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11 平民の憂鬱

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「どきなさいよ! この平民!」

 私が廊下を歩いていると、出し抜けにグレースたちが背後から激しくぶつかって来た。思わずバランスを崩してつんのめる。教科書やノートがばらばらと床に散乱した。

「いたたた……」

「リナ、大丈夫!?」慌ててオリヴィアが駆け寄って、私を起こしてくれた。「怪我はない?」

「うん、大丈夫。ちょっと擦りむいただけだから」と、私は散らばった荷物を集める。

「平民のくせに廊下の真ん中を歩いているからよ! いいこと? 卑しい身分の者は誰にも迷惑を掛けないように隅を歩きなさい! 這うようにね!」

 グレースがくすりと笑って、

「そこの平民上がりもよ!」

 オリヴィアに向かってビシリと指を差す。途端にオリヴィアがビクリと肩を震わせて涙目になった。
 私はこの理不尽な仕打ちにむかむかと腹が立って、おもむろに立ち上がりグレースをきっと睨み付ける。

「な、なによ、平民」

「この学園にそんなルールはないわ。低俗な真似はやめなさい」

「て……低俗ですってぇ~?」グレースは顔を真っ赤にさせて叫ぶ。「あんた! 平民のくせに貴族になんて口の聞き方なの!」

「なんなのかしら、平民の分際で!」

「特待生だからって、ちょっと調子に乗りすぎじゃない?」

 ジェシカとデイジーも口撃に加わった。周囲にいた生徒たちも面白そうにニヤニヤと薄笑いを浮かべながらこの光景を眺めている。
 それが無言の応援かのように、グレースたちを勢い付かせた。

「そうだわ! 物を知らない平民さんには身分というものをしっかり分からせてあげるわ。――あんた、クラス全員の荷物を移動先まで持って行きなさい! 貴族の命令は絶対なのよぉ? ほら、皆さん? 平民さんが喜んで運んでくださるそうよ!」と、グレースが周囲を見回しながら大声で言った。

 すると近くにいた同じクラスの面々が次々と私の前にドカドカと荷物を置いて、あっという間にうず高く積み上がった。
 グレースはニヤリと口の片端を上げて、

「さぁ、早く運びなさい! そこの平民上がりもよ!」


「おい、やめろ」

 そのとき、騒ぎを聞き付けたのかセルゲイが教室から顔を出した。

「あら、白馬の王子様がいらっしゃったわよ? 男たらしの平民さんは一体どうやって公爵令息をたらし込んだのかしらぁ? 是非その下品な手腕を教えていただきたいわぁ!」とグレース。

「お前な――」

「……分かったわ。荷物は運ぶから」と、私は片手を上げてセルゲイを制止する。

「リナ」

「大丈夫よ、セルゲイ」

 私は入学以来、グレースたちに執拗に絡まれていた。基本的には相手にしないようにしているが、さすがに頭にきた。
 鋭い嗅覚で私やオリヴィアのような弱い立場の人間を見つけ出して、いたぶる。最低な行為だ。
 彼女たちには、やられたらやり返される、やられる側にも心があるということを知ってもらわなければならない。

 私はオリヴィアの分の荷物も全て自分の前に掻き集めた。そして一箇所にまとまったところで、氷魔法でそれを覆ってガチガチに固め、風を起こして氷の塊をふわりと持ち上げる。そのまま風の勢いを強くして渦巻かせ、吹雪を起こした。

 そして、

「おりゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」

 猛烈な吹雪の軌道に乗せて二十メートルくらい先の廊下の端の壁に思いっ切り叩き付けた。
 ドンと地響きのような衝撃と、バリバリと激しい音を響かせながら氷の塊は崩れ落ちた。中に入っていた教科書や筆記用具もぐしゃぐしゃと潰れる。

「きゃあぁぁぁっ!」

「あたしのノートがぁっ!」

「まぁっ! 全部壊れてる!」

「嘘だろぉぉぉっ!」

 私に荷物を預けた生徒たちの阿鼻叫喚の叫び声が聞こえた。

「ほら、運んだわよ。有難く思いなさいよ」

「ふ……ふざけんじゃないわよっ! お祖母様からいただいたペンが壊れたじゃないの! どうしてくれるのっ!?」と、グレースがぎゃんぎゃんと抗議する。

「私は貴族様に言われた通りに運んだだけ。それに別に壊すなとは言われていないわ」

「はああぁっ!?」

「文句があるなら次からは荷物は自分で運びなさい」

「なぁんですってぇぇぇ~~~~~!!」

「あら、もうこんな時間。次の授業に間に合わないわ。行きましょう、オリヴィア、セルゲイ?」

「は、はい!」

「リナ……お前なぁ……」

 私は二人を連れて颯爽とその場をあとにした。グレースのとっても悔しそうな顔、滑稽だったわ。



 しかし、それからも毎日のようにグレースをはじめとする貴族たちから嫌がらせを受けた。
 最近は彼女たちはセルゲイに見つからないように巧妙に仕掛けてくる。なるべく無視を決め込むようにしているけど、さすがにノートや私物を壊されるのは経済的にきつかった。

 特待生とは言うものの、それは学内の範囲でだ。持ち物は自分のお小遣いで購入をしなければならない。
 アレクセイさんからもらったお金は使いたくないので、私は学校が休みの日は定食屋で働いた。その分、勉強をする時間が削られるので睡眠時間を削って確保した。

 だんだんと平民の暮らしの過酷さを実感してきた。
 生活にはお金がかかる。一生懸命働いても賃金はごく僅か。貴族の令嬢の一回分のお茶のおやつ代にも満たない。
 それでも仕事があるだけ有難いし、仲間と一緒に働くのは楽しいし、自分で稼いだお金は宝物のようにとても重みを感じる。そこには、これまで感じたことのない充実感も確かにあった。

 大丈夫、私は上手くやれるはず。
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