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16 軍隊生活② 〜予期せぬ再会〜
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「よう、親友! 奇遇だなぁ、こんなところで」
聞き覚えのあるその声に背筋が凍った。
「………………」
わたしは背後からの陽気な声音の問いかけの返事に窮して、振り返れずに硬直する。
な、なんで、彼がいるの? よりによって、なぜここに?
「おい、だんまりかよ」
これはもう逃げられないと、わたしは観念して振り返る。刹那、顔をしかめた。
やっぱり。
声の主は、案の定レイだったのだ。
わたしは内心動揺して心臓がバクバクしているのを悟られないように、平静を装う。
「や、やぁ。久し振りだな。オマエももう鉱山を出たんだな」
「あぁ。今は広く浅く、様々な場所を転々としているんだよ」
「……オマエの父親の方針で? 今もお忍びで?」
「まぁ、そんなところかな」
「そうか。貴族は大変だな」
気まずい空気がびゅうびゅうと、つむじ風のように渦巻いていた。
わたしはオドオドと視線を泳がせて、レイはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらこちらをじっと見ていた。
少しの沈黙のあと、彼が口火を切る。
「あっれぇ~っ? 宝石産業の商人になるんじゃなかっけーっ!?」
「っ……!」
来たわ。
彼の性格からして、絶対に言ってくると思った。
相変わらず意地の悪い人ね。なによ、この仰々しい言い方は。
と、とりあえず上手く言い訳をして、ここは乗り切らなければ……!
「あ、あぁ……。その……しょ、商人はオレには向いていないみたいでさ! だっ、だから、別の道を模索しよう、と…………」
我ながら苦しい言い訳に、わたしの声はだんだんと小さくなっていった。早く……早く、この場から逃げたい!
レイはまだニヤニヤと笑いながら、
「それで、今度は兵士、ねぇ?」
「けっ、計算が苦手だったんだよ……」
「鉱山の地図を作成したときの情熱はどこに行ったんだ?」
「……オレは熱しやすく冷めやすいんだ」
「へぇ~~~?」
「っつ…………!」
二の句が継げなかった。顔がみるみる上気していくのが分かる。正直、忸怩たる思いでいっぱいだった。
仮にわたしのでっち上げた話が本当だとしても、なんて根性なしの軽薄な人物なのかしら。
レイは地図作成の手伝いをしてくれたし、おまけに鉱山の内部資料まで持ってきてくれたし……穴があったら入りたい…………!
「わ……」やっと声を絞り出す。「悪かったよ……。オマエの善意を仇で返すような真似をして……その、ごめん…………」
「別にいいんじゃないか」
「えっ?」
彼の意外な返事に、わたしは目をぱちくりさせた。
「君が恥じることはないし、僕に遠慮することもない。君の人生なんだし、好きにしたらいい。自分で決めたことなんだから、堂々としていればいいんだ」
「……………………」
わたしは驚きのあまり、茫然自失と立ち尽くした。
一瞬、レイの言っている意味が分からなかった。だって、そんな言葉、他人から初めて言われたから。血の繋がった両親からも、一度も聞いたことがない。
だから彼の言葉の本質が、わたしには理解できなかったのだ。
わたしは生まれたときからアンドレイ様の婚約者で、生まれたときからその生涯を決められていて……それが、好きにしていいですって?
好きにする、ってどういうこと? 一体なにをすればいいの?
「軍隊でも一緒に頑張ろうぜ」
思考が停止して深く沈んでいたわたしは、レイの明るい声音で我に返った。
「うん……そうだな」と、わたしは力なく笑う。
「そうクヨクヨするなよ。僕もしばらくはここにいるからさ、二人で特訓をしよう。君は今、結構やばい状態なんだって?」
「えぇっ!?」
唐突に出てきた不穏な言葉に、目を剥いた。
えっ、それって、まさか……。
「教官が言っていたぞ。オディオは女みたいにひ弱だから炊事係に回そうか、って。まぁ、たしかに君は著しく体力がないからな」と、彼はくつくつと笑う。
「う、嘘だろ……」
愉快そうな彼とは対照的に、わたしは青ざめてヨロヨロと後ずさった。
そんな……困るわ! ローラント軍の情報を得るために潜入したのに、それじゃあ献立の情報しか得られないじゃない!
「まぁ、まだ大丈夫だよ」レイはニコリと笑う。「教官も君の根性のあるところは認めていたからさ」
「本当に大丈夫なんだな!? 首にならないっ!?」
必死のわたしはレイの胸ぐらを掴んで揺らす。
彼は振動に身を任せながら笑って答えた。
「大丈夫だって。僕からもオディオはやれば出来る男だって口添えしておいたからさ。僕と二人で特訓をして彼らを見返してやろう」
「レイ……!」
彼の優しさが胸にじんときて、思わずうるうると涙が滲む。
駄目だわ……人前で感情を露わにするなんて令嬢として恥ずかしいことなのに。ローラント王国に来てから人の優しさに感動しっぱなしで涙腺が脆くなってしまったみたい。
「ありがとう。これからよろしく」と、わたしたちは拳を突き合わせた。
それから、レイによる猛特訓が始まった。彼の指導はスカイヨン先生並みに厳しかったけど……っていうか、鬼教官より厳しいってどういうこと? ……諦めずに喰らい付いていったお陰で、辛うじて炊事場行きは免れたわ。
これで一安心。
聞き覚えのあるその声に背筋が凍った。
「………………」
わたしは背後からの陽気な声音の問いかけの返事に窮して、振り返れずに硬直する。
な、なんで、彼がいるの? よりによって、なぜここに?
「おい、だんまりかよ」
これはもう逃げられないと、わたしは観念して振り返る。刹那、顔をしかめた。
やっぱり。
声の主は、案の定レイだったのだ。
わたしは内心動揺して心臓がバクバクしているのを悟られないように、平静を装う。
「や、やぁ。久し振りだな。オマエももう鉱山を出たんだな」
「あぁ。今は広く浅く、様々な場所を転々としているんだよ」
「……オマエの父親の方針で? 今もお忍びで?」
「まぁ、そんなところかな」
「そうか。貴族は大変だな」
気まずい空気がびゅうびゅうと、つむじ風のように渦巻いていた。
わたしはオドオドと視線を泳がせて、レイはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらこちらをじっと見ていた。
少しの沈黙のあと、彼が口火を切る。
「あっれぇ~っ? 宝石産業の商人になるんじゃなかっけーっ!?」
「っ……!」
来たわ。
彼の性格からして、絶対に言ってくると思った。
相変わらず意地の悪い人ね。なによ、この仰々しい言い方は。
と、とりあえず上手く言い訳をして、ここは乗り切らなければ……!
「あ、あぁ……。その……しょ、商人はオレには向いていないみたいでさ! だっ、だから、別の道を模索しよう、と…………」
我ながら苦しい言い訳に、わたしの声はだんだんと小さくなっていった。早く……早く、この場から逃げたい!
レイはまだニヤニヤと笑いながら、
「それで、今度は兵士、ねぇ?」
「けっ、計算が苦手だったんだよ……」
「鉱山の地図を作成したときの情熱はどこに行ったんだ?」
「……オレは熱しやすく冷めやすいんだ」
「へぇ~~~?」
「っつ…………!」
二の句が継げなかった。顔がみるみる上気していくのが分かる。正直、忸怩たる思いでいっぱいだった。
仮にわたしのでっち上げた話が本当だとしても、なんて根性なしの軽薄な人物なのかしら。
レイは地図作成の手伝いをしてくれたし、おまけに鉱山の内部資料まで持ってきてくれたし……穴があったら入りたい…………!
「わ……」やっと声を絞り出す。「悪かったよ……。オマエの善意を仇で返すような真似をして……その、ごめん…………」
「別にいいんじゃないか」
「えっ?」
彼の意外な返事に、わたしは目をぱちくりさせた。
「君が恥じることはないし、僕に遠慮することもない。君の人生なんだし、好きにしたらいい。自分で決めたことなんだから、堂々としていればいいんだ」
「……………………」
わたしは驚きのあまり、茫然自失と立ち尽くした。
一瞬、レイの言っている意味が分からなかった。だって、そんな言葉、他人から初めて言われたから。血の繋がった両親からも、一度も聞いたことがない。
だから彼の言葉の本質が、わたしには理解できなかったのだ。
わたしは生まれたときからアンドレイ様の婚約者で、生まれたときからその生涯を決められていて……それが、好きにしていいですって?
好きにする、ってどういうこと? 一体なにをすればいいの?
「軍隊でも一緒に頑張ろうぜ」
思考が停止して深く沈んでいたわたしは、レイの明るい声音で我に返った。
「うん……そうだな」と、わたしは力なく笑う。
「そうクヨクヨするなよ。僕もしばらくはここにいるからさ、二人で特訓をしよう。君は今、結構やばい状態なんだって?」
「えぇっ!?」
唐突に出てきた不穏な言葉に、目を剥いた。
えっ、それって、まさか……。
「教官が言っていたぞ。オディオは女みたいにひ弱だから炊事係に回そうか、って。まぁ、たしかに君は著しく体力がないからな」と、彼はくつくつと笑う。
「う、嘘だろ……」
愉快そうな彼とは対照的に、わたしは青ざめてヨロヨロと後ずさった。
そんな……困るわ! ローラント軍の情報を得るために潜入したのに、それじゃあ献立の情報しか得られないじゃない!
「まぁ、まだ大丈夫だよ」レイはニコリと笑う。「教官も君の根性のあるところは認めていたからさ」
「本当に大丈夫なんだな!? 首にならないっ!?」
必死のわたしはレイの胸ぐらを掴んで揺らす。
彼は振動に身を任せながら笑って答えた。
「大丈夫だって。僕からもオディオはやれば出来る男だって口添えしておいたからさ。僕と二人で特訓をして彼らを見返してやろう」
「レイ……!」
彼の優しさが胸にじんときて、思わずうるうると涙が滲む。
駄目だわ……人前で感情を露わにするなんて令嬢として恥ずかしいことなのに。ローラント王国に来てから人の優しさに感動しっぱなしで涙腺が脆くなってしまったみたい。
「ありがとう。これからよろしく」と、わたしたちは拳を突き合わせた。
それから、レイによる猛特訓が始まった。彼の指導はスカイヨン先生並みに厳しかったけど……っていうか、鬼教官より厳しいってどういうこと? ……諦めずに喰らい付いていったお陰で、辛うじて炊事場行きは免れたわ。
これで一安心。
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