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 それから数ヶ月が経って、ついに学園の卒業式の日がやって来た。



 エドゥアルトはローゼと交際をしていた頃は、この日にシャルロッテに婚約破棄を突き付けようと考えていた。だがそれも彼方に忘却して、彼は今日、改めて最愛の君に愛を伝えよう……と、決意していた。





「シャルロッテ」



 エドゥアルトは緊張で少し強張った身体で愛しの婚約者の名を呼ぶ。



「なんでしょう、殿下?」



 シャルロッテは首を傾げる。普段の姿とは違って少し他人行儀で冷淡な声音の彼女は、己と同じく緊張しているからだろうか。待っていろ、すぐに愛の囁きで喜ばせてあげるから……と、エドゥアルトは口火を切る。



「俺は君が好きだ。心から愛している。一時は気の迷いで身分の低いつまらん女に靡きかけたが、やはり俺の最愛は君だ、シャルロッテ。これからも、良き伴侶として共に生きていこう」



「まぁ……」



 シャルロットはみるみる困り顔になって、眉根を寄せる。



「ど、どうした?」と、エドゥアルトは婚約者の予想外の返答に困惑した。



 シャルロッテはくすりと笑って、



「殿下はまだご存知ないのですか? わたくしたち、本日付で婚約破棄が決まったのですよ。もちろん殿下の有責で」



「はっ…………」



 エドゥアルトは頭が真っ白になって、凍り付いた。まさに青天の霹靂。そんなこと側近からも父王からも全く聞いていない。



(最後まで計画通りね。馬鹿な人で良かったわ)



 シャルロッテはしたり顔をする。彼女は国王に頼んで婚約破棄の件は己から伝えるので、それまで王子には黙っていて欲しいと懇願していて、なんと快諾してもらえたのだ。

 国王は愚息に激怒していた。だから被害者である哀れな侯爵令嬢の願いを全て聞き入れたのだ。婚約解消ではなく、王家有責で婚約破棄となることも。



 なぜなら――……、





「殿下、わたくしたちの婚約破棄はもう数ヶ月前に決定していたのです。国王陛下が決断されたことですわ」



「そんっ……な、なんで…………?」



 茫然自失としていたエドゥアルトがやっと上擦った声を上げた。彼の脳裏には疑問符でいっぱいだった。



 シャルロッテは自分のことを愛しているのではないのか?

 なぜ、父上は愛する二人を引き裂こうとする?



「殿下……」シャルロッテは小馬鹿にしたように鼻で笑って「数ヶ月前、ローゼ様があなたのお子を懐妊されたときに決定されたことですわ」



「懐妊だって!?」



 エドゥアルトは目を剥いた。鳩尾を思い切り殴られたような、ズンとした重い衝撃だった。

 たしかに、男爵令嬢とはそういう行為をしていたが、まさか……懐妊?



「そうですわ。ローゼ様が学園をお休みになっていたのは懐妊の影響で体調が優れないからですわ。ですので、無事に出産するまでは自宅で静養するようにと陛下がおっしゃいましたの。春には生まれるそうですわよ。おめでとうございます、お父様。――あら、平民はパパと呼ぶのでしたっけ?」



「いや……その……だって…………」



 エドゥアルトの額から流れた汗がポトポトと地面に落ちた。くらりと意識が宙を舞う。



「陛下は婚約者がいる身でありながら他の令嬢に手を出して、あまつさえお子まで儲けたことに大変お怒りでしたわ。その報いとして、殿下は本日で王位継承権剥奪のうえ男爵家へ婿入りですって。一代限りの爵位らしいですわ。良かったですわね、最愛の君と結ばれて」



(違う……!)



 エドゥアルトは力なく頭を振る。もはや声を上げることもできなかった。

 自分が愛しているのは男爵令嬢ではない。

 たしかに一時は彼女の新鮮さに惹かれたが、探していた真実の愛は婚約者であるシャルロッテにあったのだ。



「男爵令嬢には懐妊の目眩ましのために、わたくしが学園で道化役に徹していると伝えておりますわ。混乱を招かないようにお二人の婚姻・懐妊の発表は卒業の日に……と言うと、彼女、とっても喜んでおりましたわよ? 自分との愛を貫くために殿下が頑張ってくれている、って。お似合いの二人ですわね」



「…………」



「そうそう、わたくしの今後を心配してくださっているのなら、ご心配なく。同じく今日付けで隣国の公爵令息様との婚約が決まっておりますの」



「はっ!? 隣国!?」



「えぇ。だって今のままでは恥ずかしくてこの国にいられませんから。王子と婚約破棄になって、しかも学園での平民のような下品な振る舞い……このような醜態を晒して、もう恥ずかし過ぎてこの国にはいられませんわ。ですので、隣国で一からやり直そうと思って。婚約者の公爵令息様は愚かなわたくしを笑って受け入れてくださる心の広い方ですわ。一時はどうなることやらと思いましたけど、素敵な殿方と巡り会えて本当に良かった。わたくしの真実の愛とやらは隣国にあったようです」





 シャルロッテのエドゥアルトに対する情は、彼とローゼが親密な仲になった頃にはすっかり冷めていた。



 ……だが、このままでは諦めきれない。



 平民出身の下位貴族に負けて無様に散るなんて、侯爵令嬢としてのプライドが許さなかった。



 そこで、彼女はエドゥアルトをもう一度己に振り向かせるように努力した。

 彼の愛情を取り戻したい……そして自分のことを心から愛してもらった上で、ゴミクズのようにポイと捨てようと決意したのである。



(底知れぬ絶望を与えてあげるわ……!)



 計画は面白いほど上手く行った。単純な性格でお世辞にも怜悧だと言えない王子は見事に侯爵令嬢の術中に嵌ったのである。



「では、殿下――あら、もう違うのですね。一代限りの男爵さん?」



「っ…………!?」



 我に返ったエドゥアルトに向かって、シャルロッテはこれまでの王妃教育の集大成のようなカーテシーをする。それは、侯爵令嬢としての矜持が内包された凛とした美しい姿だった。





「身分が違い過ぎてもう二度と会うことはないと思いますが、どうかお元気で。ローゼ様とお幸せに。



 ――では、ご機嫌よう」





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