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第二章 派手に、生まれ変わります!
73 巻き戻っても二人は変わらないままでした!
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※暴力的な表現、女性の尊厳を貶めるような不快な描写あり※
「最初からこうすれば良かったわ……」
クリスの瞳が、研がれた刃物みたいにぎらりと煌めく。
隣に立っているコートニーは、脂と吹き出物で照った顔をにちゃにちゃと歪ませていた。
クロエは呼吸を整えて立ち上がろうとするが、
「っ……!?」
身体が痺れて手足が全く動かない。
途端に酷く重い空気が彼女を包んだ。全身が真上から圧をかけられているかのように、胸が苦しくなる。
「闇魔法ね……」
「あら、よく分かったわね。さすが聖女様」とクリス。「そろそろ効いてきた頃かしら?この部屋自体に魔法をかけてあるの。お前はもう動くことができないわ」
迂闊だったとクロエは唇を噛んだ。もっと警戒して臨めば良かった。
きっと、床表面にだけ闇魔法の膜を張っていたのだろう。部屋に入ってすぐに気付かれないように、こうやって倒れたときに吸い込むように。
――ドンッ!
そのとき、またもや背中に衝撃が走った。
思わず目を閉じ、少しして何事かと再び開けると、今度は腹に鈍い音が響く。
「っはっっ……!」
ダン、ダン、と数回打たれる。またもや瞳を閉じて、身体を丸めて防御体勢をとった。
「コートニー、やめなさい」クリスが娘を制止する。「これは大事な商品なのだから、無闇矢鱈に傷を付けては駄目よ」
「でもっ、お母様っ! この女は、あたしにっ――」
「これから、この娘が傷物にされる哀れな姿をたっぷり拝めるんだから、我慢しなさい」
「はぁい……」コートニーは渋々引き下がった。「あーあ、スコット様にも見せてあげたかったなぁ~」
「そうねぇ。婚約者の前で傷物にされるなんて、最高に面白いわよね。こんなことになるのなら、もっと早くやれば良かったわ。公爵令息の目の前で」
クロエは、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
二人の会話には聞き覚えがあった。逆行前に、娼館送りが決まったときに言われた言葉だ。聞きたくもない、おぞましい悪魔の台詞。
二人とも、あの頃となにも変わっていない。
やはり人の本質というものは、いつまでも同じなのだ。己から変わりたいと強く願わない限りは。
もしかしたら、自分も逆行前の記憶を持っていなければ、変わらないままだったかもしれない。そして、再びこの母娘に陥れられるだけだったかもしれない。
そう考えると、時間操作という魔法を与えてくれた……母に感謝した。
なぜ、伝えてくれなかったのか――という余計な気持ちは胸の奥に押し込んで。
「なにをっ……!?」
異母妹からの理不尽な暴力が終わったと思いきや、今度は無造作に髪を掴まれて、鼻の前でなにやら黒紫色の液体の入っている小瓶の中身を嗅がされた。
むせ返るような濃いムスク系の香りで、蓋を開けた途端に液体から煙が立ち上って、クロエの鼻腔へ入っていく。
刹那、身体がかっと熱くなって、くらくらと視界が揺らめいた。
継母はくすりと笑って、
「これは闇魔法で効果を倍増させた幻覚剤よ。あなたも噂くらい聞いたことがあるでしょう?」
「……」
クロエは肯定するように、じろりと継母を見た。
ここ最近、国境を越えて騒がれている幻覚剤の話は聞いたことがある。
薬草を使用したものとは異なり、高い即効性、持続性、そして依存性を持つと言われている薬品だ。少量でも体内に侵入すると、たちまち気分が高揚して、夢心地になるらしい。
……それは、男女の交わりに使用されることが多かった。
この幻覚剤はじわじわと地下で広がって、貴族・平民を問わずに秩序を乱していた。
ユリウスが闇魔法組織の糸口を掴んで安堵していたのは、この幻覚剤の撲滅も絡んでいたのだ。
「あなたはね……」クリスは優しい声音で続ける。「幻覚剤にすっかり依存してしまった愚かな令嬢なの。パーティーを取り仕切らないといけないのに、僅かな時間さえ我慢できなくて、幻覚剤を使って男たちと遊ぶような……とっても恥ずかしい令嬢なのよ?」
「お異母姉様は貴族令嬢として、あたしより無様なスキャンダルで賑わせるのよ。聖女様が闇魔法の幻覚剤に依存して、おまけに多くの男たちを相手に楽しんでる、ってね」
「入って来なさい!」
クリスが合図をすると、扉の外からぞろぞろと男たちが入って来た。
下卑た表情を浮かべるゴロツキたちで、こんな見るからに粗野な人間をよく侯爵家に忍び込ませたものだと、クロエは感心さえ覚えた。
「頑張ってくださいね、お異母姉様! 証人として、傷物になる姿をちゃんと見守っていますから!」と、コートニーが笑顔で言う。
「心配しなくても、修道院ではなくて娼館に入れてあげるから安心しなさい? それも特別な性癖を持つ殿方たちの相手をする店をね。初めてなのに幻覚剤と大勢の男の味を覚えたら、きっと普通の行為では満足できなくなると思うわ」
「あたしの代わりに世間から猛批判を受けて自滅していってくださいね! パリステラ家にはあたしが残りますので!」
「――じゃあ、さっさと始めましょうか」
継母と異母妹は、下品な笑い声を上げた。
男たちはすっかり興奮した様子で、じわじわと聖女様に近付く。
クロエは、指一つ動かせない。
「さぁ、母親の思い出の残った部屋で男たちに抱かれなさい」
クリスの何気ないその言葉に、突然クロエの中で、なにかが破裂した。
そのとき、一人の男の手がクロエの身体に触れる。
「そこまでだ」
同時に、険しい声が小屋内に響いた。
「最初からこうすれば良かったわ……」
クリスの瞳が、研がれた刃物みたいにぎらりと煌めく。
隣に立っているコートニーは、脂と吹き出物で照った顔をにちゃにちゃと歪ませていた。
クロエは呼吸を整えて立ち上がろうとするが、
「っ……!?」
身体が痺れて手足が全く動かない。
途端に酷く重い空気が彼女を包んだ。全身が真上から圧をかけられているかのように、胸が苦しくなる。
「闇魔法ね……」
「あら、よく分かったわね。さすが聖女様」とクリス。「そろそろ効いてきた頃かしら?この部屋自体に魔法をかけてあるの。お前はもう動くことができないわ」
迂闊だったとクロエは唇を噛んだ。もっと警戒して臨めば良かった。
きっと、床表面にだけ闇魔法の膜を張っていたのだろう。部屋に入ってすぐに気付かれないように、こうやって倒れたときに吸い込むように。
――ドンッ!
そのとき、またもや背中に衝撃が走った。
思わず目を閉じ、少しして何事かと再び開けると、今度は腹に鈍い音が響く。
「っはっっ……!」
ダン、ダン、と数回打たれる。またもや瞳を閉じて、身体を丸めて防御体勢をとった。
「コートニー、やめなさい」クリスが娘を制止する。「これは大事な商品なのだから、無闇矢鱈に傷を付けては駄目よ」
「でもっ、お母様っ! この女は、あたしにっ――」
「これから、この娘が傷物にされる哀れな姿をたっぷり拝めるんだから、我慢しなさい」
「はぁい……」コートニーは渋々引き下がった。「あーあ、スコット様にも見せてあげたかったなぁ~」
「そうねぇ。婚約者の前で傷物にされるなんて、最高に面白いわよね。こんなことになるのなら、もっと早くやれば良かったわ。公爵令息の目の前で」
クロエは、ぞくりと背筋に悪寒が走った。
二人の会話には聞き覚えがあった。逆行前に、娼館送りが決まったときに言われた言葉だ。聞きたくもない、おぞましい悪魔の台詞。
二人とも、あの頃となにも変わっていない。
やはり人の本質というものは、いつまでも同じなのだ。己から変わりたいと強く願わない限りは。
もしかしたら、自分も逆行前の記憶を持っていなければ、変わらないままだったかもしれない。そして、再びこの母娘に陥れられるだけだったかもしれない。
そう考えると、時間操作という魔法を与えてくれた……母に感謝した。
なぜ、伝えてくれなかったのか――という余計な気持ちは胸の奥に押し込んで。
「なにをっ……!?」
異母妹からの理不尽な暴力が終わったと思いきや、今度は無造作に髪を掴まれて、鼻の前でなにやら黒紫色の液体の入っている小瓶の中身を嗅がされた。
むせ返るような濃いムスク系の香りで、蓋を開けた途端に液体から煙が立ち上って、クロエの鼻腔へ入っていく。
刹那、身体がかっと熱くなって、くらくらと視界が揺らめいた。
継母はくすりと笑って、
「これは闇魔法で効果を倍増させた幻覚剤よ。あなたも噂くらい聞いたことがあるでしょう?」
「……」
クロエは肯定するように、じろりと継母を見た。
ここ最近、国境を越えて騒がれている幻覚剤の話は聞いたことがある。
薬草を使用したものとは異なり、高い即効性、持続性、そして依存性を持つと言われている薬品だ。少量でも体内に侵入すると、たちまち気分が高揚して、夢心地になるらしい。
……それは、男女の交わりに使用されることが多かった。
この幻覚剤はじわじわと地下で広がって、貴族・平民を問わずに秩序を乱していた。
ユリウスが闇魔法組織の糸口を掴んで安堵していたのは、この幻覚剤の撲滅も絡んでいたのだ。
「あなたはね……」クリスは優しい声音で続ける。「幻覚剤にすっかり依存してしまった愚かな令嬢なの。パーティーを取り仕切らないといけないのに、僅かな時間さえ我慢できなくて、幻覚剤を使って男たちと遊ぶような……とっても恥ずかしい令嬢なのよ?」
「お異母姉様は貴族令嬢として、あたしより無様なスキャンダルで賑わせるのよ。聖女様が闇魔法の幻覚剤に依存して、おまけに多くの男たちを相手に楽しんでる、ってね」
「入って来なさい!」
クリスが合図をすると、扉の外からぞろぞろと男たちが入って来た。
下卑た表情を浮かべるゴロツキたちで、こんな見るからに粗野な人間をよく侯爵家に忍び込ませたものだと、クロエは感心さえ覚えた。
「頑張ってくださいね、お異母姉様! 証人として、傷物になる姿をちゃんと見守っていますから!」と、コートニーが笑顔で言う。
「心配しなくても、修道院ではなくて娼館に入れてあげるから安心しなさい? それも特別な性癖を持つ殿方たちの相手をする店をね。初めてなのに幻覚剤と大勢の男の味を覚えたら、きっと普通の行為では満足できなくなると思うわ」
「あたしの代わりに世間から猛批判を受けて自滅していってくださいね! パリステラ家にはあたしが残りますので!」
「――じゃあ、さっさと始めましょうか」
継母と異母妹は、下品な笑い声を上げた。
男たちはすっかり興奮した様子で、じわじわと聖女様に近付く。
クロエは、指一つ動かせない。
「さぁ、母親の思い出の残った部屋で男たちに抱かれなさい」
クリスの何気ないその言葉に、突然クロエの中で、なにかが破裂した。
そのとき、一人の男の手がクロエの身体に触れる。
「そこまでだ」
同時に、険しい声が小屋内に響いた。
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