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19 軍隊生活⑤ 〜疑惑のはじまり〜
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「……………………」
言葉が出なかった。
身体が強張って、辛うじて動く瞳だけで何度も何度もその文字を追った。
穴が開くくらい眺めても、そこに記されている文字は変わらない。
たしかに「アンドレイ・アングラレス」と書いてある。ご丁寧に「王子」の称号まで。
やっと落ち着いてきた心に再び鋭い棘が深く潜り込んでいく。頭が真っ白になって、気を失いそうになった。
アンドレイ様が違法競売を?
そんなの、信じられないわ。たしかに彼は美しい物を蒐集するのが趣味だけど、まさか犯罪に手を染めているなんて……。
だって、権力を持つ王族や高位貴族こそが一番法を順守しないといけないんじゃないの?
「なにか気になることでも?」
気が付くと、レイが隣に座っていた。じっとわたしの瞳を見つめている。
わたしは動揺を隠せずに、上擦った声で彼に聞いた。
「その……この、アンドレイ王子、って…………?」
「あぁ、アングラレス王国の王子だな。かなりの太客のようだ」と、レイはなんのけなしに答える。
「まっ、間違いないのか?」
わたしは縋るように彼の目を見た。
嘘であって欲しい。なにかの間違いでいて欲しい。
あんなに素晴らしいアンドレイ様が、そんなことをするはずがない。
しかし、レイのルビーのような紅い瞳は揺らがなかった。
「あぁ、間違いない。リストに載っている人物たちは、これまで我々が追っていた盗品情報と照らし合わせても合致する箇所が多い。まぁ、まだ完全にとは言えないから、追加調査が必要だけどな」
「じゃあ、アンドレイ王子は――」
「王子殿下はクロと言ってもいいな」と、レイはすかさず否定した。
刹那、絶望感がわたしの全身に伸し掛かる。それはあまりに重たくて、そのまま潰れてしまいそうだった。
「……過去の購入リストだ」彼は今度は別の書類を持ってくる。「これがアンドレイ王子の分」
「………………」
またしても頭がぐらりと揺れた。思いっきり殴られたみたいに、ガンガンとこめかみを突く。
そこにはアンドレイ様が購入した商品のリストがずらりと並べられていた。どれも、これも、彼の書斎や宝物庫で見たことのあるものばかりだ。
あの綺麗な絵画も、東方の珍しい茶器も……すべてが違法で手に入れたものだったのね。
「えっ……!」
クラクラする頭でリストを追っていると、気になる品が目についた。
ピンクダイヤモンドの蝶々のブローチ……?
脈がどくどくと激しくなるのを感じた。それは、嫌でも思い当たる節があるからだ。
なぜなら、そのブローチは……シモーヌ・ナージャ子爵令嬢がいつも身に着けているものだったのだ。
精緻な細工で、まるで本物の蝶々のように今にも飛び立ちそうなブローチ。淡いピンク色が、同じく淡いピンクブロンドの彼女の髪に見合って、とっても素敵だったのを覚えているわ。
以前「とっても素敵であなたによく似合うわね」と褒めたら、彼女は頬を染めながら「亡くなったお祖母様の形見なんです」って遠慮がちに言っていたっけ。
それが……盗品?
しかも、アンドレイ様が購入した…………?
限界がきた。
わたしの頭は無理矢理に物を詰められた鞄みたいに破裂しそうになって、次の瞬間、それらが急速にしぼんで消えていくように、わたしの意識は遠のいた。
言葉が出なかった。
身体が強張って、辛うじて動く瞳だけで何度も何度もその文字を追った。
穴が開くくらい眺めても、そこに記されている文字は変わらない。
たしかに「アンドレイ・アングラレス」と書いてある。ご丁寧に「王子」の称号まで。
やっと落ち着いてきた心に再び鋭い棘が深く潜り込んでいく。頭が真っ白になって、気を失いそうになった。
アンドレイ様が違法競売を?
そんなの、信じられないわ。たしかに彼は美しい物を蒐集するのが趣味だけど、まさか犯罪に手を染めているなんて……。
だって、権力を持つ王族や高位貴族こそが一番法を順守しないといけないんじゃないの?
「なにか気になることでも?」
気が付くと、レイが隣に座っていた。じっとわたしの瞳を見つめている。
わたしは動揺を隠せずに、上擦った声で彼に聞いた。
「その……この、アンドレイ王子、って…………?」
「あぁ、アングラレス王国の王子だな。かなりの太客のようだ」と、レイはなんのけなしに答える。
「まっ、間違いないのか?」
わたしは縋るように彼の目を見た。
嘘であって欲しい。なにかの間違いでいて欲しい。
あんなに素晴らしいアンドレイ様が、そんなことをするはずがない。
しかし、レイのルビーのような紅い瞳は揺らがなかった。
「あぁ、間違いない。リストに載っている人物たちは、これまで我々が追っていた盗品情報と照らし合わせても合致する箇所が多い。まぁ、まだ完全にとは言えないから、追加調査が必要だけどな」
「じゃあ、アンドレイ王子は――」
「王子殿下はクロと言ってもいいな」と、レイはすかさず否定した。
刹那、絶望感がわたしの全身に伸し掛かる。それはあまりに重たくて、そのまま潰れてしまいそうだった。
「……過去の購入リストだ」彼は今度は別の書類を持ってくる。「これがアンドレイ王子の分」
「………………」
またしても頭がぐらりと揺れた。思いっきり殴られたみたいに、ガンガンとこめかみを突く。
そこにはアンドレイ様が購入した商品のリストがずらりと並べられていた。どれも、これも、彼の書斎や宝物庫で見たことのあるものばかりだ。
あの綺麗な絵画も、東方の珍しい茶器も……すべてが違法で手に入れたものだったのね。
「えっ……!」
クラクラする頭でリストを追っていると、気になる品が目についた。
ピンクダイヤモンドの蝶々のブローチ……?
脈がどくどくと激しくなるのを感じた。それは、嫌でも思い当たる節があるからだ。
なぜなら、そのブローチは……シモーヌ・ナージャ子爵令嬢がいつも身に着けているものだったのだ。
精緻な細工で、まるで本物の蝶々のように今にも飛び立ちそうなブローチ。淡いピンク色が、同じく淡いピンクブロンドの彼女の髪に見合って、とっても素敵だったのを覚えているわ。
以前「とっても素敵であなたによく似合うわね」と褒めたら、彼女は頬を染めながら「亡くなったお祖母様の形見なんです」って遠慮がちに言っていたっけ。
それが……盗品?
しかも、アンドレイ様が購入した…………?
限界がきた。
わたしの頭は無理矢理に物を詰められた鞄みたいに破裂しそうになって、次の瞬間、それらが急速にしぼんで消えていくように、わたしの意識は遠のいた。
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