【本編完結】元皇女なのはヒミツです!

あまぞらりゅう

文字の大きさ
上 下
46 / 76

46 燃える思い出

しおりを挟む
「嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!」

 私は叫びながら、ぼうぼうと燃え盛る紅蓮の炎の中に飛び込んだ。

「リナっ!」

 すんでのところでセルゲイがぐいと引っ張って私を制止をする。

「離して! 私の手紙がっ!」

「危ないだろ! 大火傷するぞ!」

「でもっ!!」

 瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。それは滝のように流れて視界を塞いで、炎と手紙の区別がつかなくなる。……いえ、これは手紙が燃えて炎の中に消えていっているんだわ。

 私の手紙――フレデリック様からいただいた数々の言葉が目の前で消えていく。

「あんたが泣き喚く姿なんて初めて見たわ。愉快ねぇ」と、グレースは次々に手紙の束を火炎の中に放り込んでいった。

「やめてぇぇぇぇぇっ!!」

 私は金切り声を上げて大音声で叫ぶ。
 すぐにでも火の中に入ってフレデリック様の手紙を取り戻したい。でも、セルゲイの頑丈な肉体はいくら力を込めても振り払えなかった。

「あはは! いい気味だわ!」

 グレースの手は止まらない。手紙の束はどんどん燃えてなくなっていく。
 私たちの思い出も灰になっていく。
 フレデリック様が……消えていく。

「やめろ、グレース! こんなことをやっても、君が後悔するだけだ!」

「はぁ? あたしが後悔? なにを馬鹿なことを言っているの? 平民はこれを機に自身の言動を省みることね」

「……っく…………ひっく…………フレ……デリック様……………………」

 私は蚊の鳴くような声で彼の名前を呼ぶ。
 でも、返事が来るはずがない。
 火の勢いが強くなった。
 辺りもだんだんと暗くなって、影が濃くなった。

 ふいにグレースが持つ手紙の束の麻の紐がほどける。手紙は風に吹かれた花弁のようにふわりと広がって宙を舞った。私は思わず手を伸ばすが、それらは地面に落ちる前に炎の壁の中に儚く溶けた。

「あら?」

 ひらひらと一枚の便箋がグレースの足元に舞い降りる。彼女はおもむろにそれを拾った。

「グレース! 返して!!」

「嫌よ。――そうだわ、話の種に平民の愛の囁きでも読んでみましょうか。きっと滑稽だわぁっ!」

「やめてっ!!」

「やめろっ、グレース!」

 グレースは冷たい笑いを浮かべながら二つ折りの便箋を開いた。

「ええっと……親愛なるエカチェリーナ様  いかがお過ごしでしょうか? リーズはまもなく夏になります。僕は今年も小さなお姫様と避暑地へ向かう予定です。帝国人のあなたがこちらに来たら真夏の暑さに驚いてしまうかもしれませんね。だからリーナ専用の別荘を建てようかと考えているのですが、真面目なあなたのことだから税金の無駄遣いだって怒るでしょうか――」

 グレースはかっと目を見開いて炎越しに私と手紙を交互に見た。そしてまた手紙に戻って食い入るように見つめる。

「――早く君に会いたい フレデリック・リーズ…………!?」

 グレースはその場に凍り付いた。
 そして、彼女の濁った瞳に再び光が輝いた。

「その手を離しなさいっ! セルゲイ・ミハイロヴィチ・ストロガノフっ!!」

 それと同時に私が叫ぶ。
 セルゲイは一瞬だけ力を緩めた。その隙に私は彼の腕からするりと抜け出して炎に向かって手を伸ばす。

「殿下!!」

「エカチェリーナ様っ!! 駄目えぇぇぇぇっ!!」

 グレースのほうが早く炎の中に突っ込んだ。そして半分灰になった手紙を半狂乱で掻き集める。

「グレース! まずは魔法を止めろ!」

「で、でもっ! エカチェリーナ様のお手紙がっ!!」

「いいから! 早くっ!」

 グレースは慌てて呪文を詠唱して炎を消した。

 あとに残ったのは、灰になった手紙と黒焦げて煤だらけの顔のグレースだけだった。彼女は真っ青な顔をしてガタガタと打ち震えていた。

 私はよろよろと半歩前へ出て跪く。グレースもその場にへたり込んで、綺麗な顔をしわくちゃにさせながら号泣していた。

 真っ黒になった手紙にそっと手を触れる。
 それらは簡単に砕けて、煙のように消えた。

「は、はは……」

 乾いた笑いが出た。

 全部……全部なくなった。フレデリック様の手紙が。私たちの思い出が。
 もう、二人を繋ぐものはなにもない。

 唯一の拠り所が消えて、私は本当にただの平民になってしまったような気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

婚約破棄は綿密に行うもの

若目
恋愛
「マルグリット・エレオス、お前との婚約は破棄させてもらう!」 公爵令嬢マルグリットは、女遊びの激しい婚約者の王子様から婚約破棄を告げられる しかし、それはマルグリット自身が仕組んだものだった……

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

完結)余りもの同士、仲よくしましょう

オリハルコン陸
恋愛
婚約者に振られた。 「運命の人」に出会ってしまったのだと。 正式な書状により婚約は解消された…。 婚約者に振られた女が、同じく婚約者に振られた男と婚約して幸せになるお話。 ◇ ◇ ◇ (ほとんど本編に出てこない)登場人物名 ミシュリア(ミシュ): 主人公 ジェイソン・オーキッド(ジェイ): 主人公の新しい婚約者

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...