立派な魔王になる方法

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第101話 幻花

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“幻花? ボロアの葉? 一体何のことを……”

 聞き慣れぬ言葉に、ジェネラルの頭に疑問が沸いた。二人の様子を見る限り、それがミディにとって良い物ではない事は確かだろう。

「幻花って? ボロアの葉って、一体何なんですか?」

「魔界にはないのか? 幻花っていうのは、幻覚や妄想、陶酔状態を引き起こす、魔性の力をもつ草花の事だ」

 硬い声で、アクノリッジが答える。

 幻花はその性質上、ほとんどの国で取引が禁止されている。
 使用者の精神を堕落させ、その依存性の高さ故、事件や事故が多く起こったからだ。
 いわば闇世界の品物である。

 幻花の中でもボロアの葉は依存性は高くないものの、代わりに正常な思考を奪い感情を麻痺させる効果がある。使い方も簡単で、葉から抽出した薬を、針で体内に入れるだけでその効果は発揮されるのだ。

 規制される前は反抗的な奴隷を従順にするために使われて、とある国では、この薬を使って思考を奪った人々に、無理な労働を課していたことが問題になった事もあった。

「つまり今のミディは、メディアの操り人形だ」

 アクノリッジの説明は、怒りを滲ませたこの一言で締められた。

 ボロアの葉の恐ろしさを聞いたジェネラルは、思わずミディの腕についてた斑点―—針の痕を思い出した。
 数えきれない程の痕は、彼女が長い間ボロアの葉に囚われている事を、言葉なく語っている。

 城内に味方もなく、言葉もなく、自由もなく、あの部屋にどれだけの時間閉じ込められていたのだろうか。

 その長い監禁生活の中、ミディは一体何をされ――—

 ジェネラルの足先から、急に血の気が引くのが感じられた。悪寒は背筋を這い上がり、総毛だつのが分かる。
 最悪を想像した瞬間、ジェネラルは叫び声を押さえる為、口元を押さえた。

 早く気付いていれば。
 ミディの事を、もっと信じていれば。
 相打ちでもいい。あの時――—―—あの男を、こ

「おい、ジェネラル!!」

 突然腕を掴まれ、ジェネラルはまるで眠っていたところを起こされたように、ビクッと身体を震わせた。
 目の前には、心配そうに自分を見る、モジュール家の兄弟の姿があった。

 気づかないうちに、自分の思考の心の深い部分に沈んでいたようだ。

「ほら、ジェネラル、拭けよ」

 シンクから何かが手渡された。
 まだ呆然とした頭で、ジェネラルは渡されたものを受け取る。

 ハンカチだった。
 それを認めた瞬間、自分の目から何かが零れ落ちているのが感じられた。

「……僕、もしかして泣いて……ます?」

「……それを見て、楽しそうに笑ってますね、なんて言う奴、どこにもいねえよ」

 アクノリッジが、ジェネラルから視線を外しながらぶっきらぼうに答えた。
 間の抜けた質問をしたと、ジェネラルは乾いた声で小さく笑った。

 気が付かないうちに、後悔と悔しさ、そしてミディを身を案じ、涙がこぼれていたのだ。しかしジェネラルは、渡されたハンカチではなく、服の袖でグイッと涙をふき取った。
 今にも飛び出し、エルザ城に襲撃をかけそうな意気込みが感じられる。

 その様子を見ながら、アクノリッジが真剣な表情で諭した。

「ジェネラル、お前の気持ちはすっごく分かる。俺たちだって、今すぐミディを助けに行きたい。だが、これはもはやミディだけの問題じゃねえ。病気と囁かれるエルザ王と王妃の事もある。他にも囚われている者たちがいるかもしれねえ。無計画に突っ込んで、犠牲者を出すわけにはいかねえんだ」

「………分かります」
 
「ミディはまだ生きている。それは確かだ。結婚式に出るんだから、式が終わるまでは命の危険はない。だから今は……、堪えてくれ、頼む」

「……はい」

 頭ではジェネラルも理解している。そして、目の前の二人も、必死で耐えている事も分かる。しかし心がついていかないのだ。
 気持ちに折り合いをつけるには、少し時間が必要かもしれない。

 取りあえず、ジェネラルの特攻を阻止できたと、アクノリッジとシンクは息を吐いた。
 
 話題は、ボロアの葉に戻った。

「それにしてもメディアの奴、どこからボロアの葉を手に入れたんだ? やっぱり、レージュか?」

「まあ、裏で出回っているボロアの葉の大半がレージュ産だからな。恐らくそうだろうな」

 兄の予想を、シンクが肯定する。
 以前聞いた事のある単語に、ジェネラルの記憶が反応した。
 厳しい、そしてどこか不安な表情を浮かべ呟いたミディを思い出す。

“レージュ……。確か…、ミディが呟いていた言葉。二人の話から考えると、レージュって”

「レージュって、国の名前なんですか?」

 思考の続きを疑問形にして、ジェネラルは二人に問うた。
 兄弟はジェネラルの質問に顔を見合わせると、ああそうか、と気づいたようにシンクが説明を始める。

「ああ、お前は知らないよな。エルザ王国の隣国、レージュ王国の事だ。資源豊かなエルザとは違って、何か砂の多いカッサカサした国だぜ」

「そうなんですか……。あの、ちょっとこれ見て貰えますか?」

 ジェネラルは、城から持ち出した貴重品袋の中から、チャンクが必死で隠そうとしていた金のメダルを取り出した。
 
 光を弾き返すメダルに、兄弟の視線が向けられる。
 裏返し、そこにある紋章を見た瞬間、シンクが声を上げた。

「ジェネラル! これ、レージュ王家の紋章じゃねえか!!」

 シンクにメダルを手渡すと、ジェネラルはチャンクの一件を話した。
 そんな事件があった事を知らなかったらしい。話の途中、何度も二人の口から驚きの声が漏れる。

「で、ミディもレージュ王家の紋章に気が付いていたわけだな」

「はい、それ以上何も言ってなかったですけど……」

 自信なさげに、ジェネラルは答えた。こんなことだったら、きちんとミディから話を聞いておけばと自責の念に駆られる。全てが後手後手だ。

 天井を仰ぎながら、シンクが口を開いた。

「ジェネラル……。お前たちを襲ったクルーシーっていう動物な、レージュの生き物なんだ。あまりに凶暴過ぎて、エルザ王国への持ち込みは禁止されている」

「えっ! そうなんですか!?」

「このメダルと言い、クルーシーと言い、チャンクって野郎、ものすげえ引っかかるな。だが今回の事件に、何か関係があるかどうかは……」

 腕組みをしながら、関連性がないかと色々と考察するシンク。
 その時、低い、喉の奥から搾り出すような少し擦れた声が、シンクとジェネラルの鼓膜を震わせた。

「シンク……、もっと重要な事を、俺達は忘れてるぜ」

 声の主は、アクノリッジだ。
 青年は足を組み、右手に顎を乗せた体勢で二人に視線を向けていた。少し細められた瞳は鋭い光を放ち、唇の片方が上に持ち上げられている。

 そのことに気が付かなかった事を、自嘲するかのように。


「メディアの出身は、レージュだ」
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