【完結】婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜

あまぞらりゅう

文字の大きさ
上 下
24 / 47

23 最悪の出会い、あるいは最悪の再会②

しおりを挟む
 スカイヨン伯爵との挨拶回りが一通り終わった頃、さすがに疲労を感じたので人混みから離れようと思い、わたしはバルコニーまで移動した。
 ちなみに伯爵はローラント王国の令嬢たちに囲まれて、とんでもないことになっていた。


「ふぅ……疲れたわね」

 バルコニーからぼんやりと外を眺める。丁寧に整備された王宮の庭園はほのかに明かりが灯って、ほんわりと幻想的な雰囲気を醸し出していた。




 そのとき、


「よう、親友」

 出し抜けに人の神経を逆なでするような陽気な声が背後から聞こえてきた。
 ……ついに来たわね。

 わたしは振り返って、

 ――ゴンッ!

 レイの脛を思い切り蹴った。

「っいっっつっっ!」

 彼は声にならない悲鳴を上げながら脚を押さえる。

「チッ、折れなかったか」

「折るつもりだったのか!? っていうか、令嬢が舌打ちするな!」

「騙してたのね」と、わたしは彼をギロリと睨み付ける。

「君のほうが騙しているじゃないか。少なくとも僕は性別までは偽っていなかったぞ」

「王太子なんて聞いてない」

「僕も君が侯爵令嬢だなんて聞いていないが? 王太子を騙すなんてなんて酷い令嬢なんだ!」と、レイは大仰に両手を広げた。

「わたしは騙していたんじゃなくて、聞かれなかったから言わなかっただけよ」

「僕だって聞かれなかったぞ。そっちが勝手に高位貴族だって思い込んだんだろう?」

「だっ、だって……まさか鉱山なんかに王太子殿下がいらっしゃるなんて普通は思わないでしょう?」

「侯爵令嬢が鉱山にいるなんてもっと思わないよ」

「知ってたくせに」

「さぁ? どうかな?」

「ああ言えばこう言う」

「それはお互い様だろう」

「…………」

 わたしは下から突き上げるようにレイを強く睨め付けた。やっぱり最初から知っていて、わたしをからかって面白がっていたのね。

 レイは愉快そうに声を出して笑って、

「それで、侯爵令嬢様は次はどこに潜入するんだ? 教会? 商会? まさか王宮とか?」

「……どこまで知っているの?」と、わたしはおそるおそる尋ねた。

「妃教育の一環だってな。君も大変だな」

「ローラント王国にはこっちの情報は筒抜けなのね。……わたしのことは国として正式に抗議しないの?」

 わたしの行動は両国間の信頼を揺るがす行為だ。
 未来の王妃が間諜として直に潜り込んだのだ。最悪は処刑されるかもしれない。

 レイは目を丸くして、

「え? なんで?」

「なんでって……隣国の王妃になる人間が堂々と機密情報を盗みに来たのよ? 許されることじゃないわ」

「高位貴族の間諜なんて掃いて捨てるほどいる。それをいちいち糾問するなんて面倒なことはしない。それに我がローラント王国は、それくらいじゃ落ちないよ。言い方は悪いが、それこそたかが侯爵令嬢に国家の情報を持って行かれてもね」

「随分な自信ね」

「まぁな。うちは諜報には力を入れているんで」

「帝国に対抗するため?」

「かもな」

「そう」


「…………」
「…………」

 わたしたちはしばらくの間、黙ったまま景色を眺めた。ささくれ立った気分も夜に紛れて大分落ち着いてきた。
 軽快な音楽が鳴り響く室内とは打って変わって、外は静かだった。

「君は……」ややあってレイが口を開く。「本当の髪の色は金色なんだな」

「そうね。オディオのときは茶髪のかつらを被っていたものね」

「全然印象が違うな」

「あら、それって褒め言葉? オディオの姿はわたしの間諜の先生から教わったのよ。完全に平民の少年に成り切っていたでしょう?」と、わたしはしたり顔をする。

「そうだな。事前情報を得ていなかったら危うく騙されるところだったよ。ただの栄養状態の悪い少年だ、って」

「悪かったわね」

「いや…………」レイは一拍置いてから「本来の君は凄く綺麗だよ、オディール嬢」

「えっ……?」

 驚いて固まってしまった。みるみる頬が熱くなるのを感じる。

 容姿を褒められたのは初めてだ。わたしは他の令嬢より少し上背があって、目つきが悪いし雰囲気が怖くて近寄りがたいとよく言われていた。

 だから、綺麗だなんて……アンドレイ様からも一度も言われたことがないわ。
 全身がぞわぞわしだした。褒められることに慣れていないから。
 でも、ちょっと、嬉しい、かも……。

「あ……ありがとう……」

 ポツリとお礼を呟いた。
 一応、言っておかないとね。ま、とりあえずはね。


 レイは微かに眉を動かしてから、

「それで……その……そのドレスは君の趣味なのか?」と、遠慮がちに言った。

「それ、伯爵と侍女からも言われたわ」わたしは苦笑いをする。「婚約者がこういうデザインが好きなのよ。わたしは特になにも考えずに侯爵家が用意したドレスを着ているだけ。――それで、わたしにはもっと他のドレスのほうが似合うって言いたんでしょう?」

「お、おう……」

 レイは思っていたことを的中させられたからなのか、たじろいだ。

「お見通しなのよ」

「参ったな……。その、ここにいる間くらいは好きな格好をしたらどうだ? 王子も見ていないだろ」

「それも二人から言われたわ。次の休日にでも買い物に行くつもりよ」

「そうか。余計な口出しをして悪かったな。無礼だった。お節介だが、ドレスはレディーの鎧だから一番魅力的に見えるものを身に纏ったほうがいい。それに、なんだか今の君を見ていると色んなものに我慢しているように感じて、な」

「我慢……?」

 わたしは首を傾げる。レイの言うことがよく分からなかった。
 我慢? わたし、我慢しているのかしら? なにを? なにに?




「あっ、そうだった!」

 出し抜けにレイがポンの手を叩いた。
 そして、いつものニヤニヤと意地の悪い表情を浮かべる。
 ギクリと嫌な予感がした。ま、まだなにかあるの!?

「そう言えば、オディール・ジャニーヌ侯爵令嬢は僕にずっと面会を希望していたんだよな? ――で、なんか用?」

「はあぁぁっ!?」

 再び怒りが込み上げてきた。面会を断られていた日々を思い出してムカムカした感情が蓋を開けて押し上がってくる。
 なんなのよ、この人! なによ、このすっとぼけた言い方は!
 この調子じゃ、絶対面白半分で拒否をしていたんだわ。なんて性悪。

 レイは変わらずに小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。


 わたしはきっと彼を睨み付けた。

「べ、つ、に!」

 そのまま踵を返して、

「ではご機嫌よう、レイモンド王太子殿下」

 雑にカーテシーをしてバルコニーを離れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

【完結】政略結婚はお断り致します!

かまり
恋愛
公爵令嬢アイリスは、悪い噂が立つ4歳年上のカイル王子との婚約が嫌で逃げ出し、森の奥の小さな山小屋でひっそりと一人暮らしを始めて1年が経っていた。 ある日、そこに見知らぬ男性が傷を追ってやってくる。 その男性は何かよっぽどのことがあったのか記憶を無くしていた… 帰るところもわからないその男性と、1人暮らしが寂しかったアイリスは、その山小屋で共同生活を始め、急速に2人の距離は近づいていく。 一方、幼い頃にアイリスと交わした結婚の約束を胸に抱えたまま、長い間出征に出ることになったカイル王子は、帰ったら結婚しようと思っていたのに、 戦争から戻って婚約の話が決まる直前に、そんな約束をすっかり忘れたアイリスが婚約を嫌がって逃げてしまったと知らされる。 しかし、王子には嫌われている原因となっている噂の誤解を解いて気持ちを伝えられない理由があった。 山小屋の彼とアイリスはどうなるのか… カイル王子はアイリスの誤解を解いて結婚できるのか… アイリスは、本当に心から好きだと思える人と結婚することができるのか… 『公爵令嬢』と『王子』が、それぞれ背負わされた宿命から抗い、幸せを勝ち取っていくサクセスラブストーリー。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

処理中です...