【完結】もう、あなたを愛したくありません〜ループを越えた物質主義の令嬢は形のない愛を求める〜

あまぞらりゅう

文字の大きさ
上 下
24 / 48

24 噂とスキャンダル

しおりを挟む
 キアラとレオナルドの不貞の噂が、凄まじい勢いで社交界へ広がっていった。それは、令嬢にとって不名誉な尾ひれまで付いて。
 ある程度は予想はしていたものの、集団ヒステリーのような暴発的な膨らみは、明らかに誰かの陰謀によるものだった。

 レオナルドは婚約解消の際にヴィッツィオ公爵家と契約書を交わしていた。
 その項目には「今後は婚約解消について一切言及しない」「不名誉な噂を流さない」……なども盛り込まれてあった。それを破ったら、莫大な賠償金を請求する、と。

 その件をダミアーノが知らないはずはないが、現に噂は広まっている。
 となれば、公爵家より身分が上の者が仕掛けているのだろう。
 そんな人物は、一人しかいない。

 噂を広げている貴族たちは、次の議会で皇太子の資質について問うつもりのようだ。
 英雄である皇太子が公爵令息の婚約者を無慈悲に奪い、あまつさえ婚約前に純潔を奪った……という大スキャンダルは、敵対派閥にとって打ってつけの攻撃材料だった。







「ほら、来ましたわよ!」

「よくも顔を出せたわね」

「公爵令息の次は皇太子だなんて、なんて品のない!」

「厚かましい女よね…」

 キアラがお茶会の会場へ入るなり、たちまち令嬢たちの注目の的となった。瞬く間に視線が彼女の全身に突き刺さる。そのほとんどが軽蔑や疑惑の目だった。

 今日は令嬢のみ参加の交流会だ。若い貴族たちにも派閥を越えた繋がりを……と、年に一度行われている大規模なお茶会である。
 ここには、皇都に住まうほぼ全ての貴族令嬢たちが来ていた。

(あの令嬢たちは……ミア子爵令嬢と仲がいい方たちね。分かりやすいこと)

 キアラは令嬢たちを冷めた目で見る。
 彼女たちは楽しそうに陰口を叩くくせに、キアラが近付くと黙り込んで、遠ざかると再び根拠のない悪口に花を咲かせていた。

「あの女は尻軽よ。ずっとダミアーノ様が大切にしてくださっていたのに、皇太子が現れるとすんなり乗り換えて。……ここだけの話、噂によると今は別の男に乗り換えたらしいわ」

「まぁっ!」

「なんてことかしら!」

「ほら、あの女はダミアーノ様との婚約期間から皇太子と肉体関係があったでしょう? ……一人の男だけじゃ体が満足しないらしいわ」

「まぁ……」

「最っ低! 汚らわしい!」

「あんなのが次期皇太子妃だなんて……。帝国はどうなるのかしら?」

「ねーっ!」


(……やっぱり)

 下世話な噂の中心には、案の定マルティーナ・ミア子爵令嬢がいたのだった。
 彼女は令嬢たちのコミュニティ――特に、下位貴族の間で存在感が強かった。
 可憐な容姿で令息たちからの人気が高く、高位貴族の令息たちとの繋がりを持とうという打算的な関係ではあるが。

(ま、それもすぐに覆るけどね)

 キアラは気にする素振りも見せずに、堂々と彼女たちの前を通り過ぎる。醜い噂話などどこ吹く風で。
 令嬢たちの双眸には悔しさや羨望も混じっていて、思わず笑いそうになった。

 皇后は「たった一言から始まって国が傾くこともある」と言っていた。
 だが、所詮は「噂」に過ぎないのだ。
 例えば社交界にもっと強烈なスキャンダルが巻き起こったら、人々は掌を返したようにそちらに夢中になるだろう。

 今日はリグリーア伯爵令嬢にとって、皇太子との婚約を発表してから初めての公の場だった。
 妙な噂が広まっている今、一人だと危ないのではと何度もレオナルドが不参加を促したが、キアラは頑なに首を縦に振らなかった。
 ここで逃げたら不名誉な噂を認めたことになるし、なにより噂のの一部である令嬢に仕返しをしたかったのだ。

 それに、今日のお茶会の真の目的は――……、


「きゃあっ! 第二皇子殿下がいらしたわよ!」

「今日も素敵だわ!」

「かっこいい~」

 令嬢たちの黄色い声が一斉に上がる。彼女たちの視線は、ある殿方へ一直線だった。

 その人物はスラリとした細身の体躯で、整った顔立ちをしていた。
 オレンジ味のある金髪に、南方の海を思わせる青緑の瞳。堂々としているが美しい所作は、絵本に出てきそうな王子様そのままの姿だった。

 彼は、皇后ヴィットリーアの嫡子――第二皇子アンドレアである。

 今日のお茶会は皇子の婚約者探しも兼ねていた。アンドレアは既に多くの浮名を流しているが、まだ婚約者は決まっていなかったのだ。

 実のところは、皇后が適切ないくつかの家門から息子の婚約者候補を挙げているのだが、の妻として相応しいかを見極めるために、こういったお見合いの場を定期的に設けているのだった。

「やぁ、待たせたね」

 彼は笑顔を振りまきながら令嬢たちに手を振る。途端に波のように令嬢たちがざわめいた。彼女たちは皇子に顔を認められたいと、押し合いながら前へと進む。

 キアラは壁際でお菓子をぱくつきながら、作られた舞台みたいな滑稽な様子を冷めた目で見る。

(同じ皇帝の血を引いているのに、兄弟は全然似てないわね)

 兄であるレオナルドが男らしいと形容すれば、弟の第二皇子は少し中性的な美形と言ったところだ。彼の親しみやすい性格も加えて、世間知らずの令嬢たちからはアンドレアのほうが人気が高かった。
 単に兄のほうは軍の生活が長く、剣も魔法も飛び抜けて実力が高いので恐れられているのもあるが。

 第二皇子は顔の系統がどことなくダミアーノに似ている気がして、キアラはちょっと気分が悪くなった。



(やっとお出ましね! ついにアレを使う時がやって来たわ!)

 マルティーナはポケットに忍ばせてある魔道具を、確認するようにぎゅっと握り締める。恋人の説明によると、これは今はもう消滅した魅了魔法のマナが封じられているものらしい。
 彼はこれを使って、元婚約者キアラを操って己の功績を作るつもりのようだった。愛しの恋人と結婚するために。

 しかし、これはもう無用の長物だ。それ以前に、恋人の物は自分の物。これは自分が使用する権利があるはずだった。

(見てなさい、伯爵令嬢! あなたの不名誉な噂を真実にしてあげるわ!)

 子爵令嬢はそっとその場を離れて、標的のほうへ動き始めた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
【商業化予定のため、時期未定ですが引き下げ予定があります。詳しくは近況ボードをご確認ください】 幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

処理中です...