上 下
73 / 88
第二章 派手に、生まれ変わります!

73 巻き戻っても二人は変わらないままでした!

しおりを挟む
※暴力的な表現、女性の尊厳を貶めるような不快な描写あり※






「最初からこうすれば良かったわ……」

 クリスの瞳が、研がれた刃物みたいにぎらりと煌めく。
 隣に立っているコートニーは、脂と吹き出物で照った顔をにちゃにちゃと歪ませていた。

 クロエは呼吸を整えて立ち上がろうとするが、

「っ……!?」

 身体が痺れて手足が全く動かない。
 途端に酷く重い空気が彼女を包んだ。全身が真上から圧をかけられているかのように、胸が苦しくなる。

「闇魔法ね……」

「あら、よく分かったわね。さすが聖女様」とクリス。「そろそろ効いてきた頃かしら?この部屋自体に魔法をかけてあるの。お前はもう動くことができないわ」

 迂闊だったとクロエは唇を噛んだ。もっと警戒して臨めば良かった。
 きっと、床表面にだけ闇魔法の膜を張っていたのだろう。部屋に入ってすぐに気付かれないように、こうやって倒れたときに吸い込むように。

 ――ドンッ!

 そのとき、またもや背中に衝撃が走った。
 思わず目を閉じ、少しして何事かと再び開けると、今度は腹に鈍い音が響く。

「っはっっ……!」

 ダン、ダン、と数回打たれる。またもや瞳を閉じて、身体を丸めて防御体勢をとった。

「コートニー、やめなさい」クリスが娘を制止する。「これは大事な商品なのだから、無闇矢鱈に傷を付けては駄目よ」

「でもっ、お母様っ! この女は、あたしにっ――」

「これから、この娘が傷物にされる哀れな姿をたっぷり拝めるんだから、我慢しなさい」

「はぁい……」コートニーは渋々引き下がった。「あーあ、スコット様にも見せてあげたかったなぁ~」

「そうねぇ。婚約者の前で傷物にされるなんて、最高に面白いわよね。こんなことになるのなら、もっと早くやれば良かったわ。公爵令息の目の前で」

 クロエは、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
 二人の会話には聞き覚えがあった。逆行前に、娼館送りが決まったときに言われた言葉だ。聞きたくもない、おぞましい悪魔の台詞。

 二人とも、あの頃となにも変わっていない。
 やはり人の本質というものは、いつまでも同じなのだ。己から変わりたいと強く願わない限りは。

 もしかしたら、自分も逆行前の記憶を持っていなければ、変わらないままだったかもしれない。そして、再びこの母娘に陥れられるだけだったかもしれない。

 そう考えると、時間操作という魔法を与えてくれた……母に感謝した。
 なぜ、伝えてくれなかったのか――という余計な気持ちは胸の奥に押し込んで。


「なにをっ……!?」

 異母妹からの理不尽な暴力が終わったと思いきや、今度は無造作に髪を掴まれて、鼻の前でなにやら黒紫色の液体の入っている小瓶の中身を嗅がされた。
 むせ返るような濃いムスク系の香りで、蓋を開けた途端に液体から煙が立ち上って、クロエの鼻腔へ入っていく。

 刹那、身体がかっと熱くなって、くらくらと視界が揺らめいた。

 継母はくすりと笑って、

「これは闇魔法で効果を倍増させた幻覚剤よ。あなたも噂くらい聞いたことがあるでしょう?」

「……」

 クロエは肯定するように、じろりと継母を見た。

 ここ最近、国境を越えて騒がれている幻覚剤の話は聞いたことがある。
 薬草を使用したものとは異なり、高い即効性、持続性、そして依存性を持つと言われている薬品だ。少量でも体内に侵入すると、たちまち気分が高揚して、夢心地になるらしい。

 ……それは、男女の交わりに使用されることが多かった。

 この幻覚剤はじわじわと地下で広がって、貴族・平民を問わずに秩序を乱していた。
 ユリウスが闇魔法組織の糸口を掴んで安堵していたのは、この幻覚剤の撲滅も絡んでいたのだ。

「あなたはね……」クリスは優しい声音で続ける。「幻覚剤にすっかり依存してしまった愚かな令嬢なの。パーティーを取り仕切らないといけないのに、僅かな時間さえ我慢できなくて、幻覚剤を使って男たちと遊ぶような……とっても恥ずかしい令嬢なのよ?」

「お異母姉様は貴族令嬢として、あたしより無様なスキャンダルで賑わせるのよ。聖女様が闇魔法の幻覚剤に依存して、おまけに多くの男たちを相手に楽しんでる、ってね」

「入って来なさい!」

 クリスが合図をすると、扉の外からぞろぞろと男たちが入って来た。
 下卑た表情を浮かべるゴロツキたちで、こんな見るからに粗野な人間をよく侯爵家に忍び込ませたものだと、クロエは感心さえ覚えた。

「頑張ってくださいね、お異母姉様! 証人として、傷物になる姿をちゃんと見守っていますから!」と、コートニーが笑顔で言う。

「心配しなくても、修道院ではなくて娼館に入れてあげるから安心しなさい? それも特別な性癖を持つ殿方たちの相手をする店をね。初めてなのに幻覚剤と大勢の男の味を覚えたら、きっと普通の行為では満足できなくなると思うわ」

「あたしの代わりに世間から猛批判を受けて自滅していってくださいね! パリステラ家にはあたしが残りますので!」

「――じゃあ、さっさと始めましょうか」

 継母と異母妹は、下品な笑い声を上げた。
 男たちはすっかり興奮した様子で、じわじわと聖女様に近付く。

 クロエは、指一つ動かせない。

「さぁ、母親の思い出の残った部屋で男たちに抱かれなさい」

 クリスの何気ないその言葉に、突然クロエの中で、なにかが破裂した。
 そのとき、一人の男の手がクロエの身体に触れる。



「そこまでだ」

 同時に、険しい声が小屋内に響いた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【1/23取り下げ予定】あなたたちに捨てられた私はようやく幸せになれそうです

gacchi
恋愛
伯爵家の長女として生まれたアリアンヌは妹マーガレットが生まれたことで育児放棄され、伯父の公爵家の屋敷で暮らしていた。一緒に育った公爵令息リオネルと婚約の約束をしたが、父親にむりやり伯爵家に連れて帰られてしまう。しかも第二王子との婚約が決まったという。貴族令嬢として政略結婚を受け入れようと覚悟を決めるが、伯爵家にはアリアンヌの居場所はなく、婚約者の第二王子にもなぜか嫌われている。学園の二年目、婚約者や妹に虐げられながらも耐えていたが、ある日呼び出されて婚約破棄と伯爵家の籍から外されたことが告げられる。修道院に向かう前にリオ兄様にお別れするために公爵家を訪ねると…… 書籍化のため1/23に取り下げ予定です。

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。

乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。 唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。 だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。 プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。 「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」 唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。 ──はずだった。 目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。 逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

処理中です...