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その後の話:君が花開く場所
第1話 魔界
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ゆったりと流れる時間と共に、1台の荷馬車が進んでいく。
荷馬車に乗っているのは、20歳ほどの日に焼けた女性。
茶色がかった赤毛を三つ編みにし、その先を花柄の可愛らしいバンダナで結んでいる。大きくぱっちりとした二重の瞳は、今はご機嫌な様子で細められ、少し小さめな唇からは彼女自作の歌が紡がれている。
簡素なシャツとパンツスタイル、それらの上に使い古された厚めのエプロンを付けているのを見ると、一般的な村人であることが誰の目からも分かっただろう。
荷馬車からは、絶えず獣除けの鈴の清らかな音が鳴り響いている。
そのまま、長く続いている道を進んで行くと思われたが、
「あれ何だろ? 何かが道を塞いでるわ!」
女性の声と共に、荷馬車が止まった。同時に彼女の歌も止まった。
言葉の通り、道の真ん中に何かが道を塞いでいる。
それはどこから見ても――うつぶせで倒れている『男』
慌てて馬車から飛び降りた女性は、倒れている男性に近づくと肩を揺すり、その耳元で声を掛けた。
「ちょっと! あんた大丈夫!?」
「うっ……、ううん……」
倒れていた男性が、うめき声を上げた。どうやら生きているようだ。
男性の身体を仰向けにすると、土で頬が汚れてながらも、非常に整った顔が現れた。綺麗な金髪が、額に流れている。
「うわー……、男のくせに綺麗でむかつく……」
感嘆の響きが混じりつつも、物騒な言葉を口にする女性。
その時、男性がゆっくりと瞳を開いた。薄い水色の瞳が、姿を現す。
しばらく焦点の定まらない様子で空を見ていたが、目の前の女性に気づき意識が戻ってきたのか、少し驚いた様子で切れ長の瞳を見開いた。
「あっ……、あんた……、こ……ここは?」
「ええっと……、あれよ……。アートリアとインパルスを繋ぐ街道だけど……」
「あーとりあ……、いんぱるす……? よく分からんが……、ここは……魔界か?」
「はあっ? ここは魔界かって……、あんた本当に大丈夫? ここが魔界じゃなくてどこだって言うわけ?」
「魔界……、本当に魔界なのか? ならお前は……、魔族?」
「魔界に住んでいるんだから、魔族に決まってるし、あんたも魔族でしょうが! 本当にほんとーーに大丈夫?」
数分前には倒れていたという男性の状況を忘れ、女性は呆れた様子で答えた。あきれ顔の中には、少し男性の頭を心配する様子も見える。それ程、男性の問いは、女性にとって、当たり前の事だったのだろう。
突然、男性が物凄い力で女性の腕を掴んだ。女性はぎょっと表情を変え、振り払おうとしたが、男性から発される不気味な笑い声に、身がすくんで動けない。
「ふっ……、ふふふふっ……。まじかよ……。本当に魔界なんだな……、ここは魔界なんだな! あっ、あはははははははははは!!」
「なっ、何! ねえ、あんたどうしちゃったの!?」
「あははははははは、こりゃ傑作だ、本当に魔界だなんて! あはははは、あははっは、は、は、は、は、は………」
急に笑い声が小さくなっていき、女性の両腕を掴んでいた手が離れた。と同時に、彼の体がぐらりと傾いた。
凄くいい笑顔を浮かべながら、再び気を失う男性。
「ちょっ、ちょっと! 笑いながら、また寝るなああああああ!!」
静かな田舎道で男性に乗りかかられ、顔を真っ赤にした女性の叫び声が響き渡った。
これがアクノリッジ・モジュールが魔界で交わした、初めての会話であった。
荷馬車に乗っているのは、20歳ほどの日に焼けた女性。
茶色がかった赤毛を三つ編みにし、その先を花柄の可愛らしいバンダナで結んでいる。大きくぱっちりとした二重の瞳は、今はご機嫌な様子で細められ、少し小さめな唇からは彼女自作の歌が紡がれている。
簡素なシャツとパンツスタイル、それらの上に使い古された厚めのエプロンを付けているのを見ると、一般的な村人であることが誰の目からも分かっただろう。
荷馬車からは、絶えず獣除けの鈴の清らかな音が鳴り響いている。
そのまま、長く続いている道を進んで行くと思われたが、
「あれ何だろ? 何かが道を塞いでるわ!」
女性の声と共に、荷馬車が止まった。同時に彼女の歌も止まった。
言葉の通り、道の真ん中に何かが道を塞いでいる。
それはどこから見ても――うつぶせで倒れている『男』
慌てて馬車から飛び降りた女性は、倒れている男性に近づくと肩を揺すり、その耳元で声を掛けた。
「ちょっと! あんた大丈夫!?」
「うっ……、ううん……」
倒れていた男性が、うめき声を上げた。どうやら生きているようだ。
男性の身体を仰向けにすると、土で頬が汚れてながらも、非常に整った顔が現れた。綺麗な金髪が、額に流れている。
「うわー……、男のくせに綺麗でむかつく……」
感嘆の響きが混じりつつも、物騒な言葉を口にする女性。
その時、男性がゆっくりと瞳を開いた。薄い水色の瞳が、姿を現す。
しばらく焦点の定まらない様子で空を見ていたが、目の前の女性に気づき意識が戻ってきたのか、少し驚いた様子で切れ長の瞳を見開いた。
「あっ……、あんた……、こ……ここは?」
「ええっと……、あれよ……。アートリアとインパルスを繋ぐ街道だけど……」
「あーとりあ……、いんぱるす……? よく分からんが……、ここは……魔界か?」
「はあっ? ここは魔界かって……、あんた本当に大丈夫? ここが魔界じゃなくてどこだって言うわけ?」
「魔界……、本当に魔界なのか? ならお前は……、魔族?」
「魔界に住んでいるんだから、魔族に決まってるし、あんたも魔族でしょうが! 本当にほんとーーに大丈夫?」
数分前には倒れていたという男性の状況を忘れ、女性は呆れた様子で答えた。あきれ顔の中には、少し男性の頭を心配する様子も見える。それ程、男性の問いは、女性にとって、当たり前の事だったのだろう。
突然、男性が物凄い力で女性の腕を掴んだ。女性はぎょっと表情を変え、振り払おうとしたが、男性から発される不気味な笑い声に、身がすくんで動けない。
「ふっ……、ふふふふっ……。まじかよ……。本当に魔界なんだな……、ここは魔界なんだな! あっ、あはははははははははは!!」
「なっ、何! ねえ、あんたどうしちゃったの!?」
「あははははははは、こりゃ傑作だ、本当に魔界だなんて! あはははは、あははっは、は、は、は、は、は………」
急に笑い声が小さくなっていき、女性の両腕を掴んでいた手が離れた。と同時に、彼の体がぐらりと傾いた。
凄くいい笑顔を浮かべながら、再び気を失う男性。
「ちょっ、ちょっと! 笑いながら、また寝るなああああああ!!」
静かな田舎道で男性に乗りかかられ、顔を真っ赤にした女性の叫び声が響き渡った。
これがアクノリッジ・モジュールが魔界で交わした、初めての会話であった。
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