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その後の話:花とお菓子と不審者と
第8話 孤独
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「遠慮せずに掛けるが良い、ミディローズ嬢」
スタイラスの言葉に、ミディは軽く会釈すると目の前の椅子に腰かけた。
彼女の様子を見ながら、スタイラスは手慣れた様子でティーポットに葉を入れ、お茶の用意をする。
ここは、スタイラスが住まう離宮。
拉致られるかたちで連れて来られたミディだったが、二人で少し話をしたかったという申し出と、突然連れ去った謝罪を素直にされた為、怒りと驚きを引っ込めたのだ。
離宮、と言うと聞こえはいいが、それほど広い屋敷ではない。というのも、ここにはスタイラスが一人で住んでおり、彼女の希望により世話する侍女や使用人すらいない。
なので客人の対応や準備も、彼女が直々に行っている。
「……誰もいないのですね。大変ではないのですか?」
一応、ジェネラルの祖母。あの時は怒りが先だって無礼な態度をとってしまったが、ミディも態度を改め、カップに香茶を注ぐスタイラスに問うた。
しかしスタイラスは、輝く金色の瞳を細めると小さく首を横に振った。
「暇じゃからの。人に任せると、それこそ暇過ぎて死んでしまうわ。おお、そろそろ菓子が焼けるころじゃな」
スタイラスはそう言って嬉しそうに奥に引っ込んだ。しばらくすると、甘い香りがミディのところまで漂ってくる。手作りの菓子を盛り付け、ミディのところに持ってきたのだ。
テーブルに置かれたのは、可愛らしい花を模った焼き菓子だった。細かく作り込まれ、製作者が時間を費やして作られたと想像出来る素晴らしい造形だ。
一応、ミディも女性。可愛いものには目がない。
「とても可愛らしいですわ。食べるのがもったいないくらい」
「そう言って貰えると、作った甲斐があったというものよ。お主は、花が好きだという印象が強かったものでな」
ミディの素直な感想に、スタイラスの表情に満面の笑みが浮かんだ。
男装した自分よりも花を優先した事が、かなり印象深い思い出なのだろう。スタイラスの言葉に、ミディは苦笑する。
しばらく無言だった二人だったが、先に言葉を発したのはスタイラスの方だった。
「妾は、お主に礼を言いたかったのじゃ」
カップの中の茶を見つめ、ぽつりと漏らした。
ついさっきまで、男装して女中たちをキャーキャー言わせていた姿は、影を潜めていた。美しい容貌の中に、少し歳をとったかのような陰りが見える。
ミディはカップをソーサーに置くと、少し首を傾げて言葉の続きを求めた。
「お礼……ですか? 失礼ながら、そのような事を言われる覚えは……」
「ジェネ坊が、本来の姿に戻った理由がお主だと聞いておる。それに対しての礼じゃ」
「本来の姿……? あの青年の姿に、という事でしょうか?」
確かに、自分を救出する為に姿を戻したと聞いている。理由と言えば理由なのかもしれないが、と思い直す。
ミディの言葉に頷くと、魔王妃はカップに口を付けた。乾いた口内を湿らせると、再び口を開いた。
「お主は、何故ジェネ坊が童の姿をとり続けたのか、理由を知っておるか?」
「……確か、子どもの姿は、力の消費も少なくて楽だと言っていたと思います」
初めて青年姿を見た時、彼から受けた説明を思い出しながら、少し自信なさげに答えた。あの時は恥ずかしさで気が動転していた為、記憶も朧げなのだ。
そうかの、とスタイラスが短く呟いた。彼女の呟きに、ミディはそれ以外の理由がある事を感じた。
スタイラスに向けられた視線が、理由を知りたいと告げている。
「魔王はな……、孤独なんじゃよ」
少し憐れむようにスタイラスは言葉を漏らすと、小さく笑った。
孤独、その単語にミディの眉根が寄った。どういう意味なのかと、さらに視線で目の前の女性に問う。
「ミディローズ嬢、魔王は何歳まで生きられるか知っておるか?」
「……えっ? ええっと……」
口ごもる様子に知らないと判断したスタイラスが、ミディの言葉を待たずに答えを示した。
「魔王はな、魔法世界とアディズの瞳の影響で、青年期から歳をとらぬまま、800歳まで生きることが出来ると言われておる」
「はっ、800歳!?」
ただでさえ、ジェネラルが120歳ぐらいだと今でも信じられないのに、さらにこれからまだまだ生きるよ、と言われたら愕然とするだろう。
驚く王女に反応を示さず、黒髪の女性は言葉を続ける。
「まあ、そこまで生きる魔王は稀じゃがな。次のアディズの瞳の後継者が生まれ、継承されれば、そこから魔王の時間が動き出す」
アディズの瞳が継承され、新たな魔王が誕生することにより、前魔王は長く生きる力を失う。その後は、本来持っている魔族としての寿命を以て生きていくこととなるのだと言う。
ミディは目の前の女性の話を聞きながら、ジェネラルを思い浮かべていた。彼はすでに100年以上生きている。それ以上の長い時を過ごすかもしれない事に、彼はどう思っているのだろうか。
しかしその疑問は、スタイラスによって答えられることとなる。今までと違う、暗く低い声がミディの耳に届いた。
「お主は想像できるか? 後から産まれた赤子がみるみる大きくなり、先に死んでしまう事を。出会う者全てが、自分を置いて先に逝ってしまう、それが何度も繰り返される事を。そしてある日気づく。己の時間のみが動かない事実をな。そして気づかされる。それがどれだけ孤独な事なのかを」
スタイラスの独白が続く。
「ジェネ坊はその事実に目を背けたんじゃ。自らの姿を変える事によってな。童の姿であれば、出会う魔族皆、姿だけは己よりも歳を重ねた者たちじゃ」
「……自分よりも年上の者たちが先に亡くなる、そう錯覚出来る。そういう事でしょうか」
「そのとおりじゃ。ただ現実逃避し続けた結果、たどり着いたのがあの童の姿なんじゃよ」
ミディの回答に、スタイラスは寂しそうに頷いた。ミディにとっても、スタイラスにとっても、この問いの正解は嬉しいものではない。
しかし、魔王妃の表情に少し明るさが戻った。
「じゃが、ジェネ坊は元の姿に戻りおった。どんな理由があれ、それが妾には嬉しい事なのじゃ」
そう言って、スタイラスは口元に笑みを浮かべた。
しかしミディは素直に喜べなかった。
スタイラスの言葉に、ミディは軽く会釈すると目の前の椅子に腰かけた。
彼女の様子を見ながら、スタイラスは手慣れた様子でティーポットに葉を入れ、お茶の用意をする。
ここは、スタイラスが住まう離宮。
拉致られるかたちで連れて来られたミディだったが、二人で少し話をしたかったという申し出と、突然連れ去った謝罪を素直にされた為、怒りと驚きを引っ込めたのだ。
離宮、と言うと聞こえはいいが、それほど広い屋敷ではない。というのも、ここにはスタイラスが一人で住んでおり、彼女の希望により世話する侍女や使用人すらいない。
なので客人の対応や準備も、彼女が直々に行っている。
「……誰もいないのですね。大変ではないのですか?」
一応、ジェネラルの祖母。あの時は怒りが先だって無礼な態度をとってしまったが、ミディも態度を改め、カップに香茶を注ぐスタイラスに問うた。
しかしスタイラスは、輝く金色の瞳を細めると小さく首を横に振った。
「暇じゃからの。人に任せると、それこそ暇過ぎて死んでしまうわ。おお、そろそろ菓子が焼けるころじゃな」
スタイラスはそう言って嬉しそうに奥に引っ込んだ。しばらくすると、甘い香りがミディのところまで漂ってくる。手作りの菓子を盛り付け、ミディのところに持ってきたのだ。
テーブルに置かれたのは、可愛らしい花を模った焼き菓子だった。細かく作り込まれ、製作者が時間を費やして作られたと想像出来る素晴らしい造形だ。
一応、ミディも女性。可愛いものには目がない。
「とても可愛らしいですわ。食べるのがもったいないくらい」
「そう言って貰えると、作った甲斐があったというものよ。お主は、花が好きだという印象が強かったものでな」
ミディの素直な感想に、スタイラスの表情に満面の笑みが浮かんだ。
男装した自分よりも花を優先した事が、かなり印象深い思い出なのだろう。スタイラスの言葉に、ミディは苦笑する。
しばらく無言だった二人だったが、先に言葉を発したのはスタイラスの方だった。
「妾は、お主に礼を言いたかったのじゃ」
カップの中の茶を見つめ、ぽつりと漏らした。
ついさっきまで、男装して女中たちをキャーキャー言わせていた姿は、影を潜めていた。美しい容貌の中に、少し歳をとったかのような陰りが見える。
ミディはカップをソーサーに置くと、少し首を傾げて言葉の続きを求めた。
「お礼……ですか? 失礼ながら、そのような事を言われる覚えは……」
「ジェネ坊が、本来の姿に戻った理由がお主だと聞いておる。それに対しての礼じゃ」
「本来の姿……? あの青年の姿に、という事でしょうか?」
確かに、自分を救出する為に姿を戻したと聞いている。理由と言えば理由なのかもしれないが、と思い直す。
ミディの言葉に頷くと、魔王妃はカップに口を付けた。乾いた口内を湿らせると、再び口を開いた。
「お主は、何故ジェネ坊が童の姿をとり続けたのか、理由を知っておるか?」
「……確か、子どもの姿は、力の消費も少なくて楽だと言っていたと思います」
初めて青年姿を見た時、彼から受けた説明を思い出しながら、少し自信なさげに答えた。あの時は恥ずかしさで気が動転していた為、記憶も朧げなのだ。
そうかの、とスタイラスが短く呟いた。彼女の呟きに、ミディはそれ以外の理由がある事を感じた。
スタイラスに向けられた視線が、理由を知りたいと告げている。
「魔王はな……、孤独なんじゃよ」
少し憐れむようにスタイラスは言葉を漏らすと、小さく笑った。
孤独、その単語にミディの眉根が寄った。どういう意味なのかと、さらに視線で目の前の女性に問う。
「ミディローズ嬢、魔王は何歳まで生きられるか知っておるか?」
「……えっ? ええっと……」
口ごもる様子に知らないと判断したスタイラスが、ミディの言葉を待たずに答えを示した。
「魔王はな、魔法世界とアディズの瞳の影響で、青年期から歳をとらぬまま、800歳まで生きることが出来ると言われておる」
「はっ、800歳!?」
ただでさえ、ジェネラルが120歳ぐらいだと今でも信じられないのに、さらにこれからまだまだ生きるよ、と言われたら愕然とするだろう。
驚く王女に反応を示さず、黒髪の女性は言葉を続ける。
「まあ、そこまで生きる魔王は稀じゃがな。次のアディズの瞳の後継者が生まれ、継承されれば、そこから魔王の時間が動き出す」
アディズの瞳が継承され、新たな魔王が誕生することにより、前魔王は長く生きる力を失う。その後は、本来持っている魔族としての寿命を以て生きていくこととなるのだと言う。
ミディは目の前の女性の話を聞きながら、ジェネラルを思い浮かべていた。彼はすでに100年以上生きている。それ以上の長い時を過ごすかもしれない事に、彼はどう思っているのだろうか。
しかしその疑問は、スタイラスによって答えられることとなる。今までと違う、暗く低い声がミディの耳に届いた。
「お主は想像できるか? 後から産まれた赤子がみるみる大きくなり、先に死んでしまう事を。出会う者全てが、自分を置いて先に逝ってしまう、それが何度も繰り返される事を。そしてある日気づく。己の時間のみが動かない事実をな。そして気づかされる。それがどれだけ孤独な事なのかを」
スタイラスの独白が続く。
「ジェネ坊はその事実に目を背けたんじゃ。自らの姿を変える事によってな。童の姿であれば、出会う魔族皆、姿だけは己よりも歳を重ねた者たちじゃ」
「……自分よりも年上の者たちが先に亡くなる、そう錯覚出来る。そういう事でしょうか」
「そのとおりじゃ。ただ現実逃避し続けた結果、たどり着いたのがあの童の姿なんじゃよ」
ミディの回答に、スタイラスは寂しそうに頷いた。ミディにとっても、スタイラスにとっても、この問いの正解は嬉しいものではない。
しかし、魔王妃の表情に少し明るさが戻った。
「じゃが、ジェネ坊は元の姿に戻りおった。どんな理由があれ、それが妾には嬉しい事なのじゃ」
そう言って、スタイラスは口元に笑みを浮かべた。
しかしミディは素直に喜べなかった。
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