【完結】ゴーストと呼ばれた地味な令嬢は逆行して悪女となって派手に返り咲く〜クロエは振り子を二度揺らす〜

あまぞらりゅう

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第二章 派手に、生まれ変わります!

71 継母と異母妹が追い詰められていきます!

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 スコットを乗せた幌馬車は、何気ない日常での風景の一部みたいに、呆気なく通り過ぎて行った。

「別れの挨拶はしなくて良かったのか?」

 少し離れた木陰に立っていたユリウスが、おもむろにクロエに近付いてから尋ねた。

「別に……。彼と話すことなんてないわ」と、彼女は首を横に振る。

 ――ただの、ゴーストだろう?

 忘れもしない。あの時、あの瞬間。
 以来、自分と元婚約者との関係は、もう終わったのだ。
 もう彼のことなんて知らないし、どうだっていい。これから彼の運命がどうなろうと、自分には関係ない。

「じゃあ――」彼は彼女の頬にそっと手を当てる。「なんで泣いているんだ?」

「…………」

 彼女の瞳からは、ぽろぽろと涙が零れ落ちていた。
 彼の差し出したハンカチが、みるみる湿っていく。

 ややあって、

「分からない……」

 抑揚のない声で、彼女はぽつりと呟いた。
 そして再びの沈黙。

「そうか」

「…………」

 彼は彼女の手を握る。それは氷のように冷たくて、微かに震えていた。

 にわかに得たいの知れない焦燥感が彼を襲う。やはり彼女は、自ら破滅へと向かっていっている。
 このままでは、彼女がどんどん自分から離れて行きそうで、胸が波立った。


「行こうか」と、ユリウスは小さく言う。

 クロエは軽く頷いて、彼とともに歩き始めた。







「コートニーを修道院へ送ることにした」

 当主であるロバートの発言に、クリスは卒倒して、すぐさま気付け薬で目を覚ますと、今度は猛獣のように牙を剥いて抗議をはじめた。

「なぜですっ! なぜ、コートニーだけがこんな不幸な目に合わないといけないのですっ!!」

 彼女の金属音みたいな金切り声が屋敷中に響く。
 ロバートは耳を塞いでうんざりとした様子で、

「こうするしか方法はないのだ。コートニーはあんな不始末をおかして、社交界では居場所がなくなった。デビュタントの挨拶もできないとなると、貴族生命も絶たれた。そうなると、もう嫁の貰い手も見つからないだろう」

「あの子が一体なにをやったと言うのですっ! 酷すぎますっ!」

「酷いのはコートニーのほうだろう!? 全く、家門に泥を塗りおって……。おまけにジェンナー家との繋がりもなくなってしまった。それに王家からの信頼も失ったではないか! あの出来損ないのせいで、パリステラ家の立場は地に落ちたのだぞ!?」

「なんですって……! それもこれも、全部クロエのせいじゃありませんか! あの娘が可愛いコートニーを追い詰めたんですっ!」

「クロエがなにをしたというのだっ!? あの子はただ聖女として務めを果たしているだけだ。魔法が使えないのに魔石であたかも実力者のように見せたり、それに姉の婚約者を奪ったのも、全部コートニーの仕業だろうがっ!!」



 クリスはふらふらと覚束ない足取りで娘の部屋へと向かう。

 パリステラ家の用意した上品で高価な調度品と、少女趣味が融合したコートニーの部屋は、今では見る影もなく荒れ果てていた。
 ガラスや陶器は粉々になって床に散らばって、ドレスもぐちゃぐちゃ。厚いカーテンは開けられることはなく、薄暗くて、どろどろした空気のこもった陰鬱な空間に成り果てていた。

「お母様……」

 コートニーは、光のない濁った目を母親に向ける。
 彼女はずっと部屋から出られなくて、やることと言ったらひたすら食べるだけ。あんなに華奢で可憐な姿は打って変わって、今は丸々と肥えて、顔は脂まみれで吹き出物がぽつぽつとできて、まるで別人のようになっていた。

 彼女は母親が来るなりぎゅっと抱き着いて、

「あたし……悔しい! あんな女なんかにっ……!」

 大声でわんわんと泣き始めた。

 こんなはずじゃなかった。
 母親と一緒にパリステラ家にやって来て、二人で屋敷を乗っ取る予定だった。そして、自分たちの場所に図々しくも居座っていたあの女を、地獄に突き落とす予定だったのだ。

 それが、今では惨めなのは自分のほう。
 あの女に負けるどころか、社交界からも追放されて、もうなにも残っていなかった。

 反比例するかのように脂肪ばかり蓄えていって、豚みたいな醜い身体が、いつもひび割れた鏡の前で嘲笑っているのだった。

「大丈夫よ……大丈夫、コートニー」

 クリスは娘の背中を優しくさする。
 大丈夫。自分たちが負けるはずがない。こんな結末なんて許されない。

 あの女は、娘の言う通りなにか汚い真似をしているはずだ。
 しかし、証拠がない。これから作ることも困難だ。

 ……ならば、そんなことはどうでも良いくらいの醜態を晒させればいい。
 それこそ、コートニーの醜聞を超えるくらいの――……。

「あの女は、絶対に潰すわ……」

 クリスの瞳がぎらりと怪しくきらめいた。



 ロバートはクリスの訴えは全く相手にせずに、粛々とコートニーの修道院への移動の準備が進められた。妻との関係もすっかり冷え込んで、二人は顔も合わせなくなっていた。

 彼の愛する家族は、今ではもうクロエだけだ。
 コートニーの一件が片付いたら、妻とも離婚しようと考えていた。

 やはり、己にはクロエと亡き前妻だけが家族だったのだ。
 このような素晴らしい魔力を持つ娘を生んでくれた妻に、彼は改めて感謝をした。こんなことなら、冷遇しないでもう一人くらい子を作っておけば良かった……と、少し後悔もした。


 夫が妻を放置してるものだからか、クリスは以前より動きやすくなっていた。彼女は、今日も闇魔法の集会に足を運ぶ。

 母娘は、とてつもなく追い詰められていたのだ。

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