【完結】婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜

あまぞらりゅう

文字の大きさ
上 下
27 / 47

26 優美な死骸

しおりを挟む
 わたしはがっくりと頭を垂れた。驚愕と怒りと呆れ果てて、ぷるぷると肩を震わせる。

 またしても……またしても、またしてもっ…………!
 
 本当になんなのよ、この人はっ!!

 
「ははははっ! 驚いたか!」

 レイはいつもの飄々とした雰囲気に戻って、王族らしからぬ様子でゲラゲラと声を出して笑っていた。
 途端にムカムカと腹が立ってきた。顔を上げて、貫くような目線を送る。

 彼はわたしの怒りの視線などお構いなしに子供のように瞳を輝かせて、

「オディール嬢は絶対ここに来ると思ったんだ。なぁ、驚いた? 驚いた?」

「その辺にしておけ。侯爵令嬢が怒ってるじゃねぇか」

 向かって左側にいる金髪の男性が大きなため息をついた。そしておもむろに仮面を外すと――、

「フランソワ・ルーセル公爵令息様!?」

 それは王太子の側近の公爵令息だった。
 彼とは一度だけ王太子殿下との面会の要請をしにお会いしたことがあったけど、そのときとは打って変わってリラックスしていて砕けた雰囲気だ。

「久し振り、侯爵令嬢。いつもこいつが迷惑かけて悪いね」

「い、いえ……まぁ……そうですわね…………」

 わたしは思わず首肯した。これまでのレイからの仕打ちを思うと「そんなことないですわ」なんて上辺でも言えるわけがない。

 彼は声を出して笑う。

「だよな」

「おれも同意見だ」

 今度は右隣の男性が深く被っていたフードを上げた。
 こちらは初めて見る顔だ。茶色い髪に茶色い瞳、レイやルーセル公爵令息に比べると地味な印象だけど、精悍な顔立ちだ。

「初めまして、侯爵令嬢。おれはジャン・リヨネー。伯爵家の者だ。この古美術店のオーナーで『優美な死骸』の表向きのリーダーだ、よろしくな」

「ご機嫌よう、リヨネー伯爵令息様。わたくしはジャニーヌ侯爵の娘、オディールですわ。あの、表向き、とはどういうことでしょう?」

「あぁ、見ての通りおれたちの真のボスはレイモンド王太子殿下だ。今も偉そうにふんぞり返って座っているだろう?」

「誰が偉そうだよ」

 レイがムッとして尋ねると、

「「レイ」」

 二人が声を揃えて答えた。

「三人は仲が宜しいのですね?」と、わたしはくすりと笑う。傍から見ていてなんだか微笑ましい関係だわ。

「おれたちはガキの頃からの腐れ縁なんだ」とリヨネー伯爵令息。

「そうそう。子供の頃からレイに振り回されていたんだよ」と、ルーセル公爵令息が肩をすくめる。

「そう……でしょうね」と、わたしは苦笑いをした。レイと知り合ってまだ日が浅いわたしでも彼の言動に辟易しているのに、お二人はさぞかしご苦労したことでしょうね。

 チラリとレイを見やると、まだしかめっ面をしたままだった。



「ところで、王宮にも諜報機関があるのに、なぜ別の個人機関を?」

 わたしは首を傾げる。わざわざ二つも同じ目的の機関を設立する理由が皆目見当がつかなかった。

「オディール嬢。情報を収集する際に重要なことはなんだと思う?」と、出し抜けにレイが問いかける。

「えっ……と。正確さ、かしら?」

「そう。それと、スピードだ」

「あっ、たしかに」

 レイは頷いて、

「手札は多いほうがいい。日夜、帝国の脅威に晒されている我々にとっては情報源というものは生命線だ。どんな小さな沙汰も絶対に取り零すことがあってはならない。だから、より早くより正確に。その為に、一つの情報を得るにしても多方面から攻めるようにしているんだよ。ま、ここは非公式だけどね」

「そうなのね。だからわたしのことも色々知っていたのね。凄いわね……」

 素直に彼を尊敬した。普段はおちゃらけている人だけど、国のために表からも陰からも支えているのね。
 ダイヤモンド鉱山でも坑夫たちから慕われていたし、王子としては素晴らしい人徳の持ち主なのかも。

 つい……アンドレイ様と比較してしまう。彼は誰よりも優秀で素敵な王子なのだとずっと思っていたけど………………、
 
 ――と、そこまで考えてわたしは耳を塞いだ。キンと金属音のような不快な音が頭に響く。

 駄目……人と人を比較するなんて下品なことをしたらいけないわ。ましてや婚約者と他の殿方をなんて。わたしったら、なんて最低な人間なのかしら。


「――ちなみに」

 リヨネー伯爵令息の声で、わたしは我に返る。

「組織を立ち上げたのは実質レイなんだけど、おれたち『優美な死骸』は王家とは関係のない独立した機関だ。だからモットーは公正・中立・信頼。依頼人のことは絶対に口外しないし、犯罪にも加担しない。仮に王家の不正を調査しろって言われてたら徹底的に調べるぜ」

「不正なんてやってないが」

「もちろん、罪をでっち上げることも絶対にない」

「……分かりましたわ」わたしは頷く。「では、改めてあなた方に依頼をお願いしたいのです。どうか、アンドレイ王子殿下の身辺について調べていただけないでしょうか?」

「理由は?」

 レイがじっとわたしの瞳を見据える。その紅い双眸ににわかに炎が宿ったようで、トンと胸を突かれたように感じだ。

「り、理由……? えっ……と……」

 わたしは困惑して口ごもった。理由なんてない。ただ、アンドレイ様と…………シモーヌ・ナージャ子爵令嬢のことを知りたいだけ。

「特に、ないわ。ただ……違法競売の件が気になっただけよ」

「僕たちは依頼人に真実を教えている。その依頼人が嘘をついているのなら仕事は拒否するだけだ」

「わたし、嘘なんて――」

「君は本当に妃教育でこっちに来たのか? 残酷なことを言うが、君の婚約者は君のことを大切にしていないようだな。まるでどうでもいい安物の玩具を使い捨てているようだ」

「ちっ……ちが…………」

 息が詰まる。

 違う。違うわ。そうじゃない。
 わたしは生まれたときから彼の婚約者だから、その責務を果たしているだけよ。
 使い捨てなんかじゃ――……。

「レ、レイ、やめろ! なにを言っているんだ。侯爵令嬢が可哀想だろう」

「フランソワの言う通りだ。令嬢に対してそんな酷な言い方はない」

 公爵令息と伯爵令息が慌てた様子でレイを諌めるが、彼は燃えるような視線をわたしに投げたままだ。

「僕たちは依頼人とは信頼関係がなければ仕事は受けない。オディール嬢、君はなぜ、この国に来たんだ? なにをしに来たんだ?」

「わっ……わたしは…………」

 追い詰められたように、じりじりと後ずさる。
 考えたくないのに、レイは容赦なくわたしの心の亀裂を覗き込んで来るのだ。


 嫌………………、


 そのとき、にわかに自分の中の張り詰めたものがプツリと切れた。

 細くて、頼りない糸。
 でも、それは、わたしだけの特別なプライドだった。


 絶対に口にしてはいけない言葉が自然と身体から溢れ出す。


「わたしは…………アンドレイ様に婚約破棄をされそうなの……………………」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?

ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。 だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。 これからは好き勝手やらせてもらいますわ。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

【完結】政略結婚はお断り致します!

かまり
恋愛
公爵令嬢アイリスは、悪い噂が立つ4歳年上のカイル王子との婚約が嫌で逃げ出し、森の奥の小さな山小屋でひっそりと一人暮らしを始めて1年が経っていた。 ある日、そこに見知らぬ男性が傷を追ってやってくる。 その男性は何かよっぽどのことがあったのか記憶を無くしていた… 帰るところもわからないその男性と、1人暮らしが寂しかったアイリスは、その山小屋で共同生活を始め、急速に2人の距離は近づいていく。 一方、幼い頃にアイリスと交わした結婚の約束を胸に抱えたまま、長い間出征に出ることになったカイル王子は、帰ったら結婚しようと思っていたのに、 戦争から戻って婚約の話が決まる直前に、そんな約束をすっかり忘れたアイリスが婚約を嫌がって逃げてしまったと知らされる。 しかし、王子には嫌われている原因となっている噂の誤解を解いて気持ちを伝えられない理由があった。 山小屋の彼とアイリスはどうなるのか… カイル王子はアイリスの誤解を解いて結婚できるのか… アイリスは、本当に心から好きだと思える人と結婚することができるのか… 『公爵令嬢』と『王子』が、それぞれ背負わされた宿命から抗い、幸せを勝ち取っていくサクセスラブストーリー。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...