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26 大スキャンダル
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スキャンダルには更に大きなスキャンダルを。
……これが、今回キアラが考えた作戦だった。皇后が数より大きさだと言及していたからだ。
生真面目なレオナルドは最初はフェアじゃないと意を唱えたが、皇后派閥の力を削ぎ落とす絶好の機会でもあるとキアラに説得をされ、今回の企てを了承したのだった。
彼としては、過去六回と同じく正々堂々と戦いたかったらしい。
しかし、そうは言うものの、過去六回とも愚直に正面からぶつかった結果、皇后に負け続けていたのだということは痛いほど分かっていた。
それに、可愛い婚約者の意思は可能な限り尊重したかった。
生暖かい目のアルビーノ侯爵の視線を感じて、俺はいつの間にこんなに甘くなったのだろう……と彼は密かに苦笑した。
アンドレア第二皇子はスキャンダルの宝庫だった。主に女性関係で。
その他にも莫大な財産を散財して夜な夜な遊び歩いていたり、帝国法で禁止されているような事柄にも手を出して、更には裏社会とも密な繋がりがあった。
だから、ちょっとのスキャンダルでは社交界も動じないのだが……。
(それが、身分も低く財産も後ろ盾もない地方の子爵令嬢と婚姻すると、公の場で宣言をしたら?)
皇帝は勿論、皇后の許可も取らずに単独で。皇族側に、なんのメリットもない令嬢と。
キアラの唇が、弧を描いて笑った。
◇
(やったわ!)
マルティーナ・ミア子爵令嬢は、第二皇子の近衛兵たちにあっという間に取り押さえられた。
だが彼女は焦ることなく、満足げに笑みを漏らす。
手元の魔道具の蓋は確実に開いている。自分には空っぽに見えるが、間違いなく発動しただろう。
そして目の前には、アンドレア第二皇子殿下と……他人の恋路を邪魔する憎きリグリーア伯爵令嬢。
以前、ダミアーノからこの魔道具の効果を教えて貰ったことがある。
これは他人を操る魔法が込められているらしい。それは、今では使用禁止されている恐ろしい魔法だ。
(たしか……魔女が使っていた闇魔法だってダミアンは言っていたわ。強力な惚れ薬だって。皇太子の次は第二皇子に手を出して、無様な姿を社交界へ晒しなさい!)
魔力量の微弱な彼女には見えなかったが、魔道具から放たれた魔女の力のマナは爆発したように一瞬で広がっていった。
「……!」
その時、第二皇子と子爵令嬢の目が合った。
刹那、マルティーナの心臓が、身体から出て行くくらいにビクリと跳ね上がる。
(なんてイイ男なのかしら……!)
みるみる頬が熱くなるのを感じた。胸の奥底からときめきが溢れ出て来る。ビリビリと電撃が肌を伝った。
これまで生きてきて、こんなに魅力的な殿方はいただろうか。
たしかにダミアーノは格好良い。整った顔立ちと、中性的な雰囲気が物凄く好きだった。
それに公爵令息だし、明るい将来は約束されているし。……彼女にとって理想的な恋人だったのだ。
しかし、眼前の皇子様は、それ以上に魅力的だった。
少しオレンジがかっている金髪はさらさらと風になびいて、森の置くにある泉のような青緑の瞳はきらきらと光を反射していた。それは絵本に描かれている白馬の王子様そのものだった。
彼が、欲しい。
ダミアーノなんかじゃなくて、本物の皇子様が欲しい。
マルティーナの本能が、体の芯から叫んでいた。
(このような魅力的な令嬢がこの国にいたとは……!)
一方、アンドレアの心臓は鷲掴みにされたみたいに、ぎゅっと強く締め付けられた。
根っからの遊び人の彼は、美女と形容される多くの女性たちと関係を持っていた。その結果目が肥えて、ちょっとやそっとでは女性に対してときめくことなどなかったのだが……。
しかし、この胸の高まりはなんだろうか。
彼の鼓動は速まるばかりだった。目の前の令嬢を見ているだけで、欲望が無限に込み上げてくる。その可愛らしい丸い瞳も、ぷっくりとしたピンク色の唇も、華奢な身体もーー全てが愛おしいと思った。
欲しい。彼女が欲しい。
彼女の全てをむしゃぶりつきたい。
アンドレアは肉体の奥底の、純粋な本能が求めていた。
「止めたまえ」
アンドレアはマルティーナを押さえ付けている近衛兵たちから、奪うように彼女を手元に引き寄せた。
「で、ですが――」
「私に意見するつもりか?」
「しっ……失礼いたしました!」
皇子が一睨すると、近衛兵たちは一瞬で背景へと戻る。
すると、世界は二人だけのものとなった。
握りあった手に熱がこもる。
「君、名前は?」
アンドレアの声音は打って変わって、優しさだけが満ちていた。
「マルティーナ・ミアと申します」
眼前の令嬢の、鈴を転がすような声が、彼の耳に心地よく鳴った。
「マルティーナか。素敵な名前だ」
「ありがとうございます」
彼女の頬が一層上気した。
しばらく二人は見つめ合う。
その外側では、驚愕の出来事に衝撃を受けた貴族令嬢たちがきゃんきゃんと子犬のように騒いでいるが、彼らには少しも届かなかった。
皇子は跪き、子爵令嬢の手の甲に優しくキスをする。
「マルティーナ、あなたを愛する権利をいただけますか?」
外野に令嬢の切り裂くような叫び声が轟く。ばたばたと気絶する者もいた。
だが、二人には聞こえない。
世界は、二人だけを祝福していた。
「はいっ……!」
マルティーナはこくりと頷いた。アンドレアは喜びのあまり飛び上がり、彼女を抱きしめ――……、
キスをした。
外は、地獄絵図だった。
令嬢たちは勿論、皇子の近衛兵や臣下までパニックに陥った。
皇子の求愛が公衆の面前で行われ、目撃者は軽く100人は越えている。もう箝口令など効果がないだろう。
キアラはその様子を冷静に眺める。彼女の思惑通りだった。
あとは仕上げに二人の愛を確実なものにするだけだ。
彼女は静かに魔法をかけた。人工の紛い物ではない本物の魔女のマナを、福音のように彼らに降り注がせる。
マルティーナが魔道具を使って、自分を貶めようとするのは予測していた。今回はそれを逆手に取ることにしたのだ。
甘ったるいキスが終わったあと、アンドレアはマルティーナの腰をぐいっと抱いて自身に密着させた。
そして、
「私、アンドレア・ジノーヴァーは、皇族として、今ここに宣言する! マルティーナ・ミア嬢と婚姻をすると!!」
彼の朗々とした声が会場中に鳴り響いた。
……これが、今回キアラが考えた作戦だった。皇后が数より大きさだと言及していたからだ。
生真面目なレオナルドは最初はフェアじゃないと意を唱えたが、皇后派閥の力を削ぎ落とす絶好の機会でもあるとキアラに説得をされ、今回の企てを了承したのだった。
彼としては、過去六回と同じく正々堂々と戦いたかったらしい。
しかし、そうは言うものの、過去六回とも愚直に正面からぶつかった結果、皇后に負け続けていたのだということは痛いほど分かっていた。
それに、可愛い婚約者の意思は可能な限り尊重したかった。
生暖かい目のアルビーノ侯爵の視線を感じて、俺はいつの間にこんなに甘くなったのだろう……と彼は密かに苦笑した。
アンドレア第二皇子はスキャンダルの宝庫だった。主に女性関係で。
その他にも莫大な財産を散財して夜な夜な遊び歩いていたり、帝国法で禁止されているような事柄にも手を出して、更には裏社会とも密な繋がりがあった。
だから、ちょっとのスキャンダルでは社交界も動じないのだが……。
(それが、身分も低く財産も後ろ盾もない地方の子爵令嬢と婚姻すると、公の場で宣言をしたら?)
皇帝は勿論、皇后の許可も取らずに単独で。皇族側に、なんのメリットもない令嬢と。
キアラの唇が、弧を描いて笑った。
◇
(やったわ!)
マルティーナ・ミア子爵令嬢は、第二皇子の近衛兵たちにあっという間に取り押さえられた。
だが彼女は焦ることなく、満足げに笑みを漏らす。
手元の魔道具の蓋は確実に開いている。自分には空っぽに見えるが、間違いなく発動しただろう。
そして目の前には、アンドレア第二皇子殿下と……他人の恋路を邪魔する憎きリグリーア伯爵令嬢。
以前、ダミアーノからこの魔道具の効果を教えて貰ったことがある。
これは他人を操る魔法が込められているらしい。それは、今では使用禁止されている恐ろしい魔法だ。
(たしか……魔女が使っていた闇魔法だってダミアンは言っていたわ。強力な惚れ薬だって。皇太子の次は第二皇子に手を出して、無様な姿を社交界へ晒しなさい!)
魔力量の微弱な彼女には見えなかったが、魔道具から放たれた魔女の力のマナは爆発したように一瞬で広がっていった。
「……!」
その時、第二皇子と子爵令嬢の目が合った。
刹那、マルティーナの心臓が、身体から出て行くくらいにビクリと跳ね上がる。
(なんてイイ男なのかしら……!)
みるみる頬が熱くなるのを感じた。胸の奥底からときめきが溢れ出て来る。ビリビリと電撃が肌を伝った。
これまで生きてきて、こんなに魅力的な殿方はいただろうか。
たしかにダミアーノは格好良い。整った顔立ちと、中性的な雰囲気が物凄く好きだった。
それに公爵令息だし、明るい将来は約束されているし。……彼女にとって理想的な恋人だったのだ。
しかし、眼前の皇子様は、それ以上に魅力的だった。
少しオレンジがかっている金髪はさらさらと風になびいて、森の置くにある泉のような青緑の瞳はきらきらと光を反射していた。それは絵本に描かれている白馬の王子様そのものだった。
彼が、欲しい。
ダミアーノなんかじゃなくて、本物の皇子様が欲しい。
マルティーナの本能が、体の芯から叫んでいた。
(このような魅力的な令嬢がこの国にいたとは……!)
一方、アンドレアの心臓は鷲掴みにされたみたいに、ぎゅっと強く締め付けられた。
根っからの遊び人の彼は、美女と形容される多くの女性たちと関係を持っていた。その結果目が肥えて、ちょっとやそっとでは女性に対してときめくことなどなかったのだが……。
しかし、この胸の高まりはなんだろうか。
彼の鼓動は速まるばかりだった。目の前の令嬢を見ているだけで、欲望が無限に込み上げてくる。その可愛らしい丸い瞳も、ぷっくりとしたピンク色の唇も、華奢な身体もーー全てが愛おしいと思った。
欲しい。彼女が欲しい。
彼女の全てをむしゃぶりつきたい。
アンドレアは肉体の奥底の、純粋な本能が求めていた。
「止めたまえ」
アンドレアはマルティーナを押さえ付けている近衛兵たちから、奪うように彼女を手元に引き寄せた。
「で、ですが――」
「私に意見するつもりか?」
「しっ……失礼いたしました!」
皇子が一睨すると、近衛兵たちは一瞬で背景へと戻る。
すると、世界は二人だけのものとなった。
握りあった手に熱がこもる。
「君、名前は?」
アンドレアの声音は打って変わって、優しさだけが満ちていた。
「マルティーナ・ミアと申します」
眼前の令嬢の、鈴を転がすような声が、彼の耳に心地よく鳴った。
「マルティーナか。素敵な名前だ」
「ありがとうございます」
彼女の頬が一層上気した。
しばらく二人は見つめ合う。
その外側では、驚愕の出来事に衝撃を受けた貴族令嬢たちがきゃんきゃんと子犬のように騒いでいるが、彼らには少しも届かなかった。
皇子は跪き、子爵令嬢の手の甲に優しくキスをする。
「マルティーナ、あなたを愛する権利をいただけますか?」
外野に令嬢の切り裂くような叫び声が轟く。ばたばたと気絶する者もいた。
だが、二人には聞こえない。
世界は、二人だけを祝福していた。
「はいっ……!」
マルティーナはこくりと頷いた。アンドレアは喜びのあまり飛び上がり、彼女を抱きしめ――……、
キスをした。
外は、地獄絵図だった。
令嬢たちは勿論、皇子の近衛兵や臣下までパニックに陥った。
皇子の求愛が公衆の面前で行われ、目撃者は軽く100人は越えている。もう箝口令など効果がないだろう。
キアラはその様子を冷静に眺める。彼女の思惑通りだった。
あとは仕上げに二人の愛を確実なものにするだけだ。
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マルティーナが魔道具を使って、自分を貶めようとするのは予測していた。今回はそれを逆手に取ることにしたのだ。
甘ったるいキスが終わったあと、アンドレアはマルティーナの腰をぐいっと抱いて自身に密着させた。
そして、
「私、アンドレア・ジノーヴァーは、皇族として、今ここに宣言する! マルティーナ・ミア嬢と婚姻をすると!!」
彼の朗々とした声が会場中に鳴り響いた。
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