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4 王太子に会いたい
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「オディール オディール」
「ただいま、ヴェル。良い子にしてたかしら?」
「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」
「ふふっ、そうね」
わたしはバサバサと飛んできたヴェルを抱き締めて背中を撫でる。彼は気持ちよさそうにクルクルと喉を鳴らした。
ローラント王国に来てから、わたしは彼を鳥籠に閉じ込めるのを止めてしまった。
だって、母国にいたときと違ってわたしは自由に動けるのに、この子だけこれまでと同じように狭い鳥籠の中に閉じ込めておくのは可哀想だと思ったから。
彼は毎日嬉しそうに部屋中を飛び回っている。生き生きとしたその姿にわたしも目を細めた。
でも、飛び回れるのはわたしの部屋の中だけというのもそろそろ飽きてきた頃だろうから……これじゃあただの広いだけの鳥籠と変わらないと思うし……外に出してもいいかスカイヨン伯爵にお伺いを立ててみた。
すると伯爵は、大使館内なら大丈夫だと許可をくださった。次のお休みにでもヴェルと一緒にお庭を散歩しようかしら。
わたしたち外交官は基本的には大使館に住んでいる。大使館は仕事の場であって生活の場でもあるのだ。
もちろん公私混同はいけないけど、なるべく母国にいる状態と変わらないようにと大使館内は配慮されていた。
それに、母国にいるときより結構自由なのよね。
わたしは侯爵令嬢ということでローラント人の新しい侍女も付けてもらったのだけれど、年が近くて気さくな子だから話しやすくて、もしかすると本国にいるときより気楽に過ごせているかもしれない。
侯爵家の侍女たちは一流のプロフェッショナルで仕事は素晴らしかったのだけれど、その反面、わたし自身も彼らの仕事に応えようと気が抜けなかったから。お父様たちの目もあるし。
だけど、わたしの本来の目的を忘れてはいけない。レイモンド王太子殿下から情報を引き抜く……そのためにここに来たということを。
わたしはヴェルのいつもの台詞を聞くことで、思い掛けない自由を得てすっかり腑抜けた魂を奮い立たせていた。彼のその言葉でスカイヨン先生の厳しい授業も耐えられたし、なにより自身の立ち位置も鑑みることができた。
オディール・ジャニーヌは侯爵令嬢――そうよ、わたしは侯爵令嬢でアンドレイ王子殿下の婚約者。国の要人たちに認めてもらって未来の王妃になるためにも、ここが正念場なのよ。
大使館は王宮のすぐ近くに建っていて、周囲には他国の大使館もずらりと並んでいた。
貴族の相手は同じく貴族……ということで、わたしも他国の貴族たちとの会食などに駆り出されているけど、肝心のレイモンド王太子殿下には未だ挨拶さえできていない。何度か面会の要請をしたのだけど、多忙を理由にいつも断られていた。
王太子の側近であるフランソワ・ルーセル公爵令息様には他国の貴族の伝でなんとかお会いできたのだけど、「王太子殿下は国王陛下からの政務の引き継ぎが多く、予定が詰まっております」と一点張りで、取り付く島もなかった。
「困ったわね……」
わたしは今日もため息をつく。憂鬱感が全身に襲いかかって鉛のように重かった。
アンドレイ様には定期的に任務の進捗状況を報告をしなければいけないことになっている。
それが毎回どこそこの貴族とお茶会をした~とか、ローラント国の王都の市場調査をした~とかだけじゃ、さすがに呆れられちゃうわよね。
「困ったわ……」
またぞろ深くため息をついた。
ローラント王国に来てから肝心のアンドレイ様からの任務が全くと言っていいほどに進んでいない。
その間にも王太子は着々と戦争の準備をしているかもしれないし、アングラレス王国でわたしの王妃としての素質の有無を話し合っているかもしれない。
わたしには、時間がない。
なんとか今の足踏み状態を打破しなければ……。
「ねぇ、ヴェル。わたしはどうすればいいと思う?」
わたしはベッドに横になりながら、気持ち良さそうにお腹の上に寝転んである彼に尋ねた。
「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」
「そうね。わたしは侯爵令嬢…………そうだわっ!」
ガバリと勢いよく起き上がる。ヴェルが驚いてバサリと飛び立ち、遠くから鶏冠と翼を広げて威嚇してきた。
「あら、ごめんなさい。驚いちゃったわね」
「ピャー!」
ヴェルは再び飛び立ってわたしの頭上を二、三度旋回してから左肩に止まって、ツンツンと頭をつついてきた。
「オディール オディール」
「もうっ、ごめんって」
「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」
「それなのよ!」わたしはポンと彼の頭に手を置く。「わたしが侯爵令嬢じゃなくなればいいのよ!」
「コウシャクレイジョウ?」と、ヴェルがくるっと首を傾げた。
わたしはニッと口の端を上げて、
「潜入捜査よ!」
「ただいま、ヴェル。良い子にしてたかしら?」
「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」
「ふふっ、そうね」
わたしはバサバサと飛んできたヴェルを抱き締めて背中を撫でる。彼は気持ちよさそうにクルクルと喉を鳴らした。
ローラント王国に来てから、わたしは彼を鳥籠に閉じ込めるのを止めてしまった。
だって、母国にいたときと違ってわたしは自由に動けるのに、この子だけこれまでと同じように狭い鳥籠の中に閉じ込めておくのは可哀想だと思ったから。
彼は毎日嬉しそうに部屋中を飛び回っている。生き生きとしたその姿にわたしも目を細めた。
でも、飛び回れるのはわたしの部屋の中だけというのもそろそろ飽きてきた頃だろうから……これじゃあただの広いだけの鳥籠と変わらないと思うし……外に出してもいいかスカイヨン伯爵にお伺いを立ててみた。
すると伯爵は、大使館内なら大丈夫だと許可をくださった。次のお休みにでもヴェルと一緒にお庭を散歩しようかしら。
わたしたち外交官は基本的には大使館に住んでいる。大使館は仕事の場であって生活の場でもあるのだ。
もちろん公私混同はいけないけど、なるべく母国にいる状態と変わらないようにと大使館内は配慮されていた。
それに、母国にいるときより結構自由なのよね。
わたしは侯爵令嬢ということでローラント人の新しい侍女も付けてもらったのだけれど、年が近くて気さくな子だから話しやすくて、もしかすると本国にいるときより気楽に過ごせているかもしれない。
侯爵家の侍女たちは一流のプロフェッショナルで仕事は素晴らしかったのだけれど、その反面、わたし自身も彼らの仕事に応えようと気が抜けなかったから。お父様たちの目もあるし。
だけど、わたしの本来の目的を忘れてはいけない。レイモンド王太子殿下から情報を引き抜く……そのためにここに来たということを。
わたしはヴェルのいつもの台詞を聞くことで、思い掛けない自由を得てすっかり腑抜けた魂を奮い立たせていた。彼のその言葉でスカイヨン先生の厳しい授業も耐えられたし、なにより自身の立ち位置も鑑みることができた。
オディール・ジャニーヌは侯爵令嬢――そうよ、わたしは侯爵令嬢でアンドレイ王子殿下の婚約者。国の要人たちに認めてもらって未来の王妃になるためにも、ここが正念場なのよ。
大使館は王宮のすぐ近くに建っていて、周囲には他国の大使館もずらりと並んでいた。
貴族の相手は同じく貴族……ということで、わたしも他国の貴族たちとの会食などに駆り出されているけど、肝心のレイモンド王太子殿下には未だ挨拶さえできていない。何度か面会の要請をしたのだけど、多忙を理由にいつも断られていた。
王太子の側近であるフランソワ・ルーセル公爵令息様には他国の貴族の伝でなんとかお会いできたのだけど、「王太子殿下は国王陛下からの政務の引き継ぎが多く、予定が詰まっております」と一点張りで、取り付く島もなかった。
「困ったわね……」
わたしは今日もため息をつく。憂鬱感が全身に襲いかかって鉛のように重かった。
アンドレイ様には定期的に任務の進捗状況を報告をしなければいけないことになっている。
それが毎回どこそこの貴族とお茶会をした~とか、ローラント国の王都の市場調査をした~とかだけじゃ、さすがに呆れられちゃうわよね。
「困ったわ……」
またぞろ深くため息をついた。
ローラント王国に来てから肝心のアンドレイ様からの任務が全くと言っていいほどに進んでいない。
その間にも王太子は着々と戦争の準備をしているかもしれないし、アングラレス王国でわたしの王妃としての素質の有無を話し合っているかもしれない。
わたしには、時間がない。
なんとか今の足踏み状態を打破しなければ……。
「ねぇ、ヴェル。わたしはどうすればいいと思う?」
わたしはベッドに横になりながら、気持ち良さそうにお腹の上に寝転んである彼に尋ねた。
「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」
「そうね。わたしは侯爵令嬢…………そうだわっ!」
ガバリと勢いよく起き上がる。ヴェルが驚いてバサリと飛び立ち、遠くから鶏冠と翼を広げて威嚇してきた。
「あら、ごめんなさい。驚いちゃったわね」
「ピャー!」
ヴェルは再び飛び立ってわたしの頭上を二、三度旋回してから左肩に止まって、ツンツンと頭をつついてきた。
「オディール オディール」
「もうっ、ごめんって」
「オディール・ジャニーヌ ハ コウシャクレイジョウ ソレダケガトリエサ」
「それなのよ!」わたしはポンと彼の頭に手を置く。「わたしが侯爵令嬢じゃなくなればいいのよ!」
「コウシャクレイジョウ?」と、ヴェルがくるっと首を傾げた。
わたしはニッと口の端を上げて、
「潜入捜査よ!」
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