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10 ダイヤモンド鉱山④ 〜真夜中の探索者たち〜
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そろ~り、そろり……。
わたしは今、弱々しい光を放つカンテラを頼りに、誰もいない鉱山内をひたひたと歩いている。
辛い労働から開放された坑夫たちは睡眠という回復行為に励み、坑道は水を打ったように静まり返っていた。
時おり響く見張りの足音は、いつ来るか事前にガブリエラさんが調べてくれていたので、わたしはなんなく回避できた。
ダイヤモンド鉱山に来てから約半月。
始めはあまりの疲労で夜は倒れるようにベッドに潜り込んでいたけど、だんだんと仕事にも慣れて余裕ができた。なので鉱山の地図を作成すべく、一昨日から真夜中に探索をしている。
本当は管理人の部屋から既に完成された地図を拝借できれば良かったんだけど、あいにく固く鍵が掛かって厳重に警護されたその部屋には、近付くことさえできなかった。
仕方ないから、わたしは自身の脚で地図を作ろうと決意したのだ。
「ふぅ、今夜はこの辺にしておこうかしら」
地図作りは順調そのものだった。山の麓から始めて、そろそろ三合目に差し掛かろうとするところだ。
坑道や隠し部屋はもちろん、ローラント王国が使用している道具や技術力の情報も少しだけ手に入ったわ。
あとは地質や産出量などの具体的な数値が分かる資料が入手できたらいいんだけど……こればかりは難しいのよね。ガブリエラさんに管理人の部屋に侵入できないか探ってもらっているんだけど、どんなに色仕掛けをしても駄目みたい。
さて……、
わたしは自室へ戻ろうと踵を返した。
最近はまた疲労が蓄積しているみたいで、今晩はゆっくり休みたい。ガブリエラさんからも昼の仕事に支障が出たら元も子もないからほどほどにしなさい、と言われている。
わたしには時間がないので短期決戦でいきたかったけど、身体が壊れたらどうしようもないものね。
――それもこれも、最近来た新入りのレイのせいだ。
彼とは歳が近いからか執拗にわたしに付き纏ってきて、やたらめったら話し掛けてくるし、うるさいし、しつこいし……わたしは神経の先まで疲れ切っていたのだ。
もう彼の一言一言がわたしを苛つかせて来るのよね……。あれは絶対にわざとからかっているんだわ。
本当に腹が立つ!
あぁっ、彼の顔を思い出しただけでまた怒りが込み上げてきた。鬱憤が自身の足に伝わって、発散するように強く地面を踏みながら歩く。
早く帰って眠って忘れよう――、
「おっと、危ない」
「えっ!?」
何者かに腕を掴まれてはっと我に返ると、わたしの足元には深い闇が広がって、パラパラと石が暗黒に吸い込まれていた。冷や汗が出る。あのまま考え事をして前を見ずに進んでいたらと思うと……ぞっと背筋が凍った。
「気を付けろよ。ただでさえ鉱山内は危険なんだから」
「あ……ありがと――げっ、レイ!?」
わたしは目を見張る。目の前には、さっきまで自身の思考の中心にあった人物が立っていたのだ。
「なっ……な、な…………」
わたしは言葉が出ずに、思わず後ずさりをする。
な、なんで、彼がここにいるのっ!?
「落ちるぞ」
「っ……!」
振り返ると、またもや深淵の闇がわたしを待ち受けていた。落ちまいとその場に踏ん張る。
想定外の人物との遭遇に動転して、息が詰まって未だに言葉を発することができない。ただオロオロと彼を見るだけだ。
一拍して先に口火を切ったのはレイのほうだった。
「なにやってるんだ?」
「………………さっ……散歩」
やっと上擦った声が出た。
彼は胡乱な視線をわたしに送りながら、
「へぇ。散歩ねぇ」
「ね、眠れなくて……」
「ふぅん。それで紙とペンを持って散歩、ねぇ?」
「くっ……!」
レイのニヤニヤした視線がわたしを舐るように絡み付いた。
この人、絶対に分かってる……!
それで敢えて知らん顔をして、わたしをからかっているんだわ。なんて卑劣。本当に性格が悪いわね。
でも、頭を捻っても上手い理由付けで躱せそうにないので、わたしは観念することにした。
「……オマエの想像通りだよ。鉱山の地図を作っているんだ。悪いかよ」
レイはちょっと目を見開いて、
「へぇ。勉強熱心なんだな」
「ほぇ?」
予想外の返事に思わず間抜けな声が出てしまった。てっきり咎められるかと思ったのに……もしかして、気付いていない?
となると、上手く話を合わせたら乗り切りそうね。
わたしは努めて明るい声音で、
「そうなんだよ! 実は鉱石や鉱山事業に興味があって、ここを出たら経験を活かして鉱石関連の商会に働き口を求めようと思って」
「そうなのか。それは殊勝なことだな」と、レイはニコリと笑う。
あら、すっかり騙されているみたい。意外に単純なのね。
「そうだよ。だから、後学のためにここの地図を作成しているんだ」
「それは素晴らしい」彼は感心するように頷いてから「――で、これが監視たちに見つかったら君は窮地に陥るわけだ」
「はっ……!」
わたしが馬鹿だった。この人、最初からわたしを脅そうとしているのね。なんて性悪なのかしら。
彼はくつくつと笑って、
「どうしようかな~? 今晩のこと、監視に報告しようかなぁ~?」
案の定、わたしを脅迫してきた。
一体なにが目的なの? ただの悪ふざけ?
……でも、そっちがその気なら、こちらにも考えがあるわ。
わたしはフンと鼻で笑って、
「別に密告したければどうぞ。……その代わり、オレもオマエの秘密をばらす」
「えっ……!?」
レイはみるみる真っ青な顔になって硬直した。彼の不安がこもった空気を伝播して、こちらにも伝わってくるようだ。
勝った。やっぱり、あれは露見されてはいけない事実なのね。
わたしはとどめを刺すように、したり顔で言う。
「オマエ……貴族だろう?」
「………………」
いつもはヘラヘラとしまりのない顔をしている彼が、真剣な表情でこちらを見た。わたしはそれを肯定と捕らえて言葉を続ける。
「オマエの肌艶の良さ、埃を被っているが丁寧に手入れされた髪。その筋肉は剣をやっているな? かなりの腕前とお見受けする。そして、たまに発音や仕草が高位貴族に戻っているぞ」
「嘘だろっ……あんなに気を付けているのに!」
「詰めが甘いな、お貴族様は」
「っ……!」
わたしはニヤリと口角を上げた。
当たった。まぁ高位貴族っていうのはブラフだけど、どうやら本当に高貴な身分の嫡男のようね。
これで形勢逆転だわ。愉快、愉快。
「ここでは王太子殿下は物凄く慕われているが、果たして貴族はどうかな? 鉱山には悪どい貴族に騙されて売られてきたヤツもいるんだよな? 彼らはオマエが貴族だと知ったらどうするかな?」
「……………………降参だ」
完全勝利。
「それにしても、よく分かったな。素晴らしい洞察力だ」
「それはどうも。とある人から常に観察を怠らないようにと教わったんだ。……多分、ここに来る前はこんなわざ出来なかったと思う」
わたしはスカイヨン伯爵から多くの間諜の心得を教わった。それは淑女教育とは全く異なるもので、未知の知識に胸が踊ると同時に……ちょっと恐怖心を覚えた。
アングラレス王国にいた頃は、幼い頃から未来の王妃になるために教育をされてきて、それが絶対で、違う道は許されなくて、わたしの世界の全てだった。
でも……世界はそれだけじゃなかったのね。
「どうした?」気が付くと、レイがわたしの顔を覗き込んでいた。「また悩みかい?」
「……君は、なぜ鉱山なんかに?」
話題を逸らそうと、わたしはずっと彼に聞きたかったことを尋ねた。
「僕? そうだな、父上が貴族以外の世界も見て来いって言ってね。ただの道楽だよ」
「そうか……令息は自由でいいな」と、わたしは蚊の鳴くような声で呟いた。
「え?」
「なんでもない。もう帰る」
わたしは彼の顔を見ずに脇を抜ける。
「あぁ、それだけど、僕も手伝うよ」
「えっ」
思わず急ぐ脚をピタリと止めた。
彼はすすっとわたしに近寄って、
「だから、地図作り」
ニッと笑ってみせた。
わたしは今、弱々しい光を放つカンテラを頼りに、誰もいない鉱山内をひたひたと歩いている。
辛い労働から開放された坑夫たちは睡眠という回復行為に励み、坑道は水を打ったように静まり返っていた。
時おり響く見張りの足音は、いつ来るか事前にガブリエラさんが調べてくれていたので、わたしはなんなく回避できた。
ダイヤモンド鉱山に来てから約半月。
始めはあまりの疲労で夜は倒れるようにベッドに潜り込んでいたけど、だんだんと仕事にも慣れて余裕ができた。なので鉱山の地図を作成すべく、一昨日から真夜中に探索をしている。
本当は管理人の部屋から既に完成された地図を拝借できれば良かったんだけど、あいにく固く鍵が掛かって厳重に警護されたその部屋には、近付くことさえできなかった。
仕方ないから、わたしは自身の脚で地図を作ろうと決意したのだ。
「ふぅ、今夜はこの辺にしておこうかしら」
地図作りは順調そのものだった。山の麓から始めて、そろそろ三合目に差し掛かろうとするところだ。
坑道や隠し部屋はもちろん、ローラント王国が使用している道具や技術力の情報も少しだけ手に入ったわ。
あとは地質や産出量などの具体的な数値が分かる資料が入手できたらいいんだけど……こればかりは難しいのよね。ガブリエラさんに管理人の部屋に侵入できないか探ってもらっているんだけど、どんなに色仕掛けをしても駄目みたい。
さて……、
わたしは自室へ戻ろうと踵を返した。
最近はまた疲労が蓄積しているみたいで、今晩はゆっくり休みたい。ガブリエラさんからも昼の仕事に支障が出たら元も子もないからほどほどにしなさい、と言われている。
わたしには時間がないので短期決戦でいきたかったけど、身体が壊れたらどうしようもないものね。
――それもこれも、最近来た新入りのレイのせいだ。
彼とは歳が近いからか執拗にわたしに付き纏ってきて、やたらめったら話し掛けてくるし、うるさいし、しつこいし……わたしは神経の先まで疲れ切っていたのだ。
もう彼の一言一言がわたしを苛つかせて来るのよね……。あれは絶対にわざとからかっているんだわ。
本当に腹が立つ!
あぁっ、彼の顔を思い出しただけでまた怒りが込み上げてきた。鬱憤が自身の足に伝わって、発散するように強く地面を踏みながら歩く。
早く帰って眠って忘れよう――、
「おっと、危ない」
「えっ!?」
何者かに腕を掴まれてはっと我に返ると、わたしの足元には深い闇が広がって、パラパラと石が暗黒に吸い込まれていた。冷や汗が出る。あのまま考え事をして前を見ずに進んでいたらと思うと……ぞっと背筋が凍った。
「気を付けろよ。ただでさえ鉱山内は危険なんだから」
「あ……ありがと――げっ、レイ!?」
わたしは目を見張る。目の前には、さっきまで自身の思考の中心にあった人物が立っていたのだ。
「なっ……な、な…………」
わたしは言葉が出ずに、思わず後ずさりをする。
な、なんで、彼がここにいるのっ!?
「落ちるぞ」
「っ……!」
振り返ると、またもや深淵の闇がわたしを待ち受けていた。落ちまいとその場に踏ん張る。
想定外の人物との遭遇に動転して、息が詰まって未だに言葉を発することができない。ただオロオロと彼を見るだけだ。
一拍して先に口火を切ったのはレイのほうだった。
「なにやってるんだ?」
「………………さっ……散歩」
やっと上擦った声が出た。
彼は胡乱な視線をわたしに送りながら、
「へぇ。散歩ねぇ」
「ね、眠れなくて……」
「ふぅん。それで紙とペンを持って散歩、ねぇ?」
「くっ……!」
レイのニヤニヤした視線がわたしを舐るように絡み付いた。
この人、絶対に分かってる……!
それで敢えて知らん顔をして、わたしをからかっているんだわ。なんて卑劣。本当に性格が悪いわね。
でも、頭を捻っても上手い理由付けで躱せそうにないので、わたしは観念することにした。
「……オマエの想像通りだよ。鉱山の地図を作っているんだ。悪いかよ」
レイはちょっと目を見開いて、
「へぇ。勉強熱心なんだな」
「ほぇ?」
予想外の返事に思わず間抜けな声が出てしまった。てっきり咎められるかと思ったのに……もしかして、気付いていない?
となると、上手く話を合わせたら乗り切りそうね。
わたしは努めて明るい声音で、
「そうなんだよ! 実は鉱石や鉱山事業に興味があって、ここを出たら経験を活かして鉱石関連の商会に働き口を求めようと思って」
「そうなのか。それは殊勝なことだな」と、レイはニコリと笑う。
あら、すっかり騙されているみたい。意外に単純なのね。
「そうだよ。だから、後学のためにここの地図を作成しているんだ」
「それは素晴らしい」彼は感心するように頷いてから「――で、これが監視たちに見つかったら君は窮地に陥るわけだ」
「はっ……!」
わたしが馬鹿だった。この人、最初からわたしを脅そうとしているのね。なんて性悪なのかしら。
彼はくつくつと笑って、
「どうしようかな~? 今晩のこと、監視に報告しようかなぁ~?」
案の定、わたしを脅迫してきた。
一体なにが目的なの? ただの悪ふざけ?
……でも、そっちがその気なら、こちらにも考えがあるわ。
わたしはフンと鼻で笑って、
「別に密告したければどうぞ。……その代わり、オレもオマエの秘密をばらす」
「えっ……!?」
レイはみるみる真っ青な顔になって硬直した。彼の不安がこもった空気を伝播して、こちらにも伝わってくるようだ。
勝った。やっぱり、あれは露見されてはいけない事実なのね。
わたしはとどめを刺すように、したり顔で言う。
「オマエ……貴族だろう?」
「………………」
いつもはヘラヘラとしまりのない顔をしている彼が、真剣な表情でこちらを見た。わたしはそれを肯定と捕らえて言葉を続ける。
「オマエの肌艶の良さ、埃を被っているが丁寧に手入れされた髪。その筋肉は剣をやっているな? かなりの腕前とお見受けする。そして、たまに発音や仕草が高位貴族に戻っているぞ」
「嘘だろっ……あんなに気を付けているのに!」
「詰めが甘いな、お貴族様は」
「っ……!」
わたしはニヤリと口角を上げた。
当たった。まぁ高位貴族っていうのはブラフだけど、どうやら本当に高貴な身分の嫡男のようね。
これで形勢逆転だわ。愉快、愉快。
「ここでは王太子殿下は物凄く慕われているが、果たして貴族はどうかな? 鉱山には悪どい貴族に騙されて売られてきたヤツもいるんだよな? 彼らはオマエが貴族だと知ったらどうするかな?」
「……………………降参だ」
完全勝利。
「それにしても、よく分かったな。素晴らしい洞察力だ」
「それはどうも。とある人から常に観察を怠らないようにと教わったんだ。……多分、ここに来る前はこんなわざ出来なかったと思う」
わたしはスカイヨン伯爵から多くの間諜の心得を教わった。それは淑女教育とは全く異なるもので、未知の知識に胸が踊ると同時に……ちょっと恐怖心を覚えた。
アングラレス王国にいた頃は、幼い頃から未来の王妃になるために教育をされてきて、それが絶対で、違う道は許されなくて、わたしの世界の全てだった。
でも……世界はそれだけじゃなかったのね。
「どうした?」気が付くと、レイがわたしの顔を覗き込んでいた。「また悩みかい?」
「……君は、なぜ鉱山なんかに?」
話題を逸らそうと、わたしはずっと彼に聞きたかったことを尋ねた。
「僕? そうだな、父上が貴族以外の世界も見て来いって言ってね。ただの道楽だよ」
「そうか……令息は自由でいいな」と、わたしは蚊の鳴くような声で呟いた。
「え?」
「なんでもない。もう帰る」
わたしは彼の顔を見ずに脇を抜ける。
「あぁ、それだけど、僕も手伝うよ」
「えっ」
思わず急ぐ脚をピタリと止めた。
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