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43 無限の魔獣

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※少しだけバトルシーンあり







 数え切れないくらいの魔獣の群れが、広場を包囲する。文字とおり魔法のように唐突に出現したそれらに対して、騎士たちは迎え撃つ準備が十分に出来ていなかった。

「うわあぁぁぁっ!!」

 最初に犠牲になったのは、大勢いた平民たちだ。周囲をぐるりと魔獣の群れに囲まれて逃げる場所もなく、腹をすかせた獣たちの餌食になっていく。

 レオナルドは立ち上がり、剣のグリップを掴む。

「ぐっ……!」

 だが、すぐさま膝を付いた。さっきの魔女裁判でマナを殆ど使い切り、身体を支えるのも一苦労だった。

「レオナルド様はしばしお休みくださいませ! ここは私が!」

「キア――」

 皇太子の返事も聞かずに、キアラは魔獣の中へ転がるように飛び出した。
 黒いいかずちが轟く。あっという間に数体の魔獣が消し炭になった。

 だが、群れは最後尾が見えないくらいに続いている。とてつもない数だった。



「ここは危険だな。城へ戻るぞ」

 平民が次々に襲われる様子を呆然と見ていた貴族たちは、皇后の一言ではっと我に返り裏口へと急いだ。

 しかし、ダミアーノ・ヴィッツィオ小公爵だけはその場に残る。自分だけは安全だと確信していたからだ。
 皇后は気付かれないくらいの一瞬だけ彼と目配せをして、優雅に場を去った。あとは、吉報を待つのみ……。



 黒い落雷が苛烈に降り注ぎ、キアラの魔法が周囲を焦がす。もう30体は倒しただろうか。他の騎士たちの分も含めると、優に100は越えている。
 しかし、どこからか集まって来るのか、無尽蔵に湧いてくる。

(どうやってこの量を集めたの……?)

 気が遠くなるような大量の魔獣を皇都まで運ぶとなると、絶対に悪目立ちするはずだ。人々の口に上らないのはあり得ない。
 となると、やはり皇后派閥が偽物の魔女のマナで他の場所から転移させているのが濃厚だろう。

(転移の入口ゲートを探さなくちゃ……)

 キアラは周囲を見回す。魔獣が固まっている場所があるはずだ。きっと、その近くに入口ゲートが――、

「やっぱり魔女じゃないか!」

 その時、にわかに群衆の中から一人の男が大声を上げた。獣に負けないほどのがなり声に、一瞬で周囲から注目を集める。

「魔獣は魔女に集うんだろう!? あの女が引き寄せたんだ! 魔女がっ!!」

 少しの間しんと静まり返って、波紋のようにみるみる動揺が広がった。
 ただでさえ大量の魔獣に囲まれて混乱してるところに不安を煽るような言葉は、人々に疑念の種を植え付けるのに十分だった。

「伯爵令嬢が呼び込んだってこと?」

「でも、なんでそんなことを……?」

「皇太子様は知っているの?」

「神様ー! 助けてくださいー!」

 疑惑の目がキアラに向く。途端にぎくりと背中が寒くなった。それらの双眸には見覚えがあったのだ。
 どっと汗が吹き出て、呼吸が浅くなった。暗い思い出が、彼女の脳裏に迫って来る。

 あれは、嫌な視線だ。
 もう、六回も自分に向けられた、あの、最期の処刑の日の……。

「キアラ!」

「きゃっ」

 その時、キアラに牙を剥いた魔獣を、間一髪のところでレオナルドが斬った。

「大丈夫か?」

「すっ、すみません。レオナルド様こそ、もうお体はよろしいのですか?」

「あぁ。もう治った」

 レオナルドはそう答えたものの、彼の背後ではアルヴィーノ侯爵がぶんぶんと首を横に振っていた。

(私が頼りないから、無理をしていらっしゃったんだわ)

 キアラはかぶりを振って、肉体に内包するマナだけに耳を傾ける。自分のせいで怪我人が動くはめになってしまったと、戦場で考え事をしていた己を恥じた。
 今は魔獣に集中しなければ。こんな私でも、戦力の一つなのだから。

「陛下もおっしゃっていたが、伯爵令嬢は魔女ではない。噂や憶測ではなく、彼女の姿をその目でよく見てくれ」

 にわかに皇太子が声を張り上げた。すると平民たちは黙り込み、野次ににつられていた者たちはばつが悪そうに顔を伏せる。

「君たちはなるべく一箇所に固まってくれ。騎士は囲って民衆を守れ。絶対に陣形を崩すなよ」

「はっ!」

 皇太子の一言で空気が引き締まったように、騎士も平民たちもきびきびと動き始める。一瞬で連帯感を構築する様は流石だとキアラは思った。頼もしい婚約者がいて、なんだか嬉しくなる。

「キアラ、悪いが君はこのまま戦闘に加わって貰う。いいか?」

「私も戦います。それで、レオナルド様もお気付きかと存じますが、あの大量の魔獣は魔法で転移させているようですね。入口ゲートを探しているのですが……」

「あぁ。例のマナなのは間違いない。だが、あれは他所から魔獣を転移させているのではない」

 レオナルドは肌が張り付きそうなくらいキアラに顔を近付けて、小声で言った。

「彼らは魔獣そのものを作り出している」

「っ……」

 思考が止まって、身体を固くする。一瞬、彼が何を言っているのか分からなかった。
 生き物を作り出すなんて、神のような真似が出来るの?

「正しくは、生物を魔獣に変えている……ということだ。ゼロから作り上げているわけではない」

「あっ、それでしたら闇魔法で可能かもしれません。皇后の不自然な若返りと似た理論なのかも……。でも、よく気付きましたね」

 レオナルドは頷く。

「東部でも魔獣の大群が襲って来たんだ。そのときに調べた。最悪なことに、虫のような極小のものからも魔獣化が可能なようだ。因みに、強さはマナの量に比例するらしい」

「それは……」

 恐ろしい事実にキアラは口を閉ざした。
 虫なんてそこかしこにいるし、数も無尽蔵だ。仮にこの大量の魔獣の正体が羽虫だとしたら、無限に湧いてくるのも納得だ。

「レオナルド様が東部へ向かったのも、皇后の差し向けと……」

「そうなるな。皇都に戻ってきて驚いたよ。第二皇子おとうと絡みの事件とかな。俺が宮廷から離れている間に、皇后が不穏な動きをしていたらしいな」

「今や皇后陛下の最大の障壁は皇太子殿下ですから」

 レオナルドは答える代わりにふっと笑ってみせた。久し振りに会えた婚約者ともっと話したいところだが、お楽しみは全てを片付けてからにしよう。

「我々が探すのは、魔獣を操っている魔道具の持ち主だ」

「承知しました。先ほどからマナの流れを追っているのですが、一つに絞れられなくて………………!?」

 その時、目が合った。
 ダミアーノ・ヴィッツィオ小公爵だ。
 
 
 
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