立派な魔王になる方法

めぐめぐ

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第66話 添寝

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 魔王は少し不機嫌だった。というのも。

「また僕、ソファーで寝ないといけないの?」

「仕方ないじゃない。一人部屋しか取れなかったのだから」

 指で鍵の鎖をクルクル回しながら、ミディが答える。

 パーパスからレジスタードの町にたどり着いた2人。
 さっそく宿をとったのだが、宿泊客が多いらしく、一人部屋1つしかとれなかったのだ。

 事情が事情な為、仕方ない事は分かっているが、ジェネラルは不満そうだ。というのも。

「でもさ、こういう時いっっっっつも僕が椅子かソファーで寝てるよね。ずっと野宿だったんだからさ、たまにはベッドで寝たいよ……」

 ソファーって狭いし……と、ぶつぶつ文句を言っている。しかし振り返ったミディの表情を見て、口を閉じる事となる。

「はぁ!? この私に、ソファーで寝ろっていうの?」

 腰に手を当て、仁王立ち状態でジェネラルを睨み付ける王女。その青い瞳は、

『エルザの華・エルザの宝石と呼ばれるこの国の王女である私が、何でソファーで寝ないといけないのよ!!』

 と物凄く語っている。

 旅慣れし、野宿も経験しているとはいえ、まだまだ宿屋のベッドは譲る広い心は持てていないのだろう。

 あわわわっ…と頬を引きつらせ、ジェネラルはその場から一歩引いた。

「すっ……、すみません……」

「分かればいいのよ、分かれば」

 彼の表情からは、全く申し訳ない思っているようには見えないのだが、それでよしとしたのか、ミディは表情を緩め部屋へと進んでいった。
 心なしか、足取りが軽く感じる。野宿が続いたので、ベッドが嬉しいのだろう。

 その後姿を見ながら、ジェネラルは引きつった頬から力を抜きため息をついた。

“はあ…、野宿が続いて、ようやくベッドで寝られるって思ったのに…”

 宿に泊まりながらもベッドで寝られない虚しさを感じられながら、少年は重い足取りで部屋へと向かった。


*  *  *


「あ~~、久しぶりのベッドだわ~」

 さっそく寝転がり、ベッドの柔らかさを堪能するミディ。
 そんな王女を、恨めしそうに横目で見ながら、ジェネラルは荷物を下ろした。

 壁は多少汚れが見えるが、床にはゴミ一つ落ちてない。小さなテーブルの上には、テーブルクロスが掛けられ、一輪差しには可愛らしい花が飾られてあった。

 一人用という事もあり広くはないが、こじんまりながらも清潔感のある部屋である。

「やっぱりベッドは気持ちいいわね。枕もふかふかだし。これが抱き枕だったらもっと最高だけど」

 贅沢な事を言いながら、ミディが鎧を脱いで寝る準備を始めている。

“抱き枕って……。ベッドで寝られるだけいいじゃないか…”

 ミディの戯言を聞き流しながら、自分の寝床であるソファーの硬さでも確認しようかと部屋を見回したとき、彼は重要なことに気が付いてしまった。

「この部屋、椅子しかない……!」

 部屋にある家具は、ベッドと机と椅子が1つずつ。後、棚にコップと水差し、そして手足を清める為の水が置いてあるだけだ。

 あくまで「一人用」の必要最低限が揃っている。

“これは、椅子に座って寝るか…、寝袋を床に敷いて寝るか……って事だよね……”

 床はとても固そうだ。ソファー以上に。
 座って寝るのは、体が痛そうだ。ソファーで寝る以上に。

 椅子と床を暗い表情で交互に見つめる魔王の様子に、手足を拭いていたミディはため息をついた。

「仕方ないわね……、半分空けてあげるわよ」

「はっ?」

 ミディの言葉とゴロンと右に寄る行動に、ジェネラルの目が点になる。

 そんな少年を他所に、

「そのかわり枕は私が使うわよ。いいわね」

 承諾の言葉を待たずに、ミディは枕を自分の元に引き寄せた。

 ミディの言葉、そして自分の為に空けられたスペース。

 彼女の行動が一体何を意味しているのか理解した時、ジェネラルは文字通り飛び上がり、慌てて部屋の一番端の壁に張り付いた。

「そっそそそっそそ、そこで寝ろって事っっっ!? ミディの隣で!!!」

 その表情は、言わなくてもお約束どおりである。が、超慌てるジェネラルとは正反対に、ミディは眠そうに1つ欠伸をした。
 全く気にしていない様子だ。それがまた、ジェネラルを心配させる。

「みみみっミディは、そっそれでいいの!?」

「それでいいって、何か気にすることがあるの?」

「なっ、何か気にすることがあるのって……ミディ……」

“滅茶苦茶ありまくりだよっ!!”

 一応ジェネラルは男性である。
 そして性格的には多少「あれ」ではあるが、ミディは女性である。

 この事実だけ見ると、ジェネラルの反応は健全だとは思うのだが、ミディは何も反応を見せない。

 ぽいっと水で湿らせた布をジェネラルに向かって放り投げると、

「さっきまでベッドで寝たいって散々文句言ってたのに、私の厚意を無下にするつもり? ほら、さっさとそれで手足拭いて、こっちに来なさい。言っておくけど、寝相悪かったら放りだすからね」

と言いベッドに寝転がった。

 もう寝たいのだろう。少し不機嫌な低い声である。

 彼女の機嫌をこれ以上損ねる事を恐れたジェネラルは、とりあえず手足を拭き、寝やすいように服装を整えた。

“寝相が悪かったら放り出すって……、気にするところはそこだけじゃないと思うんだけど……”

 突っ込みたい事は山ほどあるが、このまま立ち尽くしていてもどうしようもない。さっさと行動をしないと、またミディの怒りの声が飛んでくるだろう。

 とりあえずジェネラルはランプの火を最小にし、恐る恐るミディの眠るベッドに潜り込んだ。

 しばし時間が経って………

“この人は、僕の事を男だって思ってないね。うん、間違いないね……”

 規則正しい寝息を聞きながら、ジェネラルはそう断定した。そして、ちょっと凹んだ。

 予想通り、隣のミディが気になってジェネラルは眠れずにいた。
 丁度ミディに背を向ける状態で横になっている。緊張しているのか、自然と体に力が入っているのが分かる。

 その原因となっているミディが爆睡しているのが、恨めしい。

“はあ~……、駄目だよミディ……。ちょっとは警戒心持とうよ……。いやっ! もっ、もちろん、警戒心持ってないからって、何かするわけじゃないけどさっ!!”

 誰が聞いているわけではないのに、慌てて言葉を続けたが、すぐに虚しくなり、ため息をついた。

“ミディって僕の事、どう思っているんだろう……”
 
 自然と、そんな疑問が浮かび上がった。

 初めて出会った時、自分の姿に驚いたミディ。魔王と分かった今でも、自分に対する対応に容赦ない。

 少なくとも対等には見られていないだろう。

 今までの事を思い出すと、年下の虐めがいのある男の子、又は弟のように感じているように思える。

“きっと、シンクさんと近い感覚……なんだろうなあ”

 ミディを姉と慕う、銀髪の活発そうな顔つきが思い浮かんだ。

 もし自分の姿が、アクノリッジぐらいの年齢だったら、今と同じような扱いを受けただろうか。その辺も気になるところだ。

“うーん……。あの酷い扱いは変わりないだろうけど……。でもでも!! 一緒に寝ようなんてことは絶対言わないよね!!”

 そう思うと、結局自分がミディに男として見て貰えていない、という結論に達してしまう。

 その事実が、ジェネラルには何だか辛い。

 その時、ミディが大きく息を吸い、身じろぎをした。手がジェネラルの背中に当たる。その感覚に、ジェネラルの心臓が跳ね上がった。

 心の隅に生まれた重い物が、一瞬にして消え去った。いつも以上に、体が熱い。
 しばらくそのまま、固まっていたが、

“たっ、体制変えるよ……。ずっとこのままじゃ、体痛いもんね! それでちょっと寝顔とか見ても……大丈夫だよね! 体制変えたら見えるんだから、仕方ないもよね!!”

 寝顔を見る言い訳を心の中でしながら、誰もいない事は分かっているのに周りを確認すると、ジェネラルは慎重にゆっくりと反対に体を向けた。

 自分が倒れた時以来、見たことのなかったミディの寝顔がそこにあった。

 ジェネラルと同じように横を向いており、青い髪が一束、頬にかかっている。
 相変わらずの美貌であるが、無防備に眠る王女の表情に普段にはない幼さが見える。
 その寝顔は色っぽいというか、

“可愛い……。こんな表情もするんだ……”

 ドキドキしながら、ジェネラルはミディの寝顔に見とれていた。

 純粋に、ミディが可愛いと思った。何とも言えない、暖かい気持ちが彼の心を満たす。

 自然と、彼の顔に笑みが浮かんだ。

「んんっ~……」

 と、再びミディの体が動いた。

 彼女が目を覚ましたのかと思い、慌てて体制を変えようとした時、ミディの手がジェネラルの方に伸びた。

“えええええええええええ!!!??”

 王女の行動に、魔王が心の中で絶叫した。

 体制を変える前に、ミディが彼に抱きついたのだ。

 ジェネラルの頭の中が、真っ白になる。

“みっ、ミディ!? だめだめだめだめっ!! 駄目だって!! ミディは王女じゃないか!!”

 ミディが抱きついてきた事は、何度かある。だが今回は場所が場所な為、ジェネラルが慌てるのには十分であった。
 しかし、ジェネラルの思いに反し、ミディは少年をぎゅっと抱きしめると、ふっと力を抜いた。

 それ以上動かない。
 ジェネラルを抱きしめたまま、気持ちよさそうに寝息を立てている。

 それに気がつき、真っ白になったジェネラルの頭が平常に戻ってきた。よく考えると、今の自分の体制が何かに似ている。

 ………何かに……。

“あっ……”

 寝る前に言ったミディの言葉が、ジェネラルの中で蘇った。思わず、心の中で声をあげる。

『や~っぱりベッドは気持ちいいわね。枕もふかふかだし。これが抱き枕だったらもっと最高だけど』

 ミディに抱きしめられている自分の状態が、物凄く抱き枕と酷似している。それに気づき、今までドキドキしたり慌てたりした疲れがどっと出た。

“僕ってさ……、男以前に、魔族とさえ思われてなかったんだね……”

 魔族と思われてなければ、ミディのあの警戒心のなさも納得がいく。

 男として、いや魔族という存在のプライドがぼろぼろにされてしまい、自身の存在意味を問いながら、どこか遠い目で宙を見つめた。

 しかし、自分を抱きしめて眠るミディの表情を見、諦めたように息を吐いた。

 少しでも不信感があれば、無理やりでも彼を床の上に寝させたに違いない。
 こうして一緒に寝る事を躊躇わなかったのは、彼の事を心から信用しているからこそだろう、と前向きに解釈する。

“例え僕が抱き枕代わりだとしても、いっか……”

 先ほど以上に気持ちよさそうに、口元に笑みをも浮かべて眠るミディ。
 どうやら、ジェネラル抱き枕の抱き心地はかなり良いらしい。

“こっちも…まあ……、柔らかくてあったかいし……”

 小さく笑うと、ジェネラルは気持ちを落ち着け、瞳を閉じた。

 そして明け方、ミディの寝相によってベッドから落とされ、再び己の存在を自身に問い掛けるジェネラルであった。 
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