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28 婚約宣言の原因

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「この馬鹿者がっ!!」

 執務室に皇后ヴィットリーアの怒声が鳴り響いた。さっきからずっと緊迫した空気で張り詰めている。

 執務机には恐ろしく目の吊り上がった皇后、そして彼女の前には縮こまったダミアーノ・ヴィッツィオ公爵令息が頼りなく立ち竦んでいた。

「はぁ~~~」

 もう何度目かも分からない皇后の深いため息。そして激しい痛みでもあるかのように、大仰に頭を抱える。
 いや、実際に彼女にはザクザクと突き刺すような頭痛が襲っていた。比例して、心臓もどくどくと激しく波打つ。

 議会の途中――もう少しで皇太子に致命傷が与えられそうなところで、最愛の息子アンドレアの特大スキャンダルの報告である。

 アンドレアは多くの浮き名は流してきたが、奇跡的にも致命的な事件は起こしていなかった。
 少しばかりヘマをすることもあったが、全てが皇后の権力でもみ消せる程度のものだ。

 なので、今回の皇太子が公爵令息の婚約者を不貞略奪したしたという大スキャンダルはレオナルドを引きずり下ろす絶好の機会だったのだが――……。

(なんの後ろ盾もない田舎の貧乏子爵令嬢と、公の場で婚約宣言をしただと……!?)

 可愛い息子は、それ以上のスキャンダルを持ち込んだのだった。







 派手な婚約宣言後、第二皇子と子爵令嬢はその脚で教会へ向かおうとしていた。この勢いで婚姻の儀式をするつもりだったのだ。
 通常なら臣下が皇子――しかも恐ろし皇后の嫡子の行動を止めるのは恐れ多く、側近たちは見て見ぬ振りをしていた。

 だが、今回はさすがに不味いと焦り、アンドレアたちを全力で止めた。
 しかし皇子は物理的な抵抗をしてきたので、やむなく護衛が二人を気絶させて王宮へと連れ戻したのだった。

 第二皇子が王宮へ戻ると、直ちに皇后の精鋭たちが調査に入った。これまで全く面識のなかった子爵令嬢と突然の婚約宣言は、なにか陰謀が関わっていると思われたのである。

 皇后はすぐに魔女のマナが関わっていると疑った。他に理由が見当たらないのだ。

 調査の結果はすぐに出た。
 ヴィッツィオ公爵令息に託した魔道具をミア子爵令嬢が持ち出して、アンドレア第二皇子に使用した……という経緯いきさつだった。
 魔道具の秘密を知ったマルティーナが、皇子と結婚したくて無断で持ち出して魔道具を発動させたようだ。

 当然、皇后は大激怒した。
 第一に、機密扱いの魔道具の使用法や効能を部外者に漏らしたこと。
 第二に、重要な魔道具を外部に持ち出されたことを、だ。

 それに加えて馬鹿息子のやらかしである。
 彼女は様々な感情が混じり合い、血が沸騰しそうになって、その憤りを目の前に立つ公爵令息へとぶつけたのだった。

(全く、無能が多すぎる。自分の周囲は馬鹿しかいないのか……)


 そんな主の怒鳴り声も、ダミアーノには届いていない。

(マルティーナ……なぜ……。昨晩も、あんなに愛し合ったのに……。オレたちは結婚するんじゃなかったのか…………?)

 彼の頭の中は、愛しい恋人のことでいっぱいだった。
 事件の一報を耳にした時は天地がひっくり返るような衝撃で、ぐらぐらと足元が揺れて立っていられなかった。
 婚約宣言という事実がにわかには信じ難く、相手がうんざりするくらいにに何度も何度も真実ほんとうなのか問い質した。

(ティーナは、オレを愛していなかったのか……? 公爵令息より金も権力のある皇子が良かったということか……?)

 真実の愛だと思っていた。
 初めて出会った瞬間から運命を感じて、それからは本能のままに彼女を求めた。
 こんなに女性を愛したのは生まれて初めてだし、愛する喜びを覚えたのも初めてだった。

 それは、マルティーナも同じ気持ちだと思っていた。いつも笑顔で、献身的に支えてくれていた。彼女が己の隣にいる時もいない時も、包み込むような大きな愛を感じていた。

 そんな彼女に報いるために、邪魔者キアラを排除するつもりだった。
 派閥での地位の確立のために上手く利用して、使い捨てて、婚約破棄と罪の擦り付けができて一石二鳥だと考えていた。

 しかし…………、

 もし、マルティーナが最初から自分のことを愛していなかったら…………?

 それを想像すると、暗闇の底に真っ逆さまに突き落とされる気分だった。
 胸が、苦しい。

(いつからだ……? マルティーナは、いつからこの計画を……?)

 考えたくはない。だが、向き合わなければいけない。
 自分は、裏切られていたのだ。
 婚約者からも……大切な恋人からも。



「皇后陛下、大変です!」

 侍従が慌てて執務室へ飛び込む。そして皇后に耳打ちするなり、彼女の顔が真っ赤になった。
 肺を押しつぶされそうな最悪な空気の中、追い打ちをかけるように絶望する事態が報告されたのだ。

 第二皇子も子爵令嬢も、魔道具のマナの魔法が少しも解けなかったのである。


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