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39 侯爵令嬢のお茶会④
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◆◆◆
「王太子殿下」
令嬢たちからやっと解放されたフレデリックのもとへ今度はフローレンス侯爵令嬢がやって来た。
「やぁ、フローレンス嬢。もう挨拶回りは終わったのかい?」
「えぇ。やっと殿下とゆっくりとお話できると思うと、わたくし嬉しくって」と、フローレンスは周囲に聞こえるような弾む声で言った。
「やっぱり、お二人はそういう関係なのね」
「もしかして今日は婚約発表をするのかしら?」
途端に周囲から無責任なひそひそ話が聞こえはじめた。
フレデリックはそんな下らない噂話にうんざりする。そして、そういう話を敢えて広めようとする目の前の侯爵令嬢にも。
だが、今日は彼女がホストだ。従妹の社交界プチデビューの記念すべき会だし、自分から波風を立てることは得策ではない。
フレデリックはニッコリと微笑んで、
「……そうか。それは光栄だね。では、あちらのテーブルに行こうか」
侯爵令嬢の誘いに乗る。
彼は彼女の手を取って近くのテーブルまでエスコートをする。
ぞっとするほど氷のように冷たい手。自分はこの手を一生握ることになるのだろうか。そう考えると目の前が真っ暗になる。
だがフレデリックはそんな思いはおくびにも出さずに、笑顔でフローレンスの話に相槌を打つ。
◆◆◆
アメリア様たちは今度はセルゲイに遊んでもらっていた。
役目の終わった私は後ろに下がってその様子を微笑ましく見守っていると、
「ちょっと、そこの付添人さん。これを持ってくださる?」
「えっ――」
返事をする前に、令嬢が空いたカップを押し付けて来た。
「私も」
「わたくしのもお願いね」
「ほら、早く持ちなさい」
令嬢たちはどんどん私にカップやお皿を渡してくる。さすがに高級品を落として割ったら不味いので私は掻き集めるようにそれらを必死で持った。
「ちょ、ちょっと! なんで私に渡すの? そこに置いたままでいいじゃない」
「これからこちらのテーブルに皆で集まることにしたの。だからテーブルセッティングを変更するのよ」
「だったら、会場にいるメイドたちに――」
「彼女たちは今は他の仕事で忙しそうだから頼むのは悪いでしょ? あなたは平民なんだから手伝いなさい」
「…………」
なんて理屈だ。メイドは十分にいて仕事に余裕があるし、それにホストに無断でテーブルセッティングを変えるだなんて、無礼にも程がある。それはあなたのおもてなしに不満がありますよ、と言っているのと同じだ。侯爵令嬢になんて失礼なのかしら。
……ま、私に嫌がらせをするためにわざとやっているのでしょうけど。
こうしている間も、令嬢たちは容赦なく私にテーブル上のものを押し付けてきた。一度他の場所に置きたいが、のべつ幕なしに渡されてそんな暇はなく私の腕の中にどんどん食器類が溜まっていった。
にわかに、誰に背中を押された。
そして、
――ガッシャーン!
私はつんのめって派手な金属音を響かせながら食器類を粉々に割ってしまった。ガラスの破片がドレスに飛び散った。
令嬢たちのくすくすと意地の悪い笑い声を全身に浴びる。だが、私はその悪意さえも届かずにただ茫然自失と目の前の惨状を眺めていた。
……これ、全部でいくらかしら?
眼前の破損した品は全部が高級品だ。両家で禍根を残さないためにも、きっとシェフィールド家が弁償することになるだろう。仮に私のお給金から天引きするとしても、それだけで賄えるだろうか。アレクセイさんから受け取った元税金を使う? いや、それはさすがに良心が……。
そのとき、私の意識を現実に引き戻すかのように、一人の令嬢が卒然と大声を上げた。
「どうしましょう! あたしのネックレスがないわ!」
「王太子殿下」
令嬢たちからやっと解放されたフレデリックのもとへ今度はフローレンス侯爵令嬢がやって来た。
「やぁ、フローレンス嬢。もう挨拶回りは終わったのかい?」
「えぇ。やっと殿下とゆっくりとお話できると思うと、わたくし嬉しくって」と、フローレンスは周囲に聞こえるような弾む声で言った。
「やっぱり、お二人はそういう関係なのね」
「もしかして今日は婚約発表をするのかしら?」
途端に周囲から無責任なひそひそ話が聞こえはじめた。
フレデリックはそんな下らない噂話にうんざりする。そして、そういう話を敢えて広めようとする目の前の侯爵令嬢にも。
だが、今日は彼女がホストだ。従妹の社交界プチデビューの記念すべき会だし、自分から波風を立てることは得策ではない。
フレデリックはニッコリと微笑んで、
「……そうか。それは光栄だね。では、あちらのテーブルに行こうか」
侯爵令嬢の誘いに乗る。
彼は彼女の手を取って近くのテーブルまでエスコートをする。
ぞっとするほど氷のように冷たい手。自分はこの手を一生握ることになるのだろうか。そう考えると目の前が真っ暗になる。
だがフレデリックはそんな思いはおくびにも出さずに、笑顔でフローレンスの話に相槌を打つ。
◆◆◆
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「ちょっと、そこの付添人さん。これを持ってくださる?」
「えっ――」
返事をする前に、令嬢が空いたカップを押し付けて来た。
「私も」
「わたくしのもお願いね」
「ほら、早く持ちなさい」
令嬢たちはどんどん私にカップやお皿を渡してくる。さすがに高級品を落として割ったら不味いので私は掻き集めるようにそれらを必死で持った。
「ちょ、ちょっと! なんで私に渡すの? そこに置いたままでいいじゃない」
「これからこちらのテーブルに皆で集まることにしたの。だからテーブルセッティングを変更するのよ」
「だったら、会場にいるメイドたちに――」
「彼女たちは今は他の仕事で忙しそうだから頼むのは悪いでしょ? あなたは平民なんだから手伝いなさい」
「…………」
なんて理屈だ。メイドは十分にいて仕事に余裕があるし、それにホストに無断でテーブルセッティングを変えるだなんて、無礼にも程がある。それはあなたのおもてなしに不満がありますよ、と言っているのと同じだ。侯爵令嬢になんて失礼なのかしら。
……ま、私に嫌がらせをするためにわざとやっているのでしょうけど。
こうしている間も、令嬢たちは容赦なく私にテーブル上のものを押し付けてきた。一度他の場所に置きたいが、のべつ幕なしに渡されてそんな暇はなく私の腕の中にどんどん食器類が溜まっていった。
にわかに、誰に背中を押された。
そして、
――ガッシャーン!
私はつんのめって派手な金属音を響かせながら食器類を粉々に割ってしまった。ガラスの破片がドレスに飛び散った。
令嬢たちのくすくすと意地の悪い笑い声を全身に浴びる。だが、私はその悪意さえも届かずにただ茫然自失と目の前の惨状を眺めていた。
……これ、全部でいくらかしら?
眼前の破損した品は全部が高級品だ。両家で禍根を残さないためにも、きっとシェフィールド家が弁償することになるだろう。仮に私のお給金から天引きするとしても、それだけで賄えるだろうか。アレクセイさんから受け取った元税金を使う? いや、それはさすがに良心が……。
そのとき、私の意識を現実に引き戻すかのように、一人の令嬢が卒然と大声を上げた。
「どうしましょう! あたしのネックレスがないわ!」
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