【完結】婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜

あまぞらりゅう

文字の大きさ
上 下
21 / 47

20 これからのこと

しおりを挟む
 気が付くと、わたしはベッドの上に寝かされていた。

 ぼんやりと虚空を眺める。そこは見覚えのある天井だった。
 ……兵士の寮ってこんなに広々としていたかしら?
 まるで、ここは――、

「オディール! オディール!」

 聞き覚えのある無機質だけど可愛らしい声にはっと目が冴える。
 ここは、大使館のわたしの部屋!

 ヴェルがビュンとわたしの胸に飛び込んで来る。そして頭を押し付けるようにぐりぐりと擦り寄せてきた。わたしもほっとして、彼の体を優しく撫でる。

「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクドリョクカ ソレダケガトリエサ」

「ふふっ、そうね。心配してくれたの? ありがとう」

 わたしは思わず吹き出した。ヴェルはあの日以来たまに「真面目で努力家」と喋るようになったのだけど、時折ごちゃ混ぜになって変な単語を言うようになったのよね。


 わたしが目覚めたことは侍女を通じてスカイヨン伯爵に伝わって、大使館の方々が大勢駆け付けてくれた。
 侯爵家にいた頃は、高熱を出して寝込んでも家族は誰もお見舞いに来てくれなかったから、不思議な感覚だったわ。
 でも……嬉しい。賑やかのって楽しいかも。

 スカイヨン伯爵の話によると、わたしはレイの前で気絶してしまったらしい。
 そして兵士の寮に送られて、ガブリエラさんが伯爵に連絡して、すぐさま除隊手続きを済ませて秘密裏に大使館に運ばれたそうだ。
 それから、丸二日も寝込んでいたんですって。

 意気揚々と潜入捜査に入ったのに、こんな無様な結果になってしまって……更に周りにも迷惑を掛けてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 伯爵とガブリエラさんにはひたすら平身低頭で謝ったわ。
 二人とも「気にしないでいい」って言ってくれたけど、わたしは慚愧に堪えなかった。なんという失態かしら……。

 あと、一番迷惑を掛けたレイにも謝りたいのだけれど、もう見習い兵士の訓練場には顔を出していないみたいだし、王太子殿下直属の騎士団には平民のオディオがおいそれと近寄れないし……困ったわ。

 彼自身は高位貴族らしいから国内のどこかのパーティーで出会える可能性はあるけど、そのときに正体を明かすわけにはいかないし、もう一生オディオとしては彼に会えないのかな……。
 そう考えると、少し悲しくなった。



 そして…………、


 考えたくもないけど、一番の懸念はアンドレイ様の違法競売と…………ピンクダイヤの蝶々のブローチ。
 アンドレイ様が犯罪に関わっていること、そしてシモーヌ・ナージャ子爵令嬢に貴重な品を贈っていたこと……。この二つの事実は、わたしの心を抉るように深く深く苦しめた。

 本当……なのよね…………?

 アンドレイ様は正義感の強い方で、真面目で、いつも毅然としていて、わたしを正しい方向へ導いてくださるような素晴らしい方だ。わたしは出来損ないで令嬢としての基本もなっていないので、いつも彼から厳しい指導を受けていたわ。

 立派な淑女になってやがて王妃となって彼をお支えすることが、わたしの使命だった。お父様からも常にそう言われていた。
 彼はいつも正しくて、わたしはいつも間違っていて……彼の言うことは絶対で、彼が曲がった道に進むことなんてあり得なくて、彼はわたしの全てで…………。


 アンドレイ様からの贈り物はいつも花束だった。
 誕生日や節目のとき、更に互いに忙しくて中々お会いできないとき、いつも両手いっぱいの花束を贈ってくださっていた。
 とっても嬉しかったし、足手まといのわたしなんかを気遣ってくださって感謝していた。

 でも……贈り物を比較するなんて品のないことだけど、わたしはブローチなんて戴いたことは一度もない。手元に残るようなものは、一度も。


 ………………………………、




 そっか。








 わたしはスカイヨン伯爵から「仕事はいいのでしばらく安静にするように」と言われて、大人しく従うことにした。一人になって、ゆっくりと考えたかった。
 正直、アンドレイ様の意図が分からなかった。

 でも、彼に直接尋ねることなんて出来なかった。そんなの、怖くて出来ないわ。
 悶々とした気持ちは日を追うごとに膨れ上がって、モヤモヤとしたものがずっと私を包み込んでいた。

 レイモンド王太子殿下は違法競売の事件を追っているとレイが言っていた。王太子殿下はアンドレイ様のことを糾弾するつもりなのかしら?
 そうなると、アングラレス王国はどうなるの?

 考えれば考えるほど、暗い深淵に引き込まれてど壺にはまりそうで頭が痛くなる。でも、考えないで目をそらし続けるのはもっと良くないと思った。

 ここでは、わたしは自由。
 そして、諜報員。


 レイは「好きにすればいい」って言っていた。
 だから、自分の目で確かめたいと思った。
 たとえ、どんなに悲しい事実が待ち受けているとしても。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。

木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。 「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」 シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。 妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。 でも、それなら側妃でいいのではありませんか? どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...