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第二章 派手に、生まれ変わります!
50 三人で仲良くお茶会です!④
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パリステラ姉妹の三文芝居が終わったあとは、賑やかなお茶会の再開だ。
貴族の子息たちは、姉妹の感動劇の話題もそこそこに、いつも通りの交流の時間が始まった。
なんと言っても今日は未来の王太子妃である公爵令嬢のお茶会なのだ。若い貴族たちは輝かしい将来へ繋がる人脈を築くために、それぞれの目的の人物との接触に勤しんだのだった。
クロエは華やかな場の秩序を乱したことを、公爵令嬢に平身低頭で謝罪をした。
公爵令嬢は「気にしなくていいわよ」と笑って許してくれたが、これは大きな借りができたなと苦い思いをした。
馬鹿な異母妹のせいで、とんだ失態だ。
彼女にとって、コートニーの淑女教育なんてどうでも良かったが、今後もこのようなトラブルを巻き起こして他の家門へ迷惑をかけるようでは、自身の評価にまで影響を及ぼすかもしれない。
だから、せめて最低限のマナーは覚えてもらわないと困る。
(逆行前はあの様でよく社交界でやっていけたわね……)
それは、おそらく魔法のお陰だろう。
魔力は貴族の強さの象徴だ。異母妹はそれが他に類を見ない才能を持つからこそ、許されたのだ。
(ま、今回はそうは行かないけどね……)
コートニーは今も魔法が使えていない。
対して自分は聖女。この事実は大きな影響力を及ぼすはずだ。
実際、父親は逆行前のようにクリスとコートニーを、過剰に甘やかしてはいないようだ。今日の事件を報告すれば、母娘への縛り付けはもっと強くなるだろう。
となれば、あの継母のことだからなにか手を打ってくるはず。
自分はその上を行って、二人を叩きのめすだけだ。
「待たせたわね。――コートニー、大丈夫?」
涙でぐしゃぐしゃの酷い顔になってしまった異母妹を、このままお茶会へ参加させるのは不味いと、クロエは庭のベンチへ連れて行った。ちょうど木陰に隠れて、人目に付きにくい場所だ。
コートニーの様子が落ち着くまでスコットに見てもらって、その間に彼女が家の代表として公爵令嬢へ謝罪へ赴いていたのだ。
「……っく……ひっく…………あ、あたしは、大丈夫ですぅっ……!」
コートニーはまたぞろ泣き出していた。
「君がいなくなってから、ずっとこの調子でね」と、スコットは肩をすくめる。
「まぁ……」
クロエは呆れたように軽いため息をついた。
すると、コートニーはまた声を上げて泣き出す。
「おっ、お異母姉様……ごめんなさいっ……あたしが悪いんですぅぅぅ……」
(はいはい、演技ね)
クロエはすぐに見破った。
大規模なお茶会でしくじって、今は少しは持ち直したものの、令息たちもコートニーのことを遠巻きに眺めている。
今日は様子見といったところだろうか。
だから、標的をスコットに変更して、少しでもしおらしい姿を彼に見せたいのだろう。
……効果は薄いようだが。
しかし、ずっとこんな調子では困る。
コートニーは曲がりなりにもパリステラ家の令嬢。異母妹の失敗は異母姉の評判にまで関わるのだ。
「いい加減に泣き止みなさい、コートニー」
クロエの冷厳な声が響く。
コートニーがびくりと肩を震わせて顔を上げると、異母姉がきわめて険しい視線を自身に向けていた。途端に粟立って、偽りの涙もぴたりと止まる。
婚約者の剣幕にスコットも押し黙った。
「いいこと?」クロエは静かに低い声で言う。「令嬢は人前で感情を露わにしてはいけません。仮に辛辣な言葉を投げかけられても、笑顔で皮肉を返して場を収めるのが基本です。家庭教師に習わなかったのかしら?」
クロエに気圧された厳しい沈黙のあと、一拍してコートニーが小さな口を開いた。
「そっ、そんなの……知らない…………です」
クロエは深いため息をつく。にわかに頭痛がして、こめかみを押さえた。
「お父様に言って家庭教師を替えてもらうことにするわ。もっと厳しく躾けることにしましょう」
「そんなっ! 酷いですぅぅっ!」
「クロエ、それはあんまりじゃないか。まずは、カリキュラムの見直しから――」
「部外者は黙っていてくださる?」
「っ……!」
婚約者の冷たい一言に、スコットは二の句が継げずに硬直した。ちくりと胸が痛む。
遠い。クロエが遠すぎる。
なんだか、彼女との距離がどんどん開いていく気がした。このままもっと離れて、いずれ彼女が見えなくなってしまうのではないかと、急激に不安の波が彼を襲う。
昔は……こんな子じゃなかった。
たしかに真面目で責任感の強いところは変わっていないが、もっと控えめで温かさがあった。それに、よく自分に頼ってきて……。
「良い、コートニー? あなたはもう平民ではないのよ。れっきとしたパリステラ家の一員です。自身の浅はかな行動があなたのお母様やお父様、そして家門の名誉までも傷付けることを、ゆめゆめ忘れないように」
「はい、お異母姉様……」
コートニーは頷くが、心の中は腸が煮えくり返っていた。別邸にいた頃は、ロバートに溺愛されて甘やかされまくっていたので、怒られることの耐性がないのだ。
(なんなの、この偉そうな女は。あたしに指図するなんて、本当にむかつく……!)
クロエは、逆行前の経験から、そんな異母妹の心の声も手に取るように分かっていた。
これからも油断せずに、この母娘をもっと締め付けなければ。
「クロエ」
出し抜けに、スコットが婚約者の名前を呼ぶ。
異母妹との話が一旦終わったので、クロエは「なぁに?」と彼のほうを向いた。
彼は酷く悲しげな顔をして、
「なんだか……変わったね。君は」
衝動的に、胸の奥にはびこるもやもやを、ぽつりと吐き出した。
次の瞬間、クロエの顔色が変わった。
異母妹を叱り付けるときも、高位貴族らしく凛とした美しさをまとっていた彼女の顔はみるみる歪んでいく。
深い憎悪のようなものを向けられているように感じて、彼は総毛立った。
刹那、雪景色のような静寂が冷たく二人を包み込む。
スコットの不安に揺れる瞳と、クロエの怒りに焼かれる瞳が交差した。
ややあって、
「…………誰のせいだと思っているの?」
クロエは、周囲には聞こえないくらいの微かな音で呟いた。
「えっ……? クロエ?」
彼女の僅かに動いた唇を見た彼は、なにか言ったのかと聞き返す。
しかし、その返事は来なかった。
「ちょっと暑いわね。なにか冷たい飲み物を持って来るわ。コートニー、今日は疲れたでしょう? 落ち着いたら、もう帰りましょう」
クロエは、さっきとは打って変わって笑顔を異母妹に向ける。そして有無を言わせずに飲み物を取りに行った。
またぞろスコットとコートニーが取り残される。
(さっき、クロエはなにかを喋った。一体なにを……?)
スコットの胸は、更に焦燥感で押し潰されるようだった。自分が彼女につい言ってしまった言葉に、彼女は激怒した様子だ。
婚約者は、なぜ怒ったのだろうか。彼には、皆目見当がつかなかった。
願わくば、昔のような純粋で優しいクロエに戻って欲しい。そのためにも、自分が彼女を支えなかれば……でも、どうやって?
「よしよし」
そのとき、コートニーがスコットの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「えっ……えっ!?」
彼の顔がみるみる上気する。思わぬ事態に、身体が固まった。
「あのね、あたしが落ち込んでいるときに、よくお父様が頭を撫でてくれていたの。こうされると、なんだか嬉しくなって。すぐに元気が出るのよ」と、コートニーは無邪気に笑う。
義妹の笑顔に、彼は緊張が解けて、硬かった肉体もすっとしなやかになっていくのを感じた。
「僕のことを元気づけようと?」彼もふっと笑みを漏らす。「ありがとう、コートニー嬢」
昔の記憶を思い出した。
あれは、クロエと婚約が決まってまだ間もない頃だ。母親が流行り病に倒れて、ベッドから起き上がれない日が続いたことがあった。
母はこのまま死んでしまうのではないかと沈み込んでいたとき、
「よしよし」
静かに隣で座っていたクロエが、優しく頭を撫でてくれたのだった。
あのときの、包み込まれるような安堵感は、今でも鮮明に覚えている。悲しみで満たされた心は、波が引いていくかのように穏やかになったのだ。
――そんな淡い思い出が頭の中に過って、思わず頬が緩んだ。
コートニーは、今度はスコットの頭をそっと胸に引き寄せる。
「いい子、いい子」
そして、またもや彼の頭を撫でた。
スコットは、なにも言わずに彼女に身を任せる。
ただ心地よかった。昔のクロエの姿と重なって、なんだか懐かしい気分になったのだ。
「ク、クロエ様……。これは……!」
丁度そのとき、クロエと一人の令嬢が二人の姿を見ていた。
一人で三人分のグラスを持つのは大変だろうと、運ぶのを手伝ってくれた令嬢である。
クロエは一瞬だけ目を見張ったが、なにも言わずに少しだけ口角を上げるだけだった。
(あら、第三者の前でこんなことをしてくれて、なんて幸運なのかしら)
今日は、スコットとコートニーの浮気現場を作れないかと目論んでいたが、異母妹の起こした事件のせいで、諦めるしかないと思っていた。
しかし、二人自らが疑わられるような行為をして、それを他の令嬢が目撃をして……なんという僥倖なのだろうか。
隣にいた令嬢は、クロエの微笑が「全てを知っている」からそこの反応だろうと勘違いをして、心を痛める。
「その……どうか、お気をたしかに……」
「ありがとうございます。……でも、良いのですよ」と、クロエはどう捉えられても良いように曖昧に答える。気丈な姿に令嬢は胸を打たれた。
これで二人の不名誉な噂が広がるだろう。
計画に向けて、良い方向へ進みそうだ。
クロエは何事もなかったかのように、二人に飲み物を持っていって、少し休んだら帰りの馬車へと足を運んだ。
そのとき、
(ユリウス……!?)
とても懐かしい友人の姿を見た。思わず彼を追ったが、すぐに見失ってしまう。
スコットに呼び止められて、渋々踵を返した。
帰りの馬車でも頭の中はユリウスのことでいっぱいだった。
彼はもう、こちらに来ているのだろうか。
となると、図書館に――……。
貴族の子息たちは、姉妹の感動劇の話題もそこそこに、いつも通りの交流の時間が始まった。
なんと言っても今日は未来の王太子妃である公爵令嬢のお茶会なのだ。若い貴族たちは輝かしい将来へ繋がる人脈を築くために、それぞれの目的の人物との接触に勤しんだのだった。
クロエは華やかな場の秩序を乱したことを、公爵令嬢に平身低頭で謝罪をした。
公爵令嬢は「気にしなくていいわよ」と笑って許してくれたが、これは大きな借りができたなと苦い思いをした。
馬鹿な異母妹のせいで、とんだ失態だ。
彼女にとって、コートニーの淑女教育なんてどうでも良かったが、今後もこのようなトラブルを巻き起こして他の家門へ迷惑をかけるようでは、自身の評価にまで影響を及ぼすかもしれない。
だから、せめて最低限のマナーは覚えてもらわないと困る。
(逆行前はあの様でよく社交界でやっていけたわね……)
それは、おそらく魔法のお陰だろう。
魔力は貴族の強さの象徴だ。異母妹はそれが他に類を見ない才能を持つからこそ、許されたのだ。
(ま、今回はそうは行かないけどね……)
コートニーは今も魔法が使えていない。
対して自分は聖女。この事実は大きな影響力を及ぼすはずだ。
実際、父親は逆行前のようにクリスとコートニーを、過剰に甘やかしてはいないようだ。今日の事件を報告すれば、母娘への縛り付けはもっと強くなるだろう。
となれば、あの継母のことだからなにか手を打ってくるはず。
自分はその上を行って、二人を叩きのめすだけだ。
「待たせたわね。――コートニー、大丈夫?」
涙でぐしゃぐしゃの酷い顔になってしまった異母妹を、このままお茶会へ参加させるのは不味いと、クロエは庭のベンチへ連れて行った。ちょうど木陰に隠れて、人目に付きにくい場所だ。
コートニーの様子が落ち着くまでスコットに見てもらって、その間に彼女が家の代表として公爵令嬢へ謝罪へ赴いていたのだ。
「……っく……ひっく…………あ、あたしは、大丈夫ですぅっ……!」
コートニーはまたぞろ泣き出していた。
「君がいなくなってから、ずっとこの調子でね」と、スコットは肩をすくめる。
「まぁ……」
クロエは呆れたように軽いため息をついた。
すると、コートニーはまた声を上げて泣き出す。
「おっ、お異母姉様……ごめんなさいっ……あたしが悪いんですぅぅぅ……」
(はいはい、演技ね)
クロエはすぐに見破った。
大規模なお茶会でしくじって、今は少しは持ち直したものの、令息たちもコートニーのことを遠巻きに眺めている。
今日は様子見といったところだろうか。
だから、標的をスコットに変更して、少しでもしおらしい姿を彼に見せたいのだろう。
……効果は薄いようだが。
しかし、ずっとこんな調子では困る。
コートニーは曲がりなりにもパリステラ家の令嬢。異母妹の失敗は異母姉の評判にまで関わるのだ。
「いい加減に泣き止みなさい、コートニー」
クロエの冷厳な声が響く。
コートニーがびくりと肩を震わせて顔を上げると、異母姉がきわめて険しい視線を自身に向けていた。途端に粟立って、偽りの涙もぴたりと止まる。
婚約者の剣幕にスコットも押し黙った。
「いいこと?」クロエは静かに低い声で言う。「令嬢は人前で感情を露わにしてはいけません。仮に辛辣な言葉を投げかけられても、笑顔で皮肉を返して場を収めるのが基本です。家庭教師に習わなかったのかしら?」
クロエに気圧された厳しい沈黙のあと、一拍してコートニーが小さな口を開いた。
「そっ、そんなの……知らない…………です」
クロエは深いため息をつく。にわかに頭痛がして、こめかみを押さえた。
「お父様に言って家庭教師を替えてもらうことにするわ。もっと厳しく躾けることにしましょう」
「そんなっ! 酷いですぅぅっ!」
「クロエ、それはあんまりじゃないか。まずは、カリキュラムの見直しから――」
「部外者は黙っていてくださる?」
「っ……!」
婚約者の冷たい一言に、スコットは二の句が継げずに硬直した。ちくりと胸が痛む。
遠い。クロエが遠すぎる。
なんだか、彼女との距離がどんどん開いていく気がした。このままもっと離れて、いずれ彼女が見えなくなってしまうのではないかと、急激に不安の波が彼を襲う。
昔は……こんな子じゃなかった。
たしかに真面目で責任感の強いところは変わっていないが、もっと控えめで温かさがあった。それに、よく自分に頼ってきて……。
「良い、コートニー? あなたはもう平民ではないのよ。れっきとしたパリステラ家の一員です。自身の浅はかな行動があなたのお母様やお父様、そして家門の名誉までも傷付けることを、ゆめゆめ忘れないように」
「はい、お異母姉様……」
コートニーは頷くが、心の中は腸が煮えくり返っていた。別邸にいた頃は、ロバートに溺愛されて甘やかされまくっていたので、怒られることの耐性がないのだ。
(なんなの、この偉そうな女は。あたしに指図するなんて、本当にむかつく……!)
クロエは、逆行前の経験から、そんな異母妹の心の声も手に取るように分かっていた。
これからも油断せずに、この母娘をもっと締め付けなければ。
「クロエ」
出し抜けに、スコットが婚約者の名前を呼ぶ。
異母妹との話が一旦終わったので、クロエは「なぁに?」と彼のほうを向いた。
彼は酷く悲しげな顔をして、
「なんだか……変わったね。君は」
衝動的に、胸の奥にはびこるもやもやを、ぽつりと吐き出した。
次の瞬間、クロエの顔色が変わった。
異母妹を叱り付けるときも、高位貴族らしく凛とした美しさをまとっていた彼女の顔はみるみる歪んでいく。
深い憎悪のようなものを向けられているように感じて、彼は総毛立った。
刹那、雪景色のような静寂が冷たく二人を包み込む。
スコットの不安に揺れる瞳と、クロエの怒りに焼かれる瞳が交差した。
ややあって、
「…………誰のせいだと思っているの?」
クロエは、周囲には聞こえないくらいの微かな音で呟いた。
「えっ……? クロエ?」
彼女の僅かに動いた唇を見た彼は、なにか言ったのかと聞き返す。
しかし、その返事は来なかった。
「ちょっと暑いわね。なにか冷たい飲み物を持って来るわ。コートニー、今日は疲れたでしょう? 落ち着いたら、もう帰りましょう」
クロエは、さっきとは打って変わって笑顔を異母妹に向ける。そして有無を言わせずに飲み物を取りに行った。
またぞろスコットとコートニーが取り残される。
(さっき、クロエはなにかを喋った。一体なにを……?)
スコットの胸は、更に焦燥感で押し潰されるようだった。自分が彼女につい言ってしまった言葉に、彼女は激怒した様子だ。
婚約者は、なぜ怒ったのだろうか。彼には、皆目見当がつかなかった。
願わくば、昔のような純粋で優しいクロエに戻って欲しい。そのためにも、自分が彼女を支えなかれば……でも、どうやって?
「よしよし」
そのとき、コートニーがスコットの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「えっ……えっ!?」
彼の顔がみるみる上気する。思わぬ事態に、身体が固まった。
「あのね、あたしが落ち込んでいるときに、よくお父様が頭を撫でてくれていたの。こうされると、なんだか嬉しくなって。すぐに元気が出るのよ」と、コートニーは無邪気に笑う。
義妹の笑顔に、彼は緊張が解けて、硬かった肉体もすっとしなやかになっていくのを感じた。
「僕のことを元気づけようと?」彼もふっと笑みを漏らす。「ありがとう、コートニー嬢」
昔の記憶を思い出した。
あれは、クロエと婚約が決まってまだ間もない頃だ。母親が流行り病に倒れて、ベッドから起き上がれない日が続いたことがあった。
母はこのまま死んでしまうのではないかと沈み込んでいたとき、
「よしよし」
静かに隣で座っていたクロエが、優しく頭を撫でてくれたのだった。
あのときの、包み込まれるような安堵感は、今でも鮮明に覚えている。悲しみで満たされた心は、波が引いていくかのように穏やかになったのだ。
――そんな淡い思い出が頭の中に過って、思わず頬が緩んだ。
コートニーは、今度はスコットの頭をそっと胸に引き寄せる。
「いい子、いい子」
そして、またもや彼の頭を撫でた。
スコットは、なにも言わずに彼女に身を任せる。
ただ心地よかった。昔のクロエの姿と重なって、なんだか懐かしい気分になったのだ。
「ク、クロエ様……。これは……!」
丁度そのとき、クロエと一人の令嬢が二人の姿を見ていた。
一人で三人分のグラスを持つのは大変だろうと、運ぶのを手伝ってくれた令嬢である。
クロエは一瞬だけ目を見張ったが、なにも言わずに少しだけ口角を上げるだけだった。
(あら、第三者の前でこんなことをしてくれて、なんて幸運なのかしら)
今日は、スコットとコートニーの浮気現場を作れないかと目論んでいたが、異母妹の起こした事件のせいで、諦めるしかないと思っていた。
しかし、二人自らが疑わられるような行為をして、それを他の令嬢が目撃をして……なんという僥倖なのだろうか。
隣にいた令嬢は、クロエの微笑が「全てを知っている」からそこの反応だろうと勘違いをして、心を痛める。
「その……どうか、お気をたしかに……」
「ありがとうございます。……でも、良いのですよ」と、クロエはどう捉えられても良いように曖昧に答える。気丈な姿に令嬢は胸を打たれた。
これで二人の不名誉な噂が広がるだろう。
計画に向けて、良い方向へ進みそうだ。
クロエは何事もなかったかのように、二人に飲み物を持っていって、少し休んだら帰りの馬車へと足を運んだ。
そのとき、
(ユリウス……!?)
とても懐かしい友人の姿を見た。思わず彼を追ったが、すぐに見失ってしまう。
スコットに呼び止められて、渋々踵を返した。
帰りの馬車でも頭の中はユリウスのことでいっぱいだった。
彼はもう、こちらに来ているのだろうか。
となると、図書館に――……。
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