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その後の話:未来の話をしよう
第23話 回想
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レシオが魔界に旅立つ少し前の事。
魔界の城でハルは、両親と向かっていた。
「……何故、僕に黙っていたのですか」
いつも優しく穏やかな娘が、厳しい表情を浮かべて問い詰める。彼女と向かい合って座るジェネラルとミディは、申し訳なさそうにハルを見つめ、その理由を口にした。
「知ったらあなたがショックを受けると思ったの。彼の記憶はいずれ戻ると言われていたから、それまで待とうと……」
「でも、まだレシオの記憶は戻っていないのですよね! 彼と最後に会って10年間も!!」
「……ええ」
あのミディが、娘の追及に困っている。ハルの言葉に頷くと、それ以上何も言えずに口を閉ざした。
母親が口を閉ざしたので、ハルは父親に怒りの矛先を向けた。
「父さん。僕がショックを受けるからと、黙っている事を選択するほど、僕は頼りない魔族なのですか!?」
「……そんなことはないよ! ハル、僕たちは……」
「確かに……、父さんと母さんの気持ちは分かります。でも、友人が大変な事になった事も知らずにのうのうと生きるよりも、彼に起こった本当の事を知ってショックを受ける方が、何倍も良かった……」
ハルは両肘をテーブルに立てると、顔を覆った。今までレシオの状況を知らず生きて来た自分を責め、指が顔に食い込む。
「いつまでも子ども扱いをして悪かった、ハル。でもそれを知ってどうするんだ?」
「……彼の記憶を取り戻したいのです。彼が記憶を失ったのは……、僕のせいだから」
ジェネラルの問いに、ハルは迷いなく答えた。
「何もせずに嘆くだけで終わりたくない。だから……、レシオに会う事を許可してください」
「……10年も経っているんだ、記憶が戻る望みは薄い。それでも、レシオを会いたいのかい?」
「はい」
「記憶が戻らなければ、今以上に苦しむのは君自身だ。それでも……」
「それでもです! どうせ苦しむなら、何もせずに後悔するよりも、全てを試して絶望する方がいい!!」
ハルは、叩き付けるように叫んだ。彼女が見せる事のなかった激しい感情に、両親の瞳が見開かれる。
その気持ちに、2人は折れた。
「分かったわ。シンク……、エルザ王に連絡を取りましょう。あなたとレシオが会えるように、手はずを整えるわ」
「……ありがとう、母さん」
「でも、その前に一つだけ教えて欲しいの。あなたが必死になってレシオの記憶を取り戻したい理由は何かしら?」
母の問いに、ハルは返答に困った。そんな娘に、さらに畳みかける。
「向こうは、そしてレシオ自身も、記憶が戻らなくても問題はないのよ。困っているのは、あなただけなの。それを聞いてもなお、彼の記憶を取り戻したい理由は何?」
ハルの中で様々な想いが駆け巡った。
理由は色々とある。でも、思い浮かぶ全ての理由は、建前でしかない。表層の理由の奥底にある、今ハルを動かす想いの根源。
その言葉を噛みしめるように、ハルはゆっくりと想いを紡いだ。
「僕は、レシオの事が好きなのです」
ハルは瞳を開いた。そこには、10年前に見た光景が広がっている。
彼女は今、木の上にいた。その木は、10年前事故が起きた場所であった。
過去、両親とのやり取りを思い出し、ハルは小さく笑った。
“結局、レシオの記憶を取り戻すことは出来なかった……。でも後悔はない。彼との関係は、これからまた新たに築いていけばいい。……後悔はないはずなのに……”
目の前の景色がぼやけて来る。ハルは慌てて目を閉じると、瞳からあふれ出る何かを押しとどめた。
“こんなにも苦しいなんて……、こんなに悲しいなんて……。この思い出を、これから先ずっと君と共有できないなんて……、辛いよ……レシオ……”
ずっとこの想いを抱えて生きていかなければならない事に、ハルは絶望に似た気持ちを感じていた。
自分が両親に叩き付けた言葉通りに。
その時、
「ハルっ!!」
声は、自分がいる場所の下から聞こえてきた。
ずっと聞きたかった声だったはずだ。だが今は、その声を聞く事すら苦しい。自分がやって来たことが、無駄だったという事実を突きつけられ、とても辛いのだ。
しかしハルは向き合わなければならなかった。自分が始めたことだ。最後も自分でけじめをつけなければならない。
そう思い、彼女は声がした方に視線を向けた。
10年間、ずっと想い続けてきた、そして自分を忘れてしまった少年に。
魔界の城でハルは、両親と向かっていた。
「……何故、僕に黙っていたのですか」
いつも優しく穏やかな娘が、厳しい表情を浮かべて問い詰める。彼女と向かい合って座るジェネラルとミディは、申し訳なさそうにハルを見つめ、その理由を口にした。
「知ったらあなたがショックを受けると思ったの。彼の記憶はいずれ戻ると言われていたから、それまで待とうと……」
「でも、まだレシオの記憶は戻っていないのですよね! 彼と最後に会って10年間も!!」
「……ええ」
あのミディが、娘の追及に困っている。ハルの言葉に頷くと、それ以上何も言えずに口を閉ざした。
母親が口を閉ざしたので、ハルは父親に怒りの矛先を向けた。
「父さん。僕がショックを受けるからと、黙っている事を選択するほど、僕は頼りない魔族なのですか!?」
「……そんなことはないよ! ハル、僕たちは……」
「確かに……、父さんと母さんの気持ちは分かります。でも、友人が大変な事になった事も知らずにのうのうと生きるよりも、彼に起こった本当の事を知ってショックを受ける方が、何倍も良かった……」
ハルは両肘をテーブルに立てると、顔を覆った。今までレシオの状況を知らず生きて来た自分を責め、指が顔に食い込む。
「いつまでも子ども扱いをして悪かった、ハル。でもそれを知ってどうするんだ?」
「……彼の記憶を取り戻したいのです。彼が記憶を失ったのは……、僕のせいだから」
ジェネラルの問いに、ハルは迷いなく答えた。
「何もせずに嘆くだけで終わりたくない。だから……、レシオに会う事を許可してください」
「……10年も経っているんだ、記憶が戻る望みは薄い。それでも、レシオを会いたいのかい?」
「はい」
「記憶が戻らなければ、今以上に苦しむのは君自身だ。それでも……」
「それでもです! どうせ苦しむなら、何もせずに後悔するよりも、全てを試して絶望する方がいい!!」
ハルは、叩き付けるように叫んだ。彼女が見せる事のなかった激しい感情に、両親の瞳が見開かれる。
その気持ちに、2人は折れた。
「分かったわ。シンク……、エルザ王に連絡を取りましょう。あなたとレシオが会えるように、手はずを整えるわ」
「……ありがとう、母さん」
「でも、その前に一つだけ教えて欲しいの。あなたが必死になってレシオの記憶を取り戻したい理由は何かしら?」
母の問いに、ハルは返答に困った。そんな娘に、さらに畳みかける。
「向こうは、そしてレシオ自身も、記憶が戻らなくても問題はないのよ。困っているのは、あなただけなの。それを聞いてもなお、彼の記憶を取り戻したい理由は何?」
ハルの中で様々な想いが駆け巡った。
理由は色々とある。でも、思い浮かぶ全ての理由は、建前でしかない。表層の理由の奥底にある、今ハルを動かす想いの根源。
その言葉を噛みしめるように、ハルはゆっくりと想いを紡いだ。
「僕は、レシオの事が好きなのです」
ハルは瞳を開いた。そこには、10年前に見た光景が広がっている。
彼女は今、木の上にいた。その木は、10年前事故が起きた場所であった。
過去、両親とのやり取りを思い出し、ハルは小さく笑った。
“結局、レシオの記憶を取り戻すことは出来なかった……。でも後悔はない。彼との関係は、これからまた新たに築いていけばいい。……後悔はないはずなのに……”
目の前の景色がぼやけて来る。ハルは慌てて目を閉じると、瞳からあふれ出る何かを押しとどめた。
“こんなにも苦しいなんて……、こんなに悲しいなんて……。この思い出を、これから先ずっと君と共有できないなんて……、辛いよ……レシオ……”
ずっとこの想いを抱えて生きていかなければならない事に、ハルは絶望に似た気持ちを感じていた。
自分が両親に叩き付けた言葉通りに。
その時、
「ハルっ!!」
声は、自分がいる場所の下から聞こえてきた。
ずっと聞きたかった声だったはずだ。だが今は、その声を聞く事すら苦しい。自分がやって来たことが、無駄だったという事実を突きつけられ、とても辛いのだ。
しかしハルは向き合わなければならなかった。自分が始めたことだ。最後も自分でけじめをつけなければならない。
そう思い、彼女は声がした方に視線を向けた。
10年間、ずっと想い続けてきた、そして自分を忘れてしまった少年に。
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