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7 ダイヤモンド鉱山① 〜王太子の噂〜
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アンドレイ様のためならエンヤコラ!
アンドレイ様のためならエンヤコラ!
「おーい、オディオ! こいつをトロッコまで運んでくれ」
「は~い! ……よいしょ、っと――わわっ!」
ドスン、と鈍い音を立てて尻もちを付いた。途端に周囲からどっと笑い声が起こる。
「またやってしまった……」と、わたしは照れながら頭を掻いた。
「大丈夫かよ~、これくらいでヘバってちゃあ昼まで持たねぇぜ」
「女みたいにひ弱だな、オディオは」
「こっ、これでも初日よりかは運べるようになったんだよ!」
「初日は一袋も運べなかったからなぁ!」
ワハハハハ、と坑夫たちの豪快な笑い声が洞窟内に響いた。
ここは、ローラント王国とアングラレス王国の国境付近にあるダイヤモンド鉱山。
わたしは少年坑夫のオディオとして二週間前からここで働いている。
貧民街の生まれで病弱な母親、兄弟が多く、父親も怪我をして働けなくなって借金だけが残り、その返済のために坑夫となった哀れな少年……という設定だ。スカイヨン伯爵がねじ込んでくれたのだ。
わたしにとって初の潜入調査。
場所が場所だけに、本音を言うと不安のほうが大きかった。
鉱山はとても劣悪な環境で、死人も多いと聞いている。アングラレス王国では、貧しき者に加えて罪を犯した者が強制労働をさせられるような場所だった。それこそ、休みなく最期のときまで。
お妃教育の一環で、一度アンドレイ様と炭鉱へ視察に行ったことがある。
そこは暗くてジメジメしていて異臭も酷く、気味の悪さに背筋がゾクゾクして、あのときは一刻も早く帰りたかった。
死神のように青白い肌をして、骨と皮だけの坑夫たち……彼らは鞭で打たれ、倒れても冷水を掛けられて、使えなくなったら打ち捨てられる。そこには人間の尊厳なんて存在していなかった。
わたしは泣きながらアンドレイ様に「なぜ、このような惨たらしいことをするのですか?」と訴えたけど、彼は「彼らは犯罪を冒したのだから、その報いを受けているだけだ」と、なんのことはないと答えていた。
彼の言葉はいつも正しいから、そのときはそういうものなのだと首肯したけど……包み込むように襲ってくる恐怖心はいつまでも拭いきれなかった。
だから、目的を達成する前に身体が限界を迎えちゃうんじゃないかって心配だったんだけど、意外にもそんなことはなかった。
ここでは最低限の人権が守られている。
わたしたちは起床したら朝日を浴びながら軽く体を動かす。そして栄養のある食事。更に十分な休息と睡眠。
たしかに常に監視をされているし労働は厳しいことも多いけど、仲間たちと会話をしたり、皆で力を合わせてきつい仕事をやり遂げたり……思った以上に充実した日々を過ごしていた。
でも、昔はもっと粗悪な労働環境だったらしい。
それをレイモンド王子がまだ成人にも満たない頃に「このような状況下では作業効率が悪い」と大幅に改革したそうだ。
その結果、死者や病人が著しく減って、産出量も増加したみたい。
だからか鉱山の人々は王太子のことをとても敬慕していた。彼らはよく「陛下も素晴らしいが、王太子殿下の治世も楽しみだ」と口にしていた。
わたしはそんな彼らの話をなんとはなしに聞いていたが、次に発した言葉に驚きを隠せなかった。
「でも王太子様は令嬢が嫌いなんだろ? 世継ぎはどうするつもりかね」
「いや、さすがに子は作るだろ。でねぇと、跡継ぎがいなくてこの国がなくなっちまう」
「でも王太子は男が好きなんだろ? 男同士でガキは作れねぇって」
「それはただの噂だろ。王太子様はどこぞの貴族令嬢と婚約間近と聞いたが――」
「どっ、どういうことっ!?」
思わず身を乗り出して坑夫たちの中に割って入った。
今、とんでもないことを耳にした気がする。
令嬢嫌いって……殿方が好きって…………どういうこと!?
「なんだ、オディオは知らねぇのか? 有名な話だぞ」
「そうなの……?」
「そうだよ。王太子様は令嬢が嫌いで、未だに結婚どころか婚約もしていないんだ」
「だから男が好きなんだって、こないだ酒場で話題になっていたぞ」
「そんな…………」
わたしは閉口した。
一瞬、頭の中が真っ白になって凍り付く。
ええと……王太子殿下は令嬢嫌いで……殿方がお好きで…………、
だから面会の要請をずっと拒否していたのね!
自分の置かれていた不合理な状況にやっと得心する。
通常なら隣国の未来の王妃が謁見を求めているのに拒否をする理由がない。顔見知りになることで自然と親近感も生まれる。それは両国の外交にとってプラスにはなるが、よっぽど相性が悪い限りはマイナスにはならない。
それを撥ね付けるなんて……そういうことだったのね。
言われてみれば、王太子殿下はわたしより3つ年上なのに婚姻どころか婚約者もいらっしゃらないなんて、おかしい話よね。
アングラレス王国では、王太子妃の座を巡ってローラント王国の貴族たちが水面下で熾烈な戦いを繰り広げていて、政治的なしがらみでなかなか王太子の婚約者が決まらない……って噂になっていたけど、まさかこんな事情があったなんて。
これじゃあ、令嬢のわたしがいくら頑張っても近付けないはずだわ。
でも……困ったわね。
アンドレイ様からは「王太子を籠絡せよ」との任務を授かっている。それが早くも暗礁に乗り上げてしまったわ。
なんとか軌道修正をしてローラント王国の情報を確実に得ないと……。
婚約破棄、そして戦争――……!
不吉な言葉が脳裏をよぎって、思わずぶるりと震えた。
「お~い、オディオ! 休憩終わったぞ!」
「早く持ち場につかねぇとまたどやされるぞ!」
「あ、は~い! 今行きます!」
わたしは鶴嘴を掴んで慌てて駆け出した。
と、そのとき、
「わっ!」
足元に転がっていた拳大くらいの石に躓いて、倒れ――、
バシッ、と大きな腕に胴体を掴まれた。
危機一髪。ほっとして顔を上げると、一人の青年がくすりと笑ってわたしを見ていた。
「大丈夫?」
アンドレイ様のためならエンヤコラ!
「おーい、オディオ! こいつをトロッコまで運んでくれ」
「は~い! ……よいしょ、っと――わわっ!」
ドスン、と鈍い音を立てて尻もちを付いた。途端に周囲からどっと笑い声が起こる。
「またやってしまった……」と、わたしは照れながら頭を掻いた。
「大丈夫かよ~、これくらいでヘバってちゃあ昼まで持たねぇぜ」
「女みたいにひ弱だな、オディオは」
「こっ、これでも初日よりかは運べるようになったんだよ!」
「初日は一袋も運べなかったからなぁ!」
ワハハハハ、と坑夫たちの豪快な笑い声が洞窟内に響いた。
ここは、ローラント王国とアングラレス王国の国境付近にあるダイヤモンド鉱山。
わたしは少年坑夫のオディオとして二週間前からここで働いている。
貧民街の生まれで病弱な母親、兄弟が多く、父親も怪我をして働けなくなって借金だけが残り、その返済のために坑夫となった哀れな少年……という設定だ。スカイヨン伯爵がねじ込んでくれたのだ。
わたしにとって初の潜入調査。
場所が場所だけに、本音を言うと不安のほうが大きかった。
鉱山はとても劣悪な環境で、死人も多いと聞いている。アングラレス王国では、貧しき者に加えて罪を犯した者が強制労働をさせられるような場所だった。それこそ、休みなく最期のときまで。
お妃教育の一環で、一度アンドレイ様と炭鉱へ視察に行ったことがある。
そこは暗くてジメジメしていて異臭も酷く、気味の悪さに背筋がゾクゾクして、あのときは一刻も早く帰りたかった。
死神のように青白い肌をして、骨と皮だけの坑夫たち……彼らは鞭で打たれ、倒れても冷水を掛けられて、使えなくなったら打ち捨てられる。そこには人間の尊厳なんて存在していなかった。
わたしは泣きながらアンドレイ様に「なぜ、このような惨たらしいことをするのですか?」と訴えたけど、彼は「彼らは犯罪を冒したのだから、その報いを受けているだけだ」と、なんのことはないと答えていた。
彼の言葉はいつも正しいから、そのときはそういうものなのだと首肯したけど……包み込むように襲ってくる恐怖心はいつまでも拭いきれなかった。
だから、目的を達成する前に身体が限界を迎えちゃうんじゃないかって心配だったんだけど、意外にもそんなことはなかった。
ここでは最低限の人権が守られている。
わたしたちは起床したら朝日を浴びながら軽く体を動かす。そして栄養のある食事。更に十分な休息と睡眠。
たしかに常に監視をされているし労働は厳しいことも多いけど、仲間たちと会話をしたり、皆で力を合わせてきつい仕事をやり遂げたり……思った以上に充実した日々を過ごしていた。
でも、昔はもっと粗悪な労働環境だったらしい。
それをレイモンド王子がまだ成人にも満たない頃に「このような状況下では作業効率が悪い」と大幅に改革したそうだ。
その結果、死者や病人が著しく減って、産出量も増加したみたい。
だからか鉱山の人々は王太子のことをとても敬慕していた。彼らはよく「陛下も素晴らしいが、王太子殿下の治世も楽しみだ」と口にしていた。
わたしはそんな彼らの話をなんとはなしに聞いていたが、次に発した言葉に驚きを隠せなかった。
「でも王太子様は令嬢が嫌いなんだろ? 世継ぎはどうするつもりかね」
「いや、さすがに子は作るだろ。でねぇと、跡継ぎがいなくてこの国がなくなっちまう」
「でも王太子は男が好きなんだろ? 男同士でガキは作れねぇって」
「それはただの噂だろ。王太子様はどこぞの貴族令嬢と婚約間近と聞いたが――」
「どっ、どういうことっ!?」
思わず身を乗り出して坑夫たちの中に割って入った。
今、とんでもないことを耳にした気がする。
令嬢嫌いって……殿方が好きって…………どういうこと!?
「なんだ、オディオは知らねぇのか? 有名な話だぞ」
「そうなの……?」
「そうだよ。王太子様は令嬢が嫌いで、未だに結婚どころか婚約もしていないんだ」
「だから男が好きなんだって、こないだ酒場で話題になっていたぞ」
「そんな…………」
わたしは閉口した。
一瞬、頭の中が真っ白になって凍り付く。
ええと……王太子殿下は令嬢嫌いで……殿方がお好きで…………、
だから面会の要請をずっと拒否していたのね!
自分の置かれていた不合理な状況にやっと得心する。
通常なら隣国の未来の王妃が謁見を求めているのに拒否をする理由がない。顔見知りになることで自然と親近感も生まれる。それは両国の外交にとってプラスにはなるが、よっぽど相性が悪い限りはマイナスにはならない。
それを撥ね付けるなんて……そういうことだったのね。
言われてみれば、王太子殿下はわたしより3つ年上なのに婚姻どころか婚約者もいらっしゃらないなんて、おかしい話よね。
アングラレス王国では、王太子妃の座を巡ってローラント王国の貴族たちが水面下で熾烈な戦いを繰り広げていて、政治的なしがらみでなかなか王太子の婚約者が決まらない……って噂になっていたけど、まさかこんな事情があったなんて。
これじゃあ、令嬢のわたしがいくら頑張っても近付けないはずだわ。
でも……困ったわね。
アンドレイ様からは「王太子を籠絡せよ」との任務を授かっている。それが早くも暗礁に乗り上げてしまったわ。
なんとか軌道修正をしてローラント王国の情報を確実に得ないと……。
婚約破棄、そして戦争――……!
不吉な言葉が脳裏をよぎって、思わずぶるりと震えた。
「お~い、オディオ! 休憩終わったぞ!」
「早く持ち場につかねぇとまたどやされるぞ!」
「あ、は~い! 今行きます!」
わたしは鶴嘴を掴んで慌てて駆け出した。
と、そのとき、
「わっ!」
足元に転がっていた拳大くらいの石に躓いて、倒れ――、
バシッ、と大きな腕に胴体を掴まれた。
危機一髪。ほっとして顔を上げると、一人の青年がくすりと笑ってわたしを見ていた。
「大丈夫?」
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