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第二章 派手に、生まれ変わります!

51 今回も継母の陰謀が渦巻いているようです!

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 クリスは苛立っていた。

 世間知らずの若い侯爵をたぶらかして、彼の子を産み、本妻から愛情を奪って、ついには侯爵夫人にまで上り詰めた。
 ここまで来るのに、辛酸を嘗めることも多くあったが、順調に事が進んだ。
 
 なのに……クロエ・パリステラ侯爵令嬢――この小娘のせいで、今後の計画が大幅に狂ってしまったのだ。
 
 彼女の予定では、まずは憎き前妻の娘を思う存分に虐げて、最終的には娼館にでも売って始末して、そのあとは実の娘を侯爵の唯一の愛娘として、二人で大切に育てるはずだった。
 あとは、跡取り。
 最後の仕上げに嫡男を産んだら完成だ。
 
 それが、今では旦那様の子供への愛情は聖女である姉のクロエのほうへ向いて、我が娘は期待されていた魔法さえも使えない。このままでは、差が開く一方だ。

 ロバートは……別邸で暮らしていた頃はあんなにも愛してくれたのに、今や冷淡な態度を取られることも多くなった。最近は寝室も別だ。他に女はいないようだが、今の冷ややかな関係が続けば、彼がいつ外に愛人を作るか分からない。

 クロエのせいで買い物も自由にできなくなってしまったし、侯爵夫人としての仕事も未だに任せてもらっていない。毎日、マナー、教養、マナー、教養……もう、本当にうんざり!
 
 ロバートが本当に愛しているのは「魔法」だけだ。
 長女のクロエが彼から愛されているのも「魔法」があるからこそなのだ。

 だったら、その「魔法」をなんとかすればいい。


 そこでクリスは、コートニーへの魔法の特訓を強化することにした。なんとしても、あの憎き継子よりも強くならなければ……と、彼女の熱意は尋常でないものがあった。

 ロバートも次女の魔法の訓練は大いに賛成してくれたので、魔法専用の家庭教師を五人も付けて、毎日毎日、マナーや教養よりも魔法の猛特訓をさせた。

 しかし、クロエがかけた魔法のせいで、コートニーは未だに魔法の流れさえ感じ取ることができない。

 元より勉強や努力が大嫌いなコートニーは、いくらやっても全く成果の出ない現状にほとほと嫌気が差して、そのうち怠けるようになり、激昂する母親との口論が絶えなかった。

 そんな二人のヒステリックな醜い姿に、ロバートの愛情もすっと引いていくのだった。




◆◆◆




 メイドは、音を立てずにマリアンの自室から去った。きょろきょろと辺りを見回して、足早に逃げる。

 その怪しい様子をクロエは廊下の角からこっそりと見ていた。周囲に人影がないのを確認して、彼女はマリアンの部屋へと入る。そして、ゆっくりと机の引き出しを開けた。

 すると、そこにはクロエの所有する高価なガラスペンが入っていたのだ。

(やっぱり。今回も私の周囲から崩すつもりなのね、お継母様は)

 侍女であり乳母でもあったマリアンは、逆行前はクロエの唯一の味方だった。彼女が文字通り最後の砦だったのだ。
 クリスはその防波堤を排除することによって、完全に継子を掌握した。
 それからのクロエの日々は、地獄のようで、あれよあれよという間に「ゴースト」に成り果てていた。

 クリスは、今回もマリアンに冤罪を被せて、屋敷から追い出すつもりのようだ。それも、前と同じやり方で。

 クロエは今回は前回の二の舞いにならないように、家令に命令して、クリスが別邸から連れてきた使用人たちを秘密裏に徹底的に監視させていた。
 数日前、なにやら怪しい動きがあると報告を受けたクロエは、注意深く彼らを観察していたのだ。

(今度こそマリアンは私が守るわ……!)

 クロエはガラスペンを懐にしまって、踵を返す。



「マリアンがクロエの私物を盗んでいるところを見た」

 その日の夜、メイドの勇気ある告発を受けたクリスは意気盛んにマリアンの部屋へと向かった。証拠品を差し押さえて糾弾するつもりだ。
 そして解雇して屋敷から追い出す……それも、継子に実行させる。それが彼女の計画だった。

「なにを騒いでいるのです?」

 お誂え向きにクロエも騒動に気付いてやって来た。
 クリスは事情を説明して、継子も現場に立ち会って、決定的な瞬間を見てもらおうと思ったのだ。

「あの……申し上げにくいのですが」クロエは眉尻を下げた。「私のガラスペンは盗まれていませんわ」

「そんなこと……! 現にこの子が見たのよ!?」

 クリスは衝動的に声を荒げる。そして、きっとメイドを睨み付けた。メイドは震え上がりながら、ふるふると首を横に振る。

 クリスは無言でマリアンの部屋まで急いだ。
 そして、メイドの言う通りに引き出しを開けると、

「ないっ……!!」

 そこには、クロエのガラスペンなんて欠片さえも入っていなかったのだ。

 クロエはくすりと笑って、

「ね、言ったでしょう? だって、ガラスペンはここにありますもの」

 おもむろに懐から盗まれたはずのペンを出す。
 途端に、継母の顔が夕焼けみたいに真っ赤に染まって、メイドの顔は雪のように真っ白になった。衝撃で二人とも声が出ないようで、片や怒りに、片や恐怖に震えていた。

「マリアンがそんなことを行うわけがありませんわ、お継母様」

 そんな間抜けな様相の二人を、小馬鹿にするようにクロエは苦笑した。



「お嬢様! ありました! それも、かなりの量です!」

 そのとき、執事の一人が息せき切って部屋までやって来た。クリスもメイドも訳が分からずに、ただ目を丸くする。

「あら、やっぱりそうなのね。残念だわ」クロエは継母のほうを向いて「お継母様、先程そこのメイドがあなたの宝飾類を窃盗しているという情報が入ったのです」

「なっ……なんですって!? 本当なの!?」

 クリスは問い質すように、きつい視線を執事に送る。

「は、はい! 今、数人でこの者の私室を確認したところ、奥様の指輪やネックレスが――」

「お前はっ! なんてことをしてくれたのっ!!」

「ち、違います! お待ち下さいっ、奥様っ!!」

 次の瞬間、クリスの渾身の平手打ちがメイドの頬に炸裂した。





 その後、メイドは解雇。紹介状は書かないが、温情で騎士には突き出さないことになった。
 パリステラ家としても、この醜聞を外部に漏らすのは憚られたからだ。

 クロエはここぞとばかりに「別邸から来た者は、もともとパリステラ家の審査に合格して本邸に仕えているわけではありません。この機会に皆、よそで働いてもらっては?」と、父親に助言をして、今回の事態を重く見た彼は了承した。

 クロエは、これを機に、継母の息のかかった使用人たちを全て排除したのだ。

 彼女は時間を止めてクリスの部屋に忍び込み、盗んだ宝飾類をメイドの部屋に置いただけだ。
 時を司る魔法とはなんと便利なものだろうか。笑いが止まらなかった。

 これで、継母の息のかかった使用人たちは完全に除外された。
 クリスはますます動きづらくなって、悶々とした日々を過ごし、まだ魔法が発動できない実の娘に当たることも多くなった。

 それも、これも、全部が魔法のせいだ。

 追い詰められたクリスは、この負の連鎖をなんとか断ち切りたくて、禁忌とされている闇魔法の集会に極秘で参加するようになった。

 彼女の目的は、「クロエから魔力を奪うこと」あるいは「クロエの魔力をコートニーに移すこと」だった。
 その歪んだ願いのために、怪しい交際を始めて、己に割り当てられた予算も多く費やすようになったのだった。



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