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28 嵐のあとで
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◆◆◆
「あの女、本っ当にむかつく! 大っ嫌い!!」
リナがシェフィールド公爵家を離れたあと、フレデリックとアメリアは庭に出て二人だけのお茶会をしていた。
フレデリックは週に二、三度はこの小さなお姫様のもとに遊びに行っていて、二人は実の兄妹のように仲良くしていたのだった。
アメリアは終始ご機嫌ななめで、ずるずるとお茶を飲みながら「あの女が、あの女が」と、ずっとリナのことを腐していた。
「もう、あの女嫌い! ねぇ、フレディお兄様からお父様にあの女を首にするように言って!」
「そんなこと言ったってアミィはとっても楽しそうに魔法の練習をしていたじゃないか」
「全っっっ然っっ、楽しくなかったわ! あの女、わたしのことを醜いなんて言うのよ! 酷いと思わない?」
「醜い?」フレデリックは目を丸くして「こんなに可愛いアミィが醜いなんて、またなんで?」
「わたしが公爵令嬢という立場を利用してやりたい放題してるって。それは醜いことなんだって!」と吐き捨てるように言って、アメリアはカップをガチャリと雑に置いた。
「それは……言葉は悪いかもしれないけど、リナ嬢の言い分も間違ってはいないと思うよ」
「えっ……!」
アメリアは大好きな従兄の思い掛けない発言に憮然として二の句が継げなかった。
なんで、お兄様まであの女なんかの味方をするの? お兄様はわたしの一番の味方じゃないの?
フレデリックは困ったように軽く息を吐いて、
「たしかに醜いというのは言い過ぎだけど、自分の身分の高いことを利用して弱い立場の者に辛く当たることはいけないことなんだよ。アミィも叔父上からよく怒られているだろう? もっと相手の気持ちも考えなさい、って」
「だってぇ……」
皆わたしの気持ちを分かってくれないんだもん、と言いかけてアメリアは口を噤んだ。
理由は分からない。でも、物事の全てに無性に腹が立ってしょうがない。だが、そのモヤモヤした気持ちを幼い彼女には言葉にするのは難しかった。
「それに、リナ先生のおかげで魔法の命中率が上がってきたんじゃないか? だから、次の授業も頑張ろう?」
「そ、それは……」
アメリアはリーズ王家の血を引いているだけあって絶大な魔力を持っているが、その操作能力はてんで駄目だった。魔法をまっすぐ飛ばそうとしても右へ逸れる。小規模な魔法を使おうとしても大爆発を起こしてしまう。そんな状態にいつもむかむかしていた。
だが、今日はいつもとは違った。憎きあの女に痛恨の一撃をお見舞いしたいと強く思うと、自然と意識が研ぎ澄まされて魔法の軌道が見える気がした。
でもそれは、あの女のおかげじゃない。自分の力だ。
フレデリックはくすりと笑いながら彼女の頭をポンと撫でて、
「じゃあ、この話はもう終わり。いいかい? リナ先生の次の授業もちゃんと受けるんだよ?」
「……分かってるわよ」と、アメリアは口を尖らせて、そっぽを向いた。
フレデリックはその様子を微笑ましいと思った。
従妹は幼い頃に母親を亡くして、随分悲しい思いをさせてしまった。だから、なるべく彼女の側にいたいし、彼女の望みもできるだけ叶えてやりたかった。
だが、可愛さのあまり、それが彼女を悪い方向に導いてしまっているとは思ってもみなかった。それに気付いた頃には手遅れに近く、今では娘の教育に叔父上も頭を抱えているところだった。
そこにリナ嬢が現れたことは僥倖だった。彼女はたった一回の授業で従妹の魔法を向上させた。これは良い変化が訪れるかもしれない。そう考えると心が弾んだ。
同時に、フレデリックはこの奇妙な特待生の平民に大きな興味を抱いた。
婚約者と同じアレクサンドル人の女の子。やはり彼女と同郷だからかどうしても気になってしまう。もしかすると、エカチェリーナが恋しすぎて自分は頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
だが……もっとリナと話してみたいと、フレデリックは思った。
「あの女、本っ当にむかつく! 大っ嫌い!!」
リナがシェフィールド公爵家を離れたあと、フレデリックとアメリアは庭に出て二人だけのお茶会をしていた。
フレデリックは週に二、三度はこの小さなお姫様のもとに遊びに行っていて、二人は実の兄妹のように仲良くしていたのだった。
アメリアは終始ご機嫌ななめで、ずるずるとお茶を飲みながら「あの女が、あの女が」と、ずっとリナのことを腐していた。
「もう、あの女嫌い! ねぇ、フレディお兄様からお父様にあの女を首にするように言って!」
「そんなこと言ったってアミィはとっても楽しそうに魔法の練習をしていたじゃないか」
「全っっっ然っっ、楽しくなかったわ! あの女、わたしのことを醜いなんて言うのよ! 酷いと思わない?」
「醜い?」フレデリックは目を丸くして「こんなに可愛いアミィが醜いなんて、またなんで?」
「わたしが公爵令嬢という立場を利用してやりたい放題してるって。それは醜いことなんだって!」と吐き捨てるように言って、アメリアはカップをガチャリと雑に置いた。
「それは……言葉は悪いかもしれないけど、リナ嬢の言い分も間違ってはいないと思うよ」
「えっ……!」
アメリアは大好きな従兄の思い掛けない発言に憮然として二の句が継げなかった。
なんで、お兄様まであの女なんかの味方をするの? お兄様はわたしの一番の味方じゃないの?
フレデリックは困ったように軽く息を吐いて、
「たしかに醜いというのは言い過ぎだけど、自分の身分の高いことを利用して弱い立場の者に辛く当たることはいけないことなんだよ。アミィも叔父上からよく怒られているだろう? もっと相手の気持ちも考えなさい、って」
「だってぇ……」
皆わたしの気持ちを分かってくれないんだもん、と言いかけてアメリアは口を噤んだ。
理由は分からない。でも、物事の全てに無性に腹が立ってしょうがない。だが、そのモヤモヤした気持ちを幼い彼女には言葉にするのは難しかった。
「それに、リナ先生のおかげで魔法の命中率が上がってきたんじゃないか? だから、次の授業も頑張ろう?」
「そ、それは……」
アメリアはリーズ王家の血を引いているだけあって絶大な魔力を持っているが、その操作能力はてんで駄目だった。魔法をまっすぐ飛ばそうとしても右へ逸れる。小規模な魔法を使おうとしても大爆発を起こしてしまう。そんな状態にいつもむかむかしていた。
だが、今日はいつもとは違った。憎きあの女に痛恨の一撃をお見舞いしたいと強く思うと、自然と意識が研ぎ澄まされて魔法の軌道が見える気がした。
でもそれは、あの女のおかげじゃない。自分の力だ。
フレデリックはくすりと笑いながら彼女の頭をポンと撫でて、
「じゃあ、この話はもう終わり。いいかい? リナ先生の次の授業もちゃんと受けるんだよ?」
「……分かってるわよ」と、アメリアは口を尖らせて、そっぽを向いた。
フレデリックはその様子を微笑ましいと思った。
従妹は幼い頃に母親を亡くして、随分悲しい思いをさせてしまった。だから、なるべく彼女の側にいたいし、彼女の望みもできるだけ叶えてやりたかった。
だが、可愛さのあまり、それが彼女を悪い方向に導いてしまっているとは思ってもみなかった。それに気付いた頃には手遅れに近く、今では娘の教育に叔父上も頭を抱えているところだった。
そこにリナ嬢が現れたことは僥倖だった。彼女はたった一回の授業で従妹の魔法を向上させた。これは良い変化が訪れるかもしれない。そう考えると心が弾んだ。
同時に、フレデリックはこの奇妙な特待生の平民に大きな興味を抱いた。
婚約者と同じアレクサンドル人の女の子。やはり彼女と同郷だからかどうしても気になってしまう。もしかすると、エカチェリーナが恋しすぎて自分は頭がおかしくなってしまったのかもしれない。
だが……もっとリナと話してみたいと、フレデリックは思った。
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