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31 令嬢嫌いの王子様①
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「お嬢様っ!」
「オディール! 無事で良かったわぁっ!!」
気が付くと、見知らぬシャンデリアが静かにわたしを見下ろしていた。右手側にはガブリエラさんとアンナが心配そうな顔をしてこちらを見つめている。
「ここ、は……?」
まだ朦朧とした意識の中で、視線だけを二人に送る。
「ここは王宮の貴賓室よ。あなた、暗殺者に襲われて倒れたの。もうっ、無理しちゃって……」と、ガブリエラさんが涙ぐみながらわたしの頬を撫でた。
「ごめんなさい……王太子殿下のお茶会を駄目にしたらいけないと思って……」
「本当にあなたはっ……なんでいつもそんなに自己犠牲的なのかしら……!」
ガブリエラさんの話によると、あの「異物」は帝国からの刺客だったらしく、わたしは彼に頭を激しく殴られて弾みでテーブルに打ち付けて気を失ったそうだ。
今はもう夕方になっていて、怪我の経過も見たいとのことで今日は王宮に泊まることになったみたい。
お茶会はすぐに解散になったらしい。令嬢たちに怪我はなかったみたいで一安心だわ。
もちろん、標的だった王太子殿下も――、
「そうだわっ……レ――王太子殿下は?」
不透明な意識からはっと我に返る。そう言えば、わたしが気絶をする直前にレイがやって来て先に倒れて……なぜ、怪我もしていない彼が卒倒するのかしら? それに、倒れる直前になにか言っていた気が……。
頭がズキンと痛んだ。駄目だわ、思い出せない。
「侯爵令嬢、大丈夫か?」
そのとき、慌てた様子でルーセル公爵令息が部屋の中に入って来た。
そして、
「申し訳なかった!」
わたしの前で深々と頭を下げた。
「公爵令息様、頭をお上げください!」
「いや、完全にこちら側の不手際だ。帝国からの刺客の侵入を許してしまい、あまつさえ貴人であるあなたに怪我を負わせてしまった……。本当に済まなかった……!」
「いえ、わたしが単独で動いたことにも非の一端はありますので……。こちらこそ、勝手な真似をして申し訳ありませんでした」
「いや、侯爵令嬢に非はないさ。後日、アングラレス王国にも国として正式に陳謝するつもりだ」
「そんなに事を大袈裟にしなくても宜しいのに……。暗殺なんて珍しくないですわ。わたしでさえ、過去に何度か襲われかけたことがありますし、王太子殿下なら日常茶飯事でしょう」
「それでもレイの気が済まないよ。あいつは酷くショックを受けているようだから」
「その……殿下は大丈夫なのですか? 倒れる直前にかなり取り乱しているように感じたのですが」
「あぁ、今は落ち着いている。心配掛けて悪いね。もうすぐこっちに来るから、話は直接あいつから――」
そのとき、扉をノックする音が聞こえてきた。
◆
貴賓室にはわたしとレイ、そしてルーセル公爵令息が壁際で待機していた。わたしはベッドで上半身を起こした状態で、レイは目の前に置かれた椅子に腰掛けている。
しばらくの間わたしたちは静寂に身を包み、なんと話を切り出そうかと二人して目を泳がせていた。
「オディール……」
ややあって、レイがわたしの名前を静かに呼ぶ。目の前に現れた彼は顔面蒼白で、事件からちょっとしか時間が経っていないのに酷くやつれて見えた。
「レイ、大丈夫なの? お顔の色が……」と、わたしは慌てて口ごもっている彼に問い掛けた。
「……あぁ、僕は問題ない。君のほうこそ怪我は?」
「わたしは特に身体に問題ないそうよ。少し打撲と切り傷があるから、しばらくは安静にしておくようにとは言われたけど、身体に痕は残らないみたいだし……その、元気よ」と、わたしは笑ってみせる。気落ちしている彼を少しでも力付けたかった。
「そうか……。今回のことは本当に済まなかった……申し訳ないっ……!」
「気にしないで。むしろ謝るのはこちらのほうだわ。わたしが独断で行動したのも悪かったから」
レイは頭を振る。
「いや、王宮の警備を怠った自分の落ち度だ……。もし君になにかあったかと思うと、僕は……っっ…………!」
彼の組んでいた両腕が微かに震えていた。
「レイ、あのときも取り乱していたけど……過去になにかあったの?」
わたしは、意を決してレイに尋ねた。あのときの状況から鑑みると、きっと彼にとって聞かれたくもない嫌な思い出なのだろうとは思う。
でも……もっと彼のことが知りたくて、自分の気持ちを抑えられなかった。
わたしのことを親友だと言ってくれて、ヴェルを通して陰で励ましてくれて……生まれて初めてわたしのことを褒めてくれた彼の力になりたいと、心から思ったのだ。
「っつ……」
レイは一瞬目を見開いて、悲痛な表情を浮かべた。それは、いつもの飄々とした彼とは掛け離れた、泣いている子供のような痛々しい様相だった。
「あ……話したくないのなら――」
「僕のせいで」
レイはまっすぐにわたしの瞳を見る。濁ったような悲しみが彼の紅い瞳を覆っていた。
彼は一呼吸してから呟く。
「僕のせいで……二人の令嬢が…………命を落としたんだ」
「オディール! 無事で良かったわぁっ!!」
気が付くと、見知らぬシャンデリアが静かにわたしを見下ろしていた。右手側にはガブリエラさんとアンナが心配そうな顔をしてこちらを見つめている。
「ここ、は……?」
まだ朦朧とした意識の中で、視線だけを二人に送る。
「ここは王宮の貴賓室よ。あなた、暗殺者に襲われて倒れたの。もうっ、無理しちゃって……」と、ガブリエラさんが涙ぐみながらわたしの頬を撫でた。
「ごめんなさい……王太子殿下のお茶会を駄目にしたらいけないと思って……」
「本当にあなたはっ……なんでいつもそんなに自己犠牲的なのかしら……!」
ガブリエラさんの話によると、あの「異物」は帝国からの刺客だったらしく、わたしは彼に頭を激しく殴られて弾みでテーブルに打ち付けて気を失ったそうだ。
今はもう夕方になっていて、怪我の経過も見たいとのことで今日は王宮に泊まることになったみたい。
お茶会はすぐに解散になったらしい。令嬢たちに怪我はなかったみたいで一安心だわ。
もちろん、標的だった王太子殿下も――、
「そうだわっ……レ――王太子殿下は?」
不透明な意識からはっと我に返る。そう言えば、わたしが気絶をする直前にレイがやって来て先に倒れて……なぜ、怪我もしていない彼が卒倒するのかしら? それに、倒れる直前になにか言っていた気が……。
頭がズキンと痛んだ。駄目だわ、思い出せない。
「侯爵令嬢、大丈夫か?」
そのとき、慌てた様子でルーセル公爵令息が部屋の中に入って来た。
そして、
「申し訳なかった!」
わたしの前で深々と頭を下げた。
「公爵令息様、頭をお上げください!」
「いや、完全にこちら側の不手際だ。帝国からの刺客の侵入を許してしまい、あまつさえ貴人であるあなたに怪我を負わせてしまった……。本当に済まなかった……!」
「いえ、わたしが単独で動いたことにも非の一端はありますので……。こちらこそ、勝手な真似をして申し訳ありませんでした」
「いや、侯爵令嬢に非はないさ。後日、アングラレス王国にも国として正式に陳謝するつもりだ」
「そんなに事を大袈裟にしなくても宜しいのに……。暗殺なんて珍しくないですわ。わたしでさえ、過去に何度か襲われかけたことがありますし、王太子殿下なら日常茶飯事でしょう」
「それでもレイの気が済まないよ。あいつは酷くショックを受けているようだから」
「その……殿下は大丈夫なのですか? 倒れる直前にかなり取り乱しているように感じたのですが」
「あぁ、今は落ち着いている。心配掛けて悪いね。もうすぐこっちに来るから、話は直接あいつから――」
そのとき、扉をノックする音が聞こえてきた。
◆
貴賓室にはわたしとレイ、そしてルーセル公爵令息が壁際で待機していた。わたしはベッドで上半身を起こした状態で、レイは目の前に置かれた椅子に腰掛けている。
しばらくの間わたしたちは静寂に身を包み、なんと話を切り出そうかと二人して目を泳がせていた。
「オディール……」
ややあって、レイがわたしの名前を静かに呼ぶ。目の前に現れた彼は顔面蒼白で、事件からちょっとしか時間が経っていないのに酷くやつれて見えた。
「レイ、大丈夫なの? お顔の色が……」と、わたしは慌てて口ごもっている彼に問い掛けた。
「……あぁ、僕は問題ない。君のほうこそ怪我は?」
「わたしは特に身体に問題ないそうよ。少し打撲と切り傷があるから、しばらくは安静にしておくようにとは言われたけど、身体に痕は残らないみたいだし……その、元気よ」と、わたしは笑ってみせる。気落ちしている彼を少しでも力付けたかった。
「そうか……。今回のことは本当に済まなかった……申し訳ないっ……!」
「気にしないで。むしろ謝るのはこちらのほうだわ。わたしが独断で行動したのも悪かったから」
レイは頭を振る。
「いや、王宮の警備を怠った自分の落ち度だ……。もし君になにかあったかと思うと、僕は……っっ…………!」
彼の組んでいた両腕が微かに震えていた。
「レイ、あのときも取り乱していたけど……過去になにかあったの?」
わたしは、意を決してレイに尋ねた。あのときの状況から鑑みると、きっと彼にとって聞かれたくもない嫌な思い出なのだろうとは思う。
でも……もっと彼のことが知りたくて、自分の気持ちを抑えられなかった。
わたしのことを親友だと言ってくれて、ヴェルを通して陰で励ましてくれて……生まれて初めてわたしのことを褒めてくれた彼の力になりたいと、心から思ったのだ。
「っつ……」
レイは一瞬目を見開いて、悲痛な表情を浮かべた。それは、いつもの飄々とした彼とは掛け離れた、泣いている子供のような痛々しい様相だった。
「あ……話したくないのなら――」
「僕のせいで」
レイはまっすぐにわたしの瞳を見る。濁ったような悲しみが彼の紅い瞳を覆っていた。
彼は一呼吸してから呟く。
「僕のせいで……二人の令嬢が…………命を落としたんだ」
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