの言うことには絶対服従だった。
なにを言っても「はい、殿下」。そこに自身の感情なんてこれっぽちも映っていなくて、魂のない人形のようだとアンドレイは気味悪がった。
そんな彼女だから会話をしてもつまらない。いつしか、二人の間には会話という会話はなくなっていった。
婚約者同士の間にあるのは、彼から彼女への「命令」だけだった。
アンドレイが15歳のときにシモーヌと運命的な出会いを果たした。
彼がお忍びでカフェへ遊びに行ったときに、たまたま彼女が隣の席に座っていたのである。
その日、カフェでは超現実主義の芸術についての議論が起こっていた。平民の振りをしていた芸術好きな彼も勿論そこに参加していて、カフェは喧々諤々と白熱していた。
男たちが熱く語っているところに、ずっと黙りこくってお茶を飲んでいたシモーヌがすまし顔でポツリと一言発する。
「つまり、『私は何者か?』ということに全てが帰結するのよね」
彼女のなにげない発言にカフェ中が静まり返った。そして一拍して、わっと称賛の嵐に包まれる。彼女の言葉は的を射ていた。男たちは自分たちの議論がたった一言で片付けられたことに興奮していた。
同じく、アンドレイも彼女の何の気なしに放った言葉に驚きを隠せなかった。
なんだ、この変な女は。女のくせしてなかなか鋭い意見を言えるじゃないか。しかも、よく見るとなんて可憐な……。
彼は急激に隣の席の彼女に興味を抱き、その日はそれからずっと彼女と会話をした。二人はすぐに意気投合して、個人的に会うようになった。
シモーヌは自分の意思をしっかりと持っている人間で、アンドレイに対して物怖じせずに意見をズケズケ言うし、貴族令嬢なのに悪い遊びも知っている。
また、オディールのように後ろに控えるのではなく、彼の隣に並んで立つような骨のある女性だった。
ついに彼が自分は王子だと告白しても「あら、そう。ところで、今度の展覧会だけど……」と、気にも留めない様子で、幼少の頃から高貴な身分に持て囃されていた彼を驚愕させた。
ほどなくして、二人は愛し合うようになった。
アンドレイはもともと個人的に美術品に関する黒い事業を行っていたが、シモーヌと出会ったことによって拍車がかかる。
ナージャ子爵家は禁止薬物の密輸や娼婦の売買、悪魔崇拝の祭儀の運営など、彼を凌駕する黒い商売を行っていた。そこに王子も加わって、抜け出せない底なし沼のような混沌とした絡み合いが出来上がっていったのだ。
「ねぇ、ダイヤモンドはどうするの? いつ攻めに行くつもり? あたし、早くダイヤのお風呂に入りたいわ」と、シモーヌはアンドレイに抱き着いた。
彼は恋人の頭を優しく撫でながら、
「まぁ、待て。あの女が王太子の籠絡に成功した以上、まずはローラント王国に慰謝料として鉱山を請求しようと思うのだ」
「あら、いいじゃない! 戦わずして勝つ、ね」
「あぁ。そして拒否をされたら直ちに攻め込む。向こうの戦備が出来ていない内にな」
「わお! 用意周到!」
「我が国の建国記念の式典に王太子が来賓するそうだ。ショーの開演はそのときだな」
「面白そうね。観客として楽しみにしているわ」
「君は出演者だろう? しかも主演女優だ」
「あら? あたし、お芝居はあまり得意じゃないわ」
「大丈夫だ。台本は俺が描く。君は俺の側にいてくれればいい。あの女が無様に婚約破棄をされる瞬間を、俺の隣で嘲笑ってやってくれ」
二人はキスをする。深く、深く……。
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