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23 フレデリックの手紙②
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◇◇◇
親愛なるエカチェリーナ様
学園生活も残り最後の一年となりました。
卒業すれば王太子として本格的に活動することになります。そうなったら、もう甘えも許されません。
だから最後の年を一人の生徒として楽しみたいとは思うのですが、正直言うと僕はそれよりもあなたを探しに行きたい気持ちのほうが大きいです。
リーナ、あなたは今どこでなにをしているのでしょうか。
………………
………………
そういえば、リーズ王立魔法学園に数十年振りに特待生が入学しました。
その子はなんとアレクサンドル人で、しかも氷魔法の使い手なのです。あなたと同じでとても驚きました。
といっても、よくよく考えるとアレクサンドル人は氷魔法を得意とする者が多いのでしたね。
なのに、何故か運命的なものを感じたのはいつもあなたのことを想っているからでしょうか。
彼女はとても明るくて一緒にいて前向きになるような子です。彼女の魔法からもそれが伝わってきます。
その魔力はあなたからの手紙に微かに残る魔力と似たような温かさを感じるので、きっとあなたと彼女は良い友人になれると思います。
だから、彼女には卒業後もリーズに残ってもらって是非あなたの側近になって欲しいと考えているのですが、優秀な人材を僕の勝手な都合で縛り付けるのは我儘というものでしょうか。
………………
………………
◇◇◇
「――で、話とはなんだ」
国王の執務室で書類に目を通しながら父上は素っ気なく言った。
「以前お話した婚約の件なのですが……」
父上はおもむろにペンを置いてため息をつく。
「今年の狩り大会は優勝者はいない」
「でっ、ですが、魔獣を倒したのは自分が一番多かった! 話だけでも聞いていただけませんか!?」
僕は思わず気色ばんだ。
無理を言っているのは自分でも分かっている。だが、どうしても諦めなかった。
「……どうせ、エカチェリーナ皇女のことだろう」
「その通りです、父上。彼女はまだ――」
父上は片手を上げて僕の言葉を制止させた。
「お前の言いたいことは分かる。だが、あちらから公式に皇女の死亡と婚約解消を宣言したのだから仕方がないだろう。もう終わった話だ」
「ですが――」
「自覚を持て、フレデリック」
にわかに父上の視線が厳しくなった。これは父親ではなく国王の目だ。背筋がぞくりとして覚えずピンと姿勢を正した。
「お前はリーズ王国の王太子だ。国の未来のことを考えろ。このまま生死の分からない皇女を延々と探し続けるつもりか?」
「っつ……」
僕は唇を噛む。二の句が継げなかった。悔しいが父上の言うことは正論だ。
自分は将来は国王となってこの国を治めなければならない。その為にも杳として行方不明の婚約者をいつまでも待つよりも、卒業したらすぐに王太子妃を迎えたほうが建設的だろう。
分かっている。それは分かっているのだが……。
「せめて……せめて、卒業まで待っていただけませんか……!」
父上はなにも言わず、手を振って退出を促した。僕は肩を落として踵を返す。
「次は婚約者候補との茶会を欠席しないように」と、父上は僕の背中に向かって冷たく言い放った。
「……分かりました、父上」
落胆したままふらふらと自室に戻った。
新たな婚約者候補は何人かいるが、おそらくフローレンス嬢に決まるだろう。
彼女のことは昔から苦手だった。
いつも微笑みを絶やさず所作も優雅で教養もあって令嬢のお手本のような人物だが、彼女の魔力からはどことなく底知れぬ冷たさを感じるのだ。
彼女なら王太子妃としての役割をそつなくこなすとは思うが、果たして国民を愛する心は持っているのだろうか。
それに、僕は彼女を愛することができるのだろうか。
……こんなことを考える自分はなんて不誠実なのだろうか。
「くそっ……!」
やるせなさのあまり、怒りをぶつけるように机をドンと叩いた。その衝撃でティーカップが揺れて中のお茶が跳ね上がる。
どこにいるんだ、エカチェリーナ。
僕にはもう、時間がない。
親愛なるエカチェリーナ様
学園生活も残り最後の一年となりました。
卒業すれば王太子として本格的に活動することになります。そうなったら、もう甘えも許されません。
だから最後の年を一人の生徒として楽しみたいとは思うのですが、正直言うと僕はそれよりもあなたを探しに行きたい気持ちのほうが大きいです。
リーナ、あなたは今どこでなにをしているのでしょうか。
………………
………………
そういえば、リーズ王立魔法学園に数十年振りに特待生が入学しました。
その子はなんとアレクサンドル人で、しかも氷魔法の使い手なのです。あなたと同じでとても驚きました。
といっても、よくよく考えるとアレクサンドル人は氷魔法を得意とする者が多いのでしたね。
なのに、何故か運命的なものを感じたのはいつもあなたのことを想っているからでしょうか。
彼女はとても明るくて一緒にいて前向きになるような子です。彼女の魔法からもそれが伝わってきます。
その魔力はあなたからの手紙に微かに残る魔力と似たような温かさを感じるので、きっとあなたと彼女は良い友人になれると思います。
だから、彼女には卒業後もリーズに残ってもらって是非あなたの側近になって欲しいと考えているのですが、優秀な人材を僕の勝手な都合で縛り付けるのは我儘というものでしょうか。
………………
………………
◇◇◇
「――で、話とはなんだ」
国王の執務室で書類に目を通しながら父上は素っ気なく言った。
「以前お話した婚約の件なのですが……」
父上はおもむろにペンを置いてため息をつく。
「今年の狩り大会は優勝者はいない」
「でっ、ですが、魔獣を倒したのは自分が一番多かった! 話だけでも聞いていただけませんか!?」
僕は思わず気色ばんだ。
無理を言っているのは自分でも分かっている。だが、どうしても諦めなかった。
「……どうせ、エカチェリーナ皇女のことだろう」
「その通りです、父上。彼女はまだ――」
父上は片手を上げて僕の言葉を制止させた。
「お前の言いたいことは分かる。だが、あちらから公式に皇女の死亡と婚約解消を宣言したのだから仕方がないだろう。もう終わった話だ」
「ですが――」
「自覚を持て、フレデリック」
にわかに父上の視線が厳しくなった。これは父親ではなく国王の目だ。背筋がぞくりとして覚えずピンと姿勢を正した。
「お前はリーズ王国の王太子だ。国の未来のことを考えろ。このまま生死の分からない皇女を延々と探し続けるつもりか?」
「っつ……」
僕は唇を噛む。二の句が継げなかった。悔しいが父上の言うことは正論だ。
自分は将来は国王となってこの国を治めなければならない。その為にも杳として行方不明の婚約者をいつまでも待つよりも、卒業したらすぐに王太子妃を迎えたほうが建設的だろう。
分かっている。それは分かっているのだが……。
「せめて……せめて、卒業まで待っていただけませんか……!」
父上はなにも言わず、手を振って退出を促した。僕は肩を落として踵を返す。
「次は婚約者候補との茶会を欠席しないように」と、父上は僕の背中に向かって冷たく言い放った。
「……分かりました、父上」
落胆したままふらふらと自室に戻った。
新たな婚約者候補は何人かいるが、おそらくフローレンス嬢に決まるだろう。
彼女のことは昔から苦手だった。
いつも微笑みを絶やさず所作も優雅で教養もあって令嬢のお手本のような人物だが、彼女の魔力からはどことなく底知れぬ冷たさを感じるのだ。
彼女なら王太子妃としての役割をそつなくこなすとは思うが、果たして国民を愛する心は持っているのだろうか。
それに、僕は彼女を愛することができるのだろうか。
……こんなことを考える自分はなんて不誠実なのだろうか。
「くそっ……!」
やるせなさのあまり、怒りをぶつけるように机をドンと叩いた。その衝撃でティーカップが揺れて中のお茶が跳ね上がる。
どこにいるんだ、エカチェリーナ。
僕にはもう、時間がない。
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