立派な魔王になる方法

めぐめぐ

文字の大きさ
上 下
115 / 220

第114話 選択

しおりを挟む
 アクノリッジは、不機嫌そうな表情で、目の前の人物を睨みつけていた。

 目の前の男性は、アクノリッジから語られた、エルザ城で進められているメディアの反逆に対し、特に驚いた様子もなくこう言った。

「そうか、メディアがエルザ王をな……。まあ、驚くことではないがな」 

「……てっめぇ…。よくもそんな余裕こいてられるな!! この、クソ親父が!!」

「クソは余計だ、アクノリッジ。なんだ、父親に対してその態度は」 

「はあ!? 父親だと偉そうにすんなら、俺が演技をせずともシンクの立ち位置ぐらいしっかり守れよ! 今更、父親面すんな!」

 辛辣な言葉を、目の前の男性―—父親であり、モジュール家当主ダンプヘッダーにぶつける。容赦はない。

 だがダンプヘッダーの表情は、どれだけ息子から罵声を浴びせられても、変わらない。それどころか、小さな子どものワガママを、高い目線から見ているような余裕すら見える。

 その態度が、またアクノリッジの癇に障る。

 今、アクノリッジはダンプヘッダーと二人で、メディアの反逆について話していた。テーブルを挟んで向かい合う形で、椅子に座っている。

 あれからメディアの身辺調査に乗り出したのだが、思った以上に困難を極めた。自分とシンクの力では、どうしても調査に限界がある。
 正確な情報を数多く手に入れるには、どうしてもモジュール家そのものの協力が必要となったのだ。

 アクノリッジは父親が大嫌いだった。
 正直、父親の力など欠片も借りたくはない。しかし、シンクの必死の説得によって、承諾せざるを得なかったのだ。

 商談などの為、ほとんど家にいる事のなく、帰ってきたかと思ったら外に出かけて戻らなかった父。今思えば、外で愛人でも囲っていたのだろう。

 母は、そんな父を詰るわけでもなく、咎めるわけでもなく、ただじっと待っているだけだった。ただそんな日は、母親の機嫌が非常に悪くなったため、被害はアクノリッジが受ける事になったのだが……。

 そんな環境にいた幼いアクノリッジの唯一の心の拠り所は、偉大なる発明家である祖父だった。絵本代わりに、祖父が作った技術の設計図を読み、遊びの代わりに実験や研究を手伝っていた彼が、祖父から受け継いだ才能を開花させるのは、当然の事だろう。

 しかし、アクノリッジが父親嫌いなのは、家族を顧みなかった事が理由だけではなかった。

「……で、エルザ王国の危機という事だが、お前はこの家に何をして欲しいのだ?」

 アクノリッジと同じ、ダンプヘッダーの水色の瞳が、スッと細められる。

 この家=当主である父親に、という意味だ。

 こんな男に頭を下げなければいけないことに、アクノリッジは歯ぎしりをしたい衝動に駆られた。が、言わなければならない。シンクとの約束なのだ。

「……レージュ王国にいた時の、メディアの生い立ち。そして、チャンクって奴が事件を起こしたんだが、奴とメディア、レージュの繋がり。それらを調べて欲しい」

「そうか。只ならぬお前の頼みだ。聞いてやらなくもないが……」

 やはり上から目線な発言。アクノリッジの苛立ちが募る。
 
「……んだよ。調査するかしないか、ハッキリしろよ」

 言葉尻を濁した父の発言に、嫌なものを感じる。
 予想は的中した。

「協力してやってもいい。ただし、お前がモジュール家の跡を継ぐ。それが条件だ」

「はあ―—!?」

 父親の要求に、アクノリッジは勢いよく立ち上がった。あまりの勢いに、椅子が厚い絨毯の上に倒れる。
 アクノリッジは、倒れた椅子を直すことなく、父親に食ってかかった。

「てめえ、何を言い出すかと思えば!! 俺は、家を継ぐつもりはねえよ!! ただ何かを作っていられれば、それでいい!! そういう才がねえ事は、てめえだって分かってんだろ!! そういうのは、シンクにやらせろ!!」

 父親の胸倉をつかむと、アクノリッジは声を荒げ、要求に異を唱えた。
 しかしダンプヘッダーは、息子の手を払うと、胸元を整えながら言葉を続ける。

「もちろん、シンクにも条件を付ける。あいつにはこの件が解決したら、エルザ城に入って貰う」

「……どういうことだ!! シンクを厄介払いするつもりか!!」

「厄介払いなど、とんでもない。シンクも俺の大切な息子だからな」

「それなら何故!!」

「お前たちのどちらかが、ミディ王女と結婚出来たら良かったんだが。正直、あまり希望がなさそうだからな。王家との繋がりを持つなら、血を混ぜる以外に方法があるだろうと思ってな」

 父親の発言に、アクノリッジはピンときた。憎々しげに、言葉を紡ぐ。

「……メディアの後釜に、シンクを据えるつもりか……」

「まあ、そこまで上り詰められるかは、シンク次第だな。ただ、今回の事件の解決にモジュール家が関われば、エルザ王に大きな貸しが出来る。多少の無理は聞いて貰えるだろう」

 こういう部分だ。
 アクノリッジは、相手を射殺さんとばかりの視線を父親に向ける。

 人を人と思わない、父親の考え。
 利用できるものは利用する。ダンプヘッダーに貸しを作ると、倍以上の何かを返さなければならない。
 恩も仇も、彼の前では同じ意味を持つ。

 それが、血を分けた子どもたちであっても、この国の王であってもだ。

 モジュール家の繁栄の為に、何でも犠牲にする父親の考えは、アクノリッジには到底受け入れられないものだった。

「……さて。今まで自由を謳歌してきたお前は、どちらを選ぶ?」

 ダンプヘッダーは、悔しそうに自分を睨みつける息子の様子を楽しむかのように尋ねる。

 大切な友人の危機を救う為に、未来の自由を捨てるか。
 それともこれからも、自身の自由を守っていくのか。

 答えは、すでに出ている。 
 これ以上、この男を楽しませたくはない。

 アクノリッジは、口を開いた。

「分かった。モジュール家を継ぐ。その代り、メディアの陰謀を潰す為に……、力を貸してくれ」

 その声は、とても静かだった。
 今まで、父親の発言一つ一つに食ってかかっていた時とは違う、全てを受け入れた瞳で、まっすぐに父親を見据える。

 息子の迷いない視線を受け、ダンプヘッダーは面白くなさそうに視線を外した。

「……ちっ、即答か。まあいい」

 悩む息子が見られると思ったのだが、予想外の即答に、拍子抜けしたようだ。
 とことん趣味が悪いと、アクノリッジは心の中で毒づく。

 そんな息子の気持ちに気づかない様子で、ダンプヘッダーは席を立った。自身が使用している机の引き出しを開けると、封筒に入った分厚い書類を取り出し、アクノリッジに向かって放り投げた。

「……突然何しやがる、クソ親父!!」

「だから、クソは余計だって言ってるだろ。お前たちが欲しい情報は、全力を挙げて調査してやる。もちろん、シンクも条件を呑んだら、の話だがな。ただこれは、お前が条件を呑んだご褒美だ。ありがたく受け取れ」

 間一髪、地面に落ちる前に封筒をキャッチしたアクノリッジは、父親の高圧的発言に文句を言いながらも、その場に座り込み、書類を取り出した。
 
「……ディレイ・スタンダード? おい、親父。これは何の資料なんだよ?」

 書類の1ページ目に目を通したアクノリッジの表情に、疑問が浮かぶ。この名前は、今まで聞いたことがない。今回の事件に、一体何の関係があるのか分からない。

 ダンプヘッダーは、息子の反応に大声で笑った。きっとこの反応を見たかったのだろう。
 再び、アクノリッジの怒りが、言葉となって発される。

「何笑ってんだよ!! てめえ、これ以上俺をからかうと、もう容赦は……」

「からかうも何も、今お前たちが一番欲しがっている情報の一つだろ?」

「はっ? 何言ってんだ? 俺たちが欲しいのは、メディアの情報で……」

「だから、そこに書いてあるだろ」

 いつの間にか、ダンプヘッダーは笑いを止めていた。先ほどとは違う、真剣な目で息子を見つめる。
 そして、口を開いた。

「ディレイ・スタンダード。これがメディアがレージュにいた頃の名だ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏
ファンタジー
 領地経営の傾いた公爵家と、援助を申し出た王弟家。領地の権利移譲を円滑に進めるため、王弟の長男マティアスは公爵令嬢リリアと結婚させられた。しかしマティアスにはまだ独身でいたい理由があってーーー  生真面目不器用なマティアスと、ちょっと変わり者のリリアの歳の差結婚譚。  なんちゃって西洋風ファンタジー。  ※ 小説家になろうでも掲載してます。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

(完)私の家を乗っ取る従兄弟と従姉妹に罰を与えましょう!

青空一夏
ファンタジー
 婚約者(レミントン侯爵家嫡男レオン)は何者かに襲われ亡くなった。さらに両親(ランス伯爵夫妻)を病で次々に亡くした葬式の翌日、叔母エイナ・リック前男爵未亡人(母の妹)がいきなり荷物をランス伯爵家に持ち込み、従兄弟ラモント・リック男爵(叔母の息子)と住みだした。  私はその夜、ラモントに乱暴され身ごもり娘(ララ)を産んだが・・・・・・この夫となったラモントはさらに暴走しだすのだった。  ラモントがある日、私の従姉妹マーガレット(母の3番目の妹の娘)を連れてきて、 「お前は娘しか産めなかっただろう? この伯爵家の跡継ぎをマーガレットに産ませてあげるから一緒に住むぞ!」  と、言い出した。  さらには、マーガレットの両親(モーセ準男爵夫妻)もやってきて離れに住みだした。  怒りが頂点に到達した時に私は魔法の力に目覚めた。さて、こいつらはどうやって料理しましょうか?  さらには別の事実も判明して、いよいよ怒った私は・・・・・・壮絶な復讐(コメディ路線の復讐あり)をしようとするが・・・・・・(途中で路線変更するかもしれません。あくまで予定) ※ゆるふわ設定ご都合主義の素人作品。※魔法世界ですが、使える人は希でほとんどいない。(昔はそこそこいたが、どんどん廃れていったという設定です) ※残酷な意味でR15・途中R18になるかもです。 ※具体的な性描写は含まれておりません。エッチ系R15ではないです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

処理中です...