立派な魔王になる方法

めぐめぐ

文字の大きさ
上 下
88 / 220

第87話 迎え

しおりを挟む
 ミディはメディアに連れられ、近くの店に入った。

 ジェネラルはこの場にはいない。
 一緒について行きたがっていたジェネラルだったが、二人で話したいというメディアの希望により宿に戻らせたのだ。

 ジェネラルを、この男に近づけたくはない。
 ミディもそう思っていたので、不本意ながらもメディアの希望を叶えたのである。

 女性が、テーブルに注文した飲み物を持ってきた。メディアが女性に笑いかけ、軽く礼を言う。

 美しすぎるミディの笑顔とは違い、柔らかく、どこか相手が信用してしまいそうな安心感がある。もちろん女性から見て、非常に魅力的な笑顔だ。

 女性は一つ礼をすると、少し頬を赤く染めてその場を去っていった。

 どうぞ、といった感じで青年が飲み物を勧めてきたが、ミディはそれに手を付けることなく、話の口火を切った。

「あなたも大変ね。父の相談役としての地位にいながら、私を探すなどという雑用を押し付けられて。よく私を見つけたわね」

「これも仕事のうちですよ。あなたを止められるのは、私ぐらいですから」

 彼女の皮肉を含んだ問いを物ともせず、ディアが笑いを浮かべて答える。
 全く効いていないようだ。

 メディアは飲み物を口にすると、彼女を見つけた経緯を語り出した。

「パーパスの露店で、顔の思い出せない女性に鎧を売ったという話が聞けましてね。そのタイプは、1点しか作られていないと聞いて、その鎧の目撃情報を辿ってきたのですよ」
 
 ミディの顔だけでは魔法がかかっているため、探す事は出来ない。なので、身に着けている鎧を目印に、探していたのだという。

 確かに、1点物の鎧を目印にというのは名案ではあるが、それだけを頼りに探すなど、どちらにしても大変だった事は確かだ。
 その目撃情報を集め、ミディにたどり着いた事は、メディアの情報網の広さを暗に示している。

 しかしミディは相槌を打っただけで、特に驚いた様子はない。
 彼がいつか自分を見つけ出すことは、予想範囲内の事だったのだろう。

「それにしても、時々二人で旅をしているという情報は得ていましたが…。あなたが少年と旅をしているなど、思ってもいませんでしたよ。あの少年は、一体?」

 あの少年、もちろんジェネラルの事だ。
 メディアの問いに頬杖をつき、王女として有るまじき体制で答える。

「あなた、私が一体どういう理由で、城を飛び出したのか知らないのかしら?」

「知っていますよ。魔王に会いに行ったのでしょう?」

 少し肩を竦め、馬鹿にしているかのような軽い声の調子で、メディアが返す。
 本気にしていないのが、態度と声から伺えた。

 しかし、

「その魔王が、彼よ」

 頬杖を止め、真っ直ぐメディアを見据えるミディ。
 そのまなざしから、嘘は微塵も感じらない。
 彼女の発言に、笑みを浮かべたメディアの表情が、一瞬素に戻った。

 感情を感じさせない、冷たい表情。
 自らの考えを外に出さないようにする時、彼がこのような表情になる事を、ミディは知っている。

「魔界を統べる者―――魔王ジェネラルが、あの少年よ。私が魔界から連れてきたの」

「……これはこれは…、驚きですね。……それが、本当の事ならね」

「別にあなたに信じて貰おうなんて、欠片も思っていないわ」

 メディアの皮肉を、ミディは鼻で笑って返した。
 
 誰の目から見ても、二人の仲が最悪なのは分かった。
 互いの嫌悪を隠そうとせず、皮肉を言い合っているのだ。2人の仲は修復不可能、末期状態だと思って間違いないだろう。

 メディアは少し身を乗り出すと、先ほどとは違い、小さな声で話しかけた。

「エルザ王が、病に伏せております。王妃も、エルザ王とミディローズ様の事を心配されるあまり体調を崩され、今、ご静養されているのです」

 ミディの瞳が、大きく見開かれた。
 親の病に衝撃を受けている事は、誰の目から見ても明らかだ。

 しかし飲み物に口を付け、深呼吸すると、探るようにメディアを見た。

「……私を連れ帰る為の、嘘かしら? 色々な町に行ったけれど、そんな噂、どこにも流れていなかったわよ?」

「私達が必死で隠しているのです。王が病に倒れたなど、あなた様が不在の今、公に出来る事ではない。そのような事も想像出来ないのですか? ミディローズ様」

 ミディの頬が、怒りの為に朱に染まった。
 唇を噛み、今にも飛び出さんとしている呪文を堪えている。

 メディアは勝ち誇ったように、唇の端を持ち上げた。
 ミディが怒りに燃えつつも、何も出来ない様子に満足しているようだ。

 そこには先ほど店の女性に向けた、人を信頼させる暖かさはない。

「どう言った理由で、このような下らない旅を始めたのかは存じ上げませぬが、即刻、城へお戻り下さい」

「……まだ、戻るわけにはいかないわ」

「まだそのような事を。あなたは我々の言う事を聞き、役目を果たしていればよいのです。それがあなたの、王女としての義務です」

「その言葉は、聞き飽きたわ」

「聞き飽きる程言っても、あなた様には分かって頂けないようですがね」

「……メディア……あなたね……!!」

 堪忍袋の緒が切れたようだ。
 ミディは、テーブルを力いっぱい叩くと、勢いよく立ち上がった。

 はずだった。

「……なっ…、何……」

 ミディは、額を押さえテーブルに突っ伏した。
 その衝撃で、目の前にあったカップが倒れ、熱い液体が、テーブルの上に流れ出した。しかし、今の彼女に、それを構う余裕はない。

 目の前の景色が回り耳元では低い唸り音が、鳴り続けている。
 喉元まで上がってきた熱い物を堪えながら、ミディは必死で顔を上げ、メディアを見た。

 口元には、先程と変わらず、勝利を確信する笑みが浮かんでいる。
 しかし、苦しむミディに向けた視線は、蔑みのそれであった。

 彼の前に転がっているコップを見、ミディは自分の身に何が起こったのかを悟った。悔しさで、無意識のうちにテーブルに爪を立てる。

“飲み物の中に薬を……”

 しかしそれを口にする事は、もう出来ない。
 痺れが出てきた体は、もうミディの言う事を聞こうとはしなかった。

 四大精霊―水を司るステータスの癒しを乞うにも、意識が朦朧として、何をどう願ったらよいのか、考えが纏まらない。

 メディアが、席を立った。

 そしてミディの隣に立つと、苦しむ彼女の耳元に顔を寄せる。
 傍目からは、苦しむ女性を青年が介抱しているようにしか見えないだろう。

「これからあなたには城に戻って頂き、王女としての義務を果たして頂きますよ。今度こそ……」

 しかし、彼の言葉はミディに届いていなかった。

 遠ざかる意識の中で、最後にミディが見たもの。
 それは。

“ミディ――――”

 笑顔と共に彼女の名を呼ぶ、優しい魔王の姿だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。 了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。 テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。 それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。 やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには? 100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。 200話で完結しました。 今回はあとがきは無しです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

処理中です...